第20話 メイド長の面会
いつものように調理場で朝の手伝いを済ませてから朝食をよそっていると、メイド長さんが話し掛けてきました。
「ところで、近頃はミーアお嬢様の様子はどんな感じだい?」
「もうだうぶよくなってきましたよ。しゃべったり歩いたり、普通にできます」
「ほんとうかい?」
「ええ。あともうちょっと肉がつけばいいんですけど。そうだ、一度見に来てくださいよ」
「そうだねえ、わたしも確認してかないとねえ……」
「お嬢様も喜ぶと思いますよ」
「う〜ん……それじゃ昼くらいにでも行ってみるかね」
「わかりました、お待ちしてますね」
昼過ぎにメイド長さんがメイドのルネさんと一緒にやって来ました。なぜかルネさんはメイド長さんにぴったりくっついています。
「どうだい、お嬢様は起きてらっしゃるかい?」
「はい。どうぞ入ってください」
お二人は恐る恐るという感じで蔵の中に足を踏み入れます。
蝋燭に灯をつけて階段まで案内します。
「お嬢様、メイド長さんとルネさんがいらっしゃいましたよ」
「ええどうぞ」
階段を上がると、柵の中ではお嬢様が寝台に腰掛けてこちらに顔を向けています。
振り返ると、メイド長さんたちは階段の中ほどから顔だけ覗かせています。
「さあ、こちらへ」
そう言ってもその場を動かずに柵の奥をじっと覗いているばかり。
「どうしたのかしら。わたしがわからないのかしらね?」
「ああ、以前の姿しか知らないのかも……」
お嬢様が立ち上がって柵の近くまで歩いてきました。
「ミーアです。いつも食事をありがとう」
「ひっ!」
「ど、どうしました?」
二人で抱き合って目を見開いています。まだ病気が感染するのが心配なのでしょうか。
「近づいても病気がうつることはないと思いますよ。僕もなんともないですし」
「心配なら無理に近づくことはないわ」
「う〜ん、そうですか……。まあ、こうして立って歩けるようになりましたので」
「ア、アル……あんた、だ、だれとしゃべってるんだい……」
「誰って、お嬢様とですけど。……あれ?」
そう言えば話をしているのは幽体のお嬢様の方でした。もしかして、声が聞こえてない?
「お嬢様、なにかしゃべってみてください」
「え? さっきからしゃべってるけど」
「あ、そちらじゃなくて、体の方で」
「ああ、わたしね。聞こえるかしら? お二人はなんという名前なの?」
「……」
二人は返事も忘れてますます目を見開いて、震えながら抱き合っています
「ええと、メイド長さんのお名前はなんでしたっけ?」
「ヒ、ヒ、ヒッ!」
「あ、そうそう、ヒルデさん」
代わりに僕が答えると、二人は階段から足を踏み外して転げ落ちてしまいました。
「「あわわわ〜!」」
そのままもつれ合って扉に向かい、一目散に走り去って行きました。
「え、え、えっ!? ちょっと行ってきますね!」
僕も二人を追いかけます。
「待ってくださーい!」
呼んでも振り返ることなく全速力で遠ざかって行きます。
そんなに恐かったのでしょうか?
調理場が見えてきたあたりでやっと追いつくと、へなへなとへたり込んでいました。
ハアハアと息を荒げる二人を起こして井戸の側まで連れていき水を汲んで飲ませると、ようやく人心地がついたよう。
服はすっかり泥だらけです。
「二人ともそんなにあわてて、どうしちゃったんですか?」
「だ、だ、だって〜!」
ルナさんが半泣きで怒ったように訴えます。
「あれ、幽霊じゃないの!?」
「幽霊じゃないですよ〜。お嬢様ですよ、ちゃんと生きてますよ」
半分だけですけど。ちょっと人間離れしてるけれど。
「だって、だって、ぼ〜っと光ってたよ?」
「そうですか?」
「メイド長も見ましたよね?」
「あ、ああ、わたしにもそう見えたよ」
確かに、霊体の上半身が重なってちょっとゆらゆらしてましたけど。暗がりのなかではぼんやり光ってるようには見えますけど。でもちゃんと生きてますから。死にかけていた後遺症のようなものですから。
まあ初めてみると幽霊に見えなくもないかも知れませんが。
「けど、ちゃんと歩いてしゃべってるの見ましたよね?」
「そ、それは、まあ見たけどね……」
「わたし、声なんて聞こえなかった」
それはルナさんがメイド長さんの背中にしがみついて耳を塞いでたからじゃ?
「と、とにかくだね、もう少しアルに任せるから。わたしらは近づかないようにするから。まだしばらくはお嬢様を蔵の中から出さないようにしてくれないかい」
「そう、そうして! それがいい! ね、お願いだから!」
「まあ、それがいいなら。今までと変わらないですし」
「ああ、ああ。とりあえず様子は分かったから、今まで通りで頼んだよ」
「はい」
「……ふぅ、こりゃお屋敷にも他の子たちにも言わない方がいいだろうねえ。ルナも言いふらすんじゃないよ」
ルナさんが涙目でコクコクと頷いていました。
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