第10話 回復のきざし
朝夜のお食事に加えて、着替えとお下のお世話、シーツの交換や洗濯も日課に加わりました。
もらった布をいくつかに切り分けておしめの替わりにしています。何日かに一度はおしめにうんちも混じっていました。水っぽくて量も少ないですが、いちおう食べたものが消化されている証拠です。ぜんぜん嫌ではなく、かえって嬉しいくらいです。早くしっかり固まった元気なうんちが出ればいいんだけどと思いながら、おまたをきれいにしてあげます。
白い
本格的な夏の陽射しに汗がにじむようになっても、蔵の中はひんやりとして過ごしやすいです。冬はどうなるんだろうとちょっと心配になりますけど。
ある日、夕食を食べさせていると、ほんの少しこくりと喉が動きました。柔らかいものをスープに混ぜて、あごを持ち上げて流し込むようにしていたのですが、初めて自分で飲み込んだみたいです。
「お、お嬢様! 今、喉が動きましたよね!」
「そうなの? 体の感覚はよく分からないわ」
「そうですか。でも、確かにごくんって飲み込みましたよ! さあ、もう一口食べてみてください」
「わたしに言われても……。アルの好きにして」
「じゃ、少しずつ、少しずつ」
スープだけ、こくり。スープにマッシュポテトを溶かしたものを、こくり。ソーセージの欠片を混ぜて、こくり。
ちゃんと飲み込めています。さあ、もう一口。と思ったら、げふっと吐き出してしまいました。ちょっと急ぎすぎちゃったかも知れません。
「あっ、ごめんなさい!」
「ひとまずスープだけの方がいいんじゃない?」
「ああ、そうですね。いきなりムリさせてしまいました。ゆっくり、少しずつですね」
そんなふうに、何日もかけてだんだんと柔らかいものが飲み込めるようになって行きました。
それと同時に、喉を
でも眠っている時にも、時折「ん〜」と音を出すことがありました。
「え、なんです? どうかしましたか?」
と言っても返事を返してくれるわけではありません。でもなにかを訴えかけているようにも思えます。すごく心配です。
「どうしたんだろう……」
「わたしにも分からないわ」
「あ、もしかしたら夢をみてるのかな?」
「夢? 夢って、なに?」
「えーと、眠ってる時に、頭の中でなんかこう勝手に思い描いてたり……」
「なにそれ。たとえば、どんな?」
「たとえば、そうですね〜、監督官にぶたれそうになるとか、クズ山のてっぺんから滑り落ちるとか」
「恐かったことを思い出すってこと?」
「あ、いえ、恐いことだけじゃなくて、きれいな花が咲いてる野原で寝そべって誰かとおしゃべりしてるとか、なにか美味しいものを食べようとしてるとか……。たいてい食べる前に目が覚めちゃうんですけどね」
「ふ〜ん、それって自分で考えなくても勝手に出てくるの?」
「そうそう、そうなんです。空を飛んだりとか、ありえないことやつじつまが合わないことも、夢の中ではぜんぜん不思議じゃないんですよね」
「へんなの」
「お嬢様のその魂の姿も、最初は夢なのかもって思いました」
「あ、そうなのかも。このわたしも、体が見てる夢なのかもね」
「これは、夢?」
もしこれが夢だとしたら、覚めてほしくないと思いました。
そうか、ぼくはここの暮らしが好きなんだ。
お嬢様が食べてくれたりうんちを出してくれるのが嬉しいし、体がだんだん回復していくのを願っているし、少しでも快適に過ごせるようにあれこれするのも楽しいし、嫌なことなんてひとつもない。今までの仕事と比べるまでもなく、天国みたいだ。
幽霊のお嬢様とおしゃべりするのも楽しい。魂ならではの感じ方も面白いし、すごく素直で率直なところも好き。ついつい友達みたいな感覚でしゃべってしまってるけど、こういうふうにしゃべれる友達なんていなかったな。
夢でもいいから、お嬢様とのこの暮らしがずっと続いてほしい。
なにかがふいにこみあげてきて、目が
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