第18話 金属化能力、発現


 毎日屋根に登って天窓を開け閉めしたり、調理場横の井戸から何度も水を汲んできたり、毎晩精練場に行っては鉱石を革かばんに詰めて持ち帰ったりしているうちに、僕もかなり体力がついてきたみたいです。

 ロープを伝ってするすると屋根に登れるようになったし、なみなみと組んだ水桶をこぼさずに運べるようになったし、鉱石で膨らんだかばんも途中で休むことなく引きずらずに持てるようになっていました。

 背も伸びて、肩や腕や足腰ががっちりしてきたのが分かります。


 ちゃんとした肉や野菜が入った食事を毎日食べさせてもらっているおかげもあります。

 朝の調理場まわりのお手伝いでも力仕事を任されることが多くなりました。

 週に一度、穀物や食料品や酒樽などが、大量にお屋敷に届けられます。この町の近辺では農作物が育たないため、遠くの町や村から運ばれてくするそうです。それを荷車から食料庫に運び入れる時にも手伝いを頼まれます。


「いやあ、ずいぶん助かるよ。それにしてもアルもたくましくなってきたね。そうかい、もうじき十一歳かい。育ち盛りだからねえ。給金は上げてやれないけど、食事の量ならもっと増やしてもいいんだよ。これからも頼りにしてるからね」


 メイド長さんからバシバシ背中を叩かれそう言われました。皿に倍ほどポテトを盛ってもらい丸パンも二個増やしてくれました。


 お嬢様も自分で起き上がれるようになりました。かなり痩せてはいるけれど、胸やおしりなどがふっくらとして女の子らしくなっています。

 顔立ちも霊体のお嬢様に近づいてきました。

 真っ白でまばらだった髪の毛は、銀の粉をまぶしたようにキラキラとして、ふんわりと頭と背中を覆っています。


 三日に一度、体を拭いて髪の毛を梳いてあげます。足を降ろして寝台に座り、お嬢様も気持ちよさげです。


「お嬢様の髪の毛、とてもきれいですね」

「ありがとう」

「そうだ、あれやってみてよ」

「あれって?」

「ほら髪の毛を硬するやつ」

「ああ、こうね」


 前髪を数本指で摘んでぷらぷらと揺らします。すると髪の毛の先の方が真っ直ぐなまま揺れ、ちゃりちゃりと音を立てました。


「なんですか、これ?」

「髪の毛を金属にしたの」

「こんなこともできるんですか!」


 硬くなったところを触ってみると、細い針のようです。


「一本抜いてみてもいいわよ」

「大丈夫ですか?」

「平気」

「じゃあ一本だけ」


 髪を一本、根元からプツンと引っ張ります。すると半分は柔らかくて半分がピンと硬く尖ったままで、糸のついた針のよう。硬い部分は力を加えると緩く曲がりますが、すぐに真っ直ぐに戻ります。


「へ〜面白いですね〜」

「これはチタンを集めてみたの。他の金属でもできるわよ」


 そう言って、今度はもう一本を赤っぽい針に変えて自分で抜いて手渡してくれます。


「これは銅」


 チタンよりも柔らかくて、簡単に曲がって元には戻りません。


「あと、こんなこともできるわ」


 前髪を一房指に巻き付けてから離すと、髪の毛はくるくるとしたカールがついていました。なんだかしゃれていて可愛いです。


「なにかの役に立つといいんだけど」

「でもあまり抜いちゃうと……」

「まあ、こんなことくらいしか出来ないから、なにかに使いたい時には言ってちょうだい」

「はい。ところでその髪の毛は硬くなったままなんですか?」

「抜いてしまうとそのままみたい。でもこっちはすぐに戻せるわよ」


 真っ直ぐに硬くなったところも、くるくるさせたところも、はらりと元の柔らかな髪の毛に戻りました。


「うわ〜思った通りになっちゃうんですか! なにか特別な力とか使うんですか?」

「ううん、特になにも。ただピッってするだけ」

「疲れたりは?」

「ぜんぜん」

「それならいいですけど」

「もっと体に金属が溜まれば、他にもいろいろできそうよ」


 そう言いながら、小皿から金属粒を摘んで口に放り込んではにこりと笑います。もうすっかりおやつの飴玉代わりです。食事の時もけっこう食べているんですが。

 またどんなびっくりするようなことをして見せてくれるのか、楽しみのようでもあり、ちょっと不安でもあります。



 お嬢様に負けじと、というわけでもないですけど、僕もなにか出来ないかと考えました。

 そうだ、金属の粒を作れるなら、もっと違う形のものも作れるんじゃないかな。

 おしっこ溶液の中で溶け出した金属を、薄く広げたり伸ばしたり曲げたり。それをそっと取り出すとうまく形を保ったまま硬くなりました。金属の種類によって、作りやすい、難しい、歪みやすい、重い、軽いなど様々ですが。

 試行錯誤しながら捏ね回して、金属の皿やコップや容器を作ってみました。そのうちに、木型を作ってその周りに溶けた金属を貼り付ければ、簡単に同じ大きさの入れ物が出来ると思い付きました。

 皿は蝋燭立てに、コップは水飲み用に、細長い容器は金属粒の保管にと、いくつも作ってお嬢様の側に置いておきます。


 ガラス板を作ることにも成功しました。

 天窓に嵌まっていたガラスを割ってしまったので、その代わりにするためです。天窓を開けておくと、吹き込む風はもう冷たい冬の風です。ガラスがあれば開け閉めしなくても光が届きます。

 木で四角くて浅めの枠を作り、中に石英の鉱石をいくつも並べます。そこにおしっこ溶液を上からかけると、石英だけが溶け出します。母石を取り除き、木枠を静かに傾けると次第に石英が広がって板状になります。そのまましばらく放置しておけば、木枠からおしっこ溶液が自然に漏れ出して、石英が固まってガラス板の出来上がりです。

 薄くて滑らかで透明度が高く、かなり丈夫そう。以前に嵌まっていた分厚くて波打ったガラス板とは大違いです。

 さっそく屋根に登って、ローブで括ったガラスを引っぱり上げ、天窓に嵌めようとしました。ところが、少し大きかったようでうまく嵌まりませんでした。もう一度木枠造りからやり直しかと、ガラス板を降ろして蔵に戻りました。


「あら、どうしたの? うまくいかなかった?」

「ちょっと大きすぎたみたいで、合いませんでした」

「じゃあちょうどいい大きさに切ればいいのじゃない?」

「え、ガラスを切るんですか? どうやって?」

「ナイフかなにかで切れないの?」

「どうでしょうね〜。ああ、やっぱりムリですよ」

「じゃあ、これならどう?」


 と、お嬢様が指から金属を飛び出させました。10センチくらいで、先端が鋭く尖っています。それが指先からポロリと落ちました。

 まさかナイフを生み出すなんて……。またまた驚かされます。


「これって?」

「チタンとジルコニウムを混ぜてみたの。今のところ、これがいちばん硬くて鋭くできるわね」

「すごく切れそうですね。ちょっとやってみます」


 ガラスの端っこに押し当てると、すっと先端が埋もれてしまいました。軽く引くだけでガラスが柔らかいと錯覚するくらいするすると切れていきます。

 さらには下に敷いた布とその下の床にまで切れ込みが入っていました。恐ろしいくらいの切れ味です。


「これ、すごいですよ! こんなナイフどこにもないですよ!」

「そう、気に入ったならあげるわ」

「ありがとうございます。じゃまた屋根に登ってきますね」


 刃をボロ布で何重にも巻いておかないと恐くて持ち歩けません。

 もう一度屋根に登り、ガラス板といっしょにチタンナイフを引っぱり上げ、天窓の枠の大きさに合わせて端を切ります。そっと慎重にやらないと、今度は窓枠を切ってしまいそうです。無事にガラスをぴったりと嵌めることが出来ました。

 下に降りて蔵に入るところで、もしかするとこの敷石も切れたりしないかなと思って、敷石の角にナイフを入れてみました。案の定、スパッと切り取れます。その切り口は石とは思えないほどつるつるです。

 これはいろいろ使えるに違いありません。

 

「お嬢様、このナイフ、石もスパッと切れちゃいますよ。いや〜これはほんとにすごいな!」

「そんなに気に入ったならよかったわ。今度はもっと大きなナイフがいい? たくさん食べなきゃならないけど」

「いえ、今のところこれで十分ですよ。あれ? ということは、古い剣の刃をこれに替えるとか出来ます?」

「替えるというより、薄くくっつけるとか」

「あ、いいですね。やってみましょうか」

「いいわよ」

「その前に錆だけ落としてきますね」


 蔵の隅に捨てられたように立て掛けてあった何本かの剣の中から、いちばん小さな剣を選んで、入り口の敷石の上で錆を落とします。さっき切り取った敷石の角が、剣を研ぐのにちょうどいい形になっていました。

 何年か何十年か捨て置かれてこびりついた錆は、なかなか取れません。そこで、おしっこ溶液を溜めてある瓶から少し垂らして磨いてみると、見事なくらいつるつるになりました。掛け過ぎると剣自体がふにゃりと柔らかくなってしまうので、そっちの注意をしなければなりません。

 磨いた剣をお嬢様のところに持っていきます。

 口いっぱいに金属粒を舐めていたのを、急いで飲み込んでケホケホと咽せてしまいました。

「大丈夫ですか?」とコップに水を注いで手渡します。ごくごくと飲んでから「チタンていろいろ便利よね」とごまかすように言います。霊体のお嬢様もちょっと苦笑いです。


「で、この剣なんですけど、刃が欠けてボロボロなので触る時に気をつけてくださいね」

「わかったわ。へー、これは両側に刃があるのね」

「そうですね。とりあえず片側だけでいいですよ」


 指先を光らせて、刃を摘むようにゆっくりとなぞって行きます。


「こんな感じかしら?」


 見た感じ、欠けのない研ぎ立ての刃のようです。


「ちょっと試してきますね」


 また入り口の敷石の角に刃を入れてみます。チタンナイフのようにするりとは行かないまでも、ググッと食い込ませて切り取ることは出来ました。刃こぼれもしていません。


「なんとか石も切れました」

「やっぱりさっきのナイフとは違う?」

「そうですね。でも剣としては十分ですよ」

「う〜ん……そうだ、元の刃をおしっこで溶かしながらチタンを融合させたら?」

「そうね、やってみましょう」


 おしっこ溶液を瓶から木のコップに少し注いでお嬢様に渡します。そこに指を入れると「いたっ!」とあわてて指を抜きました。


「えっ!?」

「熱くて指が溶けそう」

「あーそうか。自分じゃ触れないのね」

「そうみたい」

「大丈夫でしたか?」

「ええ、もう平気。でも困ったわね」

「それじゃあアルが先に刃を柔らかくしておいて、それを追いかけるようにチタンを混ぜていったらどう?」

「さすが、わたし! いい考えね」

「さすがお嬢様! やってみましょう! でも痛かったらすぐにやめてくださいね」

「そうするわ」

「じゃあ根元から先端に向かって行きますね」


 おしっこ溶液で濡らした指で刃を摘んでゆっくり滑らせていきます。少し間を空けてお嬢様が銀色に光る指で追いかけます。


「痛くなかったですか?」

「大丈夫よ、コツが分かってきたわ。もう片側もやってみましょう」


 そうしてぴかぴかの鋭い刃の剣が蘇りました。

 切れ味はチタンナイフと遜色ありません。鉄でさえ切れてしまいます。


 こんな剣を抜き身のまま置いてはいけないので、鞘も必要です。

 前に屋根を覆っていた木の枝が固くてみっちりしていたので、それを利用することにしました。

 裏の塀の外に投げ捨てたままの枝から、剣よりひと回り大きいものを選び、ざっと形を整えます。

 その枝に縦に剣を突き入れると、剣の大きさの空洞が出来ました。それをスパッと縦に二分割して、ナイフで空洞を少し広げます。外側もぎりぎりまで削り滑らかに仕上げます。チタンナイフはとても役に立っています。

 それをおしっこ溶液に浸けながら、刃が当たる部分にごく薄く金属を貼り付けます。チタンとアルミニウムを混ぜると刃に負けない強度が出るとお嬢様が教えてくれました。

 そして二分割した鞘を合わせて革ひもで何か所かしっかりと縛れば、完成です。

 同じように、チタンナイフの鞘も作りました。

 どうも、こういう作業は性に合っているみたいで、なかなか楽しいです。

 

 剣はまっすぐに刃を入れないとスパッと気持ちよく切れません。ずっしりと重い剣をぶれずにまっすぐ振り降ろすのは思いの外大変です。せっかくの剣をきちんと使いこなせるように、その日から素振りの稽古も日課に加わりました。

 

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