第17話 三人の日常
口と手が動かせるようになってから、どんどん回復が早まりました。
言葉もはっきりしてきて、指や肘や膝を曲げられるようになっています。体つきが丸みを帯びてきて、肌の色つやも出てきました。触れると柔らかな肉付きも感じられます。自分で起き上がれるようになるのももうじきかも知れません。
食事の量も増えてきて、柔らかいものなら噛んで食べられるようになりました。
朝と夕の二度の食事を、朝昼夜の三回に分けて食べるようにしました。それでやっと普通の一食分くらいですが。
食事のあとには欠かさず金属も食べています。金属はちゃんと体の栄養になっているそうです。
「たぶん二、三歳の頃からかしら、体が成長するにつれてあちこちが痛くなり出したのは。もともと骨が弱いらしくて、それが成長しようとするからよけいに骨がスカスカになっていったのね。だから五歳くらいの時に成長を止めたの。もう痛いのはいやだなって」
「そうそう。痛みから逃れようとして意識を体から分離しはじめたのよね。そうしたら魂がこうなっちゃったみたい」
「そのおかげで痛さを忘れられたのね」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「成長しないように食事もしなくなって」
「食べなければ死ねると思ったのね」
「でも、なかなか死なないの」
「そうね、一年くらいなにも食べてなかったと思うわ」
「そこにアルが来て」
「食事をさせはじめて」
「また体の感覚が戻ってきて」
「また痛みもぶり返してきて」
「そうだったんですか。すみません」
そんなふうに、肉体のお嬢様と霊体のお嬢様と三人(?)で会話するのも日常になってきました。
「でも金属を食べさせてくれるようになってから、痛みが消えてきたの」
「それが不思議なんですけど」
「骨のスカスカのところに金属が入り込んで強くなって、また成長しはじめたの。今まで止めていた分、急速に成長をはじめたから、関節が圧迫されて痛みが出たのね。そこで骨の先の方を金属の膜で覆うようにしたら、痛みもなくなったわ」
「なるほど〜。でも体の中のことがよく分かりますね」
「え? そういうものじゃないの?」
「ああ、たぶん目が見えない分、そういう感覚が鋭敏になのかも知れないわね」
「そうか。話し相手って自分の体くらいしかなかったものね」
「そう考えると、わたしとわたしでこうしておしゃべりできるのもいいわよね」
「ええ、とっても」
「僕もお二人と話をするのは楽しいし嬉しいです」
「「わたしも」」
「で、さっきの話で気になったんですけど、食べた金属を体の中を自由に動かせるんですか?」
「そうなの。最初は痛みを
そう言って人さし指を立てて見せます。すると、指先が内側から
「指の骨に銀を集めてみたの。爪も金属になってるでしょ」
「ほんとだ」
「こんどはこっち」
人さし指が元に戻り、今度は小指が光ります。
「骨だけじゃなく、皮膚も金属で覆えないかなって練習してるところ」
「寝ながらそんなことをしていたんですね〜」
「わたしも知らなかったわ!」
「でもまだまだ金属が足りないの。骨も成長してきてるし」
「そう言えば身長が伸びましたよね」
「そろそろ十歳になるんだけど、普通はもっと大きい?」
「そうですね、あと10センチくらいは」
「ならまだまだ足りないわね」
「普通の食事も食べて筋肉もつけないと、起き上がって歩けないですよ」
「そうね、分かってはいるんだけど……あんまり味がしないというか」
「金属の方がおいしいものね」
「そうなの」
「ダメですよ、嫌でも食べさせますからね」
「は〜い。そのかわり金属の粒ももっとたくさんお願いね」
「あ、そうそう、おしめじゃなく桶に直接おしっこをしてもらえば、もっとたくさん採れると思うんです」
「いいわよ」
「じゃあ、おしっこしたくなったらすぐに言ってください。僕が体を抱えますので」
「分かったわ。じゃさっそくだけど、おしっこするわ」
「はい、今桶を持ってきますので」
寝台の脇でお嬢様の後ろから足を抱えます。
「体勢は辛くないですか? じゃあこのまま出してください」
ちょぼちょぼと桶におしっこが溜まっていきます。おしめを絞るよりも断然多いので、金属採取もかなり
「ありがとう、すっきりしたわ」
「これで今までの倍くらい効率が上がりそうです。今のうちに採取しちゃいますね」
お嬢様を寝かせてから、その横で作業を始めます。
昨夜拾い集めた鉱石を桶に浸し、金属が溶け出した母岩を取り出して、おしっこ液の中で柔らかくなっている金属を少しちぎって指で丸めます。それを別の桶の水に浸けて洗い、種類別に分けた小皿に入れます。十種類くらいの小皿に、かなりストックが溜まっています。
「少し食べたいわ」
「どれがいいですか?」
「金と銀とチタンと鉄、一粒ずつ」
「いっしょに食べるんですか?」
「胸の上に置いてくれれば、自分で摘んで食べるわ」
「あそうか、もう自分で食べられるんですね」
「こぼしちゃうかもしれない」
「その時は言ってください」
「わたしが手伝えないのがもどかしいわ」
「それはしょうがないですよ。お二人でおしゃべりしてたらいいんじゃないですか?」
「それは……」
「なんだか……」
「意識がつながってるから」
「しゃべるまでもないしねえ」
「アルがいるから会話が成り立っているようなものよ」
「そうそう」
「そうだ、アルのこと訊かせて」
「そうね」
「僕のことなんて、特になにもないですけど」
「今までのこととか」
「外のこととか」
「まあ、そのくらいなら話せるかな」
作業をしながら、どんなところで育ったとか、どんな仕事をしたとか、この町のこととか、選鉱場でお姉さんたちが話してたこととか、メイド長さんたちのこととか、調理場の手伝いのこととか。とりとめなく思いつくままにしゃべります。
「へー」とか「それで?」とか相づちを挟みながら、どんな話もすごく興味を持って聞いてくれます。
そうやって午後が更けていきました。
短い夏が終わり、冷たい風が山から吹き下ろす季節になっていました。
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