第8話 お嬢様の裸


 ここに来てから一ヶ月くらい経ったでしょうか。季節は春から夏になろうとしていました。

 ガラスが落ちてぽっかり開いてしまった天窓は、板でふさげるようにしました。日に一度は屋根に登って天窓を開け、中の空気を入れ替えます。蔵の中のじめっとした空気もずいぶんとからりとしてきました。


 蔵の外には、物干し竿を立てました。毛布やシーツを洗って干して綺麗にします。


「お嬢様、シーツを取り換えたいんですけど、ちょっと体をこちらに動かしてもいいですか?」

「好きにして」


 こういう時の返事はたいてい「好きにして」です。嫌ではないってことですよね。まあ、無気力無関心というのかも知れないですけど、無理なわがままを言われるよりもずっといいです。


「では、失礼して」


 毛布の上に並べた鉱石をいったんどかして、毛布をめくります。

 お嬢様の全身を初めて見ました。

 すべすべした光沢のある寝巻き着が足首まで覆っています。毛布の上から見るよりもさらに一回り小さく思えます。そして痛ましいくらいに骨張った体。胸が苦しくなります。

 背中と膝の裏に手を差し入れ、ゆっくりと持ち上げます。頭がのけ反ったように下に垂れてしまいます。なんだかポロリともげそうなので、いったん体を戻しました。


「大丈夫ですか? 痛くないですか?」

「ほとんどなにも感じないけど、膝とか腰とか、曲がると少し痛いかも」

「ああ、関節が固まってるのかも。首のあたりはどうです?」

「大丈夫」

「もう一度抱えますので、少しだけ我慢してくださいね」


 今度はもっとしっかりと抱きかかえるようにして、なるべく関節も曲がらないように持ち上げます。そしてそろりそろりと床に敷いた毛布の上に移しました。


 抱きかかえた時に、寝巻きが湿っている感じがしました。そして寝台のシーツを見ると、腰のあたりが染みになっています。たぶん、おしっこでしょう。そうえいば、毎日スープを飲ませているんだから、おしっこがでないはずありません。今までちっとも気付きませんでした。そういう匂いもなかったですし。


 急いでシーツを取り換えましたが、湿ったままの寝巻きでまた寝台に戻すのも可哀想です。


「あの、お嬢様。寝巻きが濡れてますので着替えさせてもらってもいいですか?」

「濡れてる?」

「たぶん、おしっこが出たんじゃないかと……」

「そうなの? 体って面倒ね」

「まあ、そういうものなので」

「いいわ、好きにして」

「じゃあ、脱がせますけど、なるべく目をつぶってますので」

「なぜ?」

「え、いや、裸を見ちゃうと……」

「なに?」

「恥ずかしいんじゃないかと……」

「わたしが? アルが?」

「どちらも」

「恥ずかしいって、どういうもの?」

「え、なんだろう……。ん〜と、人はあんまり裸を見たり見せたりしないものだから、見ると妙な気持ちになるというか……」

「裸って、人それぞれ違うの?」

「いや、だいたいは同じようなもので……でも男と女は違う部分もあって……」

「違ってると恥ずかしいという気持ちになるの?」

「まあ、そうかも知れないですね」

「ふ〜ん、よく分からないけど……」

「そう言われると、僕にもよく分かんないです」

「アルは、わたしの体が恥ずかしいの?」

「いいえ、そんなことはないですけど。孤児院では小さい子のおしめを取り換えたりしてましたし」

「じゃあ、好きにして」

「分かりました、じゃあ脱がせますね。あ、その前に着替えを用意しないと」


 衣類が入っていた箱をひっくり返してお嬢様が着られそうな服を探してみたけれど、大人用のドレスのようなものしかありませんでした。


「替わりになるような服がないですね。困ったな」

「じゃあ脱いだままでいいわ」

「寒くないですか?」

「そういうの感じないから」

「そうですか。とりあえず洗濯が済むまでということで」


 寝巻きも下履きも脱がせると、骨に張り付いたような肌は真っ白で、不思議と照れも恥ずかしさもなく、気味が悪とも思いません。逆になにか神聖な感じがします。

 触れると剥がれてしまいそうな肌は、思いのほか滑らかで弾力もありました。

 乾いた布で腰の周りをそっと拭います。別の布をおしめ替わりに股の間に巻き付けました。


「ひとまず、このまま寝台に戻しますね」


 新しいシーツの上に静かに降ろして、その上にもう一枚シーツを被せてから毛布を掛けました。夜はまだ少し冷えるので、夜になったらもう一枚毛布を掛けることにします。

 そして、よけておいた鉱石をまた体の周りに並べておきます。靄の手が、なんとなく安心したようにそれを撫でていました。

 そういえば、上半身は体に沿って白い靄に包まれているけれど、下半身には靄はないようでした。魂が抜け出せないと言っていたのは、こういうことなのかも知れません。

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