第9話 領主屋敷のお家事情
夕食をもらいに行った時に、メイド長さんに訊いてみました。
「お嬢様の寝巻きの替えとか、ありませんか?」
「おや、着替えられるくらい回復してきたのかい?」
「いいえ、相変わらず動けないようですけど、汚れたままだとかえって体に悪いかと」
「そうだね〜、うんうん。他になにか必要なものはあるかい?」
「下履きとか、清潔な手拭いとかもあれば」
「分かったよ、ちょっと待ってな」
しばらく待っていると、畳んだ布を持ってメイド長さんが戻ってきました。
「とりあえず新しい布だよ。お嬢様の昔の服は、もう捨てちまったみたいなんだよね」
「誰かの古着でもいいんですけど」
「う〜ん、そうだね〜。ああ、ルネ、ちょうどいい。お前さん、古い寝巻きとか下履きなんかないかい?」
ちょうど通りかかったメイドさんに声を掛けます。ちょこまかとよく動く小柄なメイドさんです。朝のお手伝いをしているうちに自然と顔なじみになっていました。
「あ、アルくん。寝巻きと下履きですか? もう捨てようと思ってるのならありますけど……」
「それ、おくれでないかい」
「え〜!? そんなもの、どうするんですか? アルくんのえっち!」
「なに言ってんだい、まったく。ミーアお嬢様の着替えにしたいんだってさ」
「あ〜そういうこと……。でも、もうボロボロですよ。わたしのなんか着させていいんですか?」
「ん〜それもそうだねぇ」
「それなら、ライザお嬢様のお古の方がいいんじゃないですか?」
「なにかありそうかい?」
「もう着ない服なんて山ほどあるし、ひとつやふたつ無くなったって分かりゃしませんよ。あとでケイトさんに聞いてみましょうか」
「そうしてくれるかい」
「えっと、ライザお嬢様って……?」
「おや、アルは知らなかったかい。お屋敷のお嬢様だよ」
「まだ七歳だってのに、ほんとわがままで生意気なんだから! ケイトさんも毎日振り回されてヘトヘトで、担当を変わってって泣きつかれてるのよね」
「あんたなんかじゃ一日もたないよ。まあそのうちロイド坊っちゃまのお付きにしようとは思ってるけどね」
「ええーっ! それも勘弁してくださいよ、絶対に! ずっとこのまま調理場係でいいですから!」
「どうしようかね〜、ほんとあのお二人には悩みが尽きないねぇ……」
どうやら、ミーアお嬢様の他にも、お屋敷には小さなお子様が二人いらっしゃるようです。この口ぶりでは、メイドさんたちにはあまり好かれていないような……。
翌日の朝には、ライザお嬢様のお気に召さなかった寝巻きや下履きを五枚づついただきました。これだけあれば毎日取り換えられそうです。
その時に、ルネさんがお屋敷の事情をいろいろ教えてくれました。
お屋敷にいるのは、七歳のライザお嬢様と五歳のロイド坊っちゃま。
前の奥様は、ミーアお嬢様を生んですぐに亡くなられたそうです。都から嫁いで来たので、なかなかこの土地に慣れないままどんどん具合が悪くなって、出産する体力もほとんど残っていなかったらしいです。
岩山から吹き下ろす風は煙ったように埃っぽいし、水には鉱物が溶け込んでいていがらっぽいし、ここに送られてくる犯罪奴隷の人も一年で具合を悪くしてしまいます。だからといって休めるわけでもなく、重く気だるく節々が痛む体にムチ打たれながら坑道の奥で重労働をさせられます。そして半数以上が死んで行きます。
それは犯罪奴隷に限った話ではなく、ここで生まれた人でも三人に一人は二十歳になる前に死んでしまいます。
他の町のことは知りませんが、ここでは死はごく日常のありふれたことなのです。
前の奥様がが亡くなって間もなく、領主様は新しい奥様を迎えたそうです。
ミーアお嬢様は女の子なので、跡継ぎの男子が必要だったためです。
そして生まれたのがライザお嬢様。その二年後に、待望の男の子ロイドお坊っちゃまが生まれました。
前の奥様やミーアお嬢様の病気のこともあって、お子様達はなるべく外に出さず、水も遠くの町から運んできたものを使うようにしているそうです。
そんなふうに大事に育てられているせいか、ものごころがつく頃からお二人ともどんどんわがままになってきました。遊ぶのは家の中だけ、友達もいず、相手にしてくれるのは年上のメイドさんくらい。そしてお嬢様お坊っちゃまとかしずかれて育てば、まあ無理からぬことかも知れません。
と言っても、メイドさんたちは辟易しているようですが。
お屋敷ではミーアお嬢様はいないものとなっているようです。実際、ライザお嬢様とロイド坊っちゃまは、異母姉がいることを知らないそうです。新しい奥様も、ミーアお嬢様の名前を出すだけでヒステリーを起こすので禁句。ご領主様は、できるだけのことをするようにと以前に一度メイド長さんに命じたきりだそうです。
だからこそ余計にメイドさんたちは同情を寄せているのでしょう。
僕もミーアお嬢様のことはめったなことでは口にしないようにしようと思います。
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