第6話 蔵に風と光を
朝と夕に調理場まわりの仕事を少し手伝いってから食事をもらい、お嬢様に食べさせます。食べられる量も、少しずつ増えてきました。といってもほんのちょびっとなので、僕がほぼ二人分いただいてしまいます。なので前よりも気力が湧いてきて、あまり疲れも感じません。
そこで、じめっと
桶に水を汲んできて、ボロ布であちこちの埃を拭います。その際に、置いてあるものを調べてみました。積み上げられた箱の中には、古びた衣類に毛布やシーツ、割れた食器や錆びたナイフ。柄が折れた
階段やお嬢様の柵の中も丁寧に拭き掃除します。
桶の水を換えるために、調理場横の井戸まで日に何往復もしなければならないし、薄暗い蔵の中では蝋燭の明りだけが頼りなので、なかなか作業が進みません。
十日くらいかかってやっと一通りの掃除が終わりました。蔵全体の様子も分かりました。
でも、掃除が終わってもあまり状況は変わりません。やはり空気を入れ替えないとだめみたいです。
この石蔵は、古いわりには欠けたり崩れたりしている所はなく、そうとう頑丈な造りのようです。そのせいで換気ができません。どこかに窓がひとつでもあればいいのに。
そう思ってぐるりと壁を見渡してみると、天井の真ん中くらいに四角い縁取りのようなものがありました。蝋燭を掲げてよーく見ると、天窓のようです。外に出て天窓のあるあたりを見ようとしましたが、塀の外の木が枝を伸ばして屋根をすっかり覆っていました。
屋根に登ってあの枝を切れば、天窓を開けることができそう。
蔵の奥にあったはしごを引っ張り出して壁に立て掛けてみましたが、壁の半分くらいまでしかありません。どうしようか悩んだ末に、木の枝にロープを引っかけてよじ登ることにします。
ロープも蔵の中にありましたが、短かったり、ところどころすり切れたりしていて、何本も繋げる必要がありました。できたロープの先に石を結びつけて、ぐるぐる回して放り上げます。なかなか思うように枝まで届きません。何度も失敗して、ゴンゴンと屋根にぶつかって落ちてきます。夕食の時に「上の方がすごくうるさいんだけど」とお嬢様に怒られたりしました。
三日がかりでやっと枝に引っかけることができました。はしごを上って、垂れたロープにぶら下がってみました。すると枝の方からミシミシと音がします。必死でロープを手繰って宙ぶらりんの体を持ち上げ、なんとか屋根の縁につま先を掛けることができました。息も絶え絶えに屋根にへばりつきます。そのままずるずると這いずるように屋根を上ってみると、ロープの先は細い枝の股にかろうじて引っかかってるだけでした。どっと冷や汗が噴き出しました。
蔵の道具箱をあさり、鉈やノコギリを探し出しました。錆びて刃が欠けているのを、そのへんに転がっている石で研ぐことから始めなければなりません。それをロープの端に結んでおいて、屋根に登ってから引っぱり上げます。ロープは太い枝の根元にしっかり結びつけたので、もう安心です。そして邪魔になっている枝をギコギコと切り払い、天窓が開けられるようになりました。
天窓には分厚いガラスが
「お嬢様、大丈夫ですか? ケガはありませんか?」
「どうしたの? すごい音がしたけど」
白い靄の半身が起き上がって寝ぼけたような声で尋ねます。
「すみません、すみません。天窓のガラスを落っことしてしまいました。どこかケガは?」
そう言いながら、横たわる体を見ると、毛布の上には天窓から差し込む光にガラスの破片がキラキラと光っていました。毛布から出ている顔にケガはないみたいです。
「ああ、よかった。無事なようですね」
毛布の上のガラス片を除けながら、お嬢様を眺めます。明るい光の中で見ると、少し顔に丸みが出てきたように思えます。痩せこけてはいるものの、もう骸骨っぽさは薄れています。相変わらず顔も体も微動だにしませんが。
「これは?」
毛布の上に散らばったガラス片を指でつまんでいると、お嬢様が靄の手を滑らせます。
「天窓に嵌まっていたガラスの破片です。石英っていう透き通った鉱石を加工したものらしいです」
「へ〜、これも面白い感触ね」
「集めて横に置いておきましょうか?」
「うん」
寝台の両脇には、僕が拾ってきたいろんな鉱石が並んでいます。
金、銀、銅、鉛、水銀、鉄、マンガン、コバルト、石灰、アルミニウム、ニッケル、大理石。
クズ石捨て場から拾ってきたものなので、どれも小さな岩片にところどころ粒が混じっているくらいのものですが、お嬢様はなぜかこういうものが好きなようです。特にお気に入りなのは、金、銀、コバルト、チタン。そして、ダイアモンドやルビーなどの宝石の原石。どれも、この鉱山で価値の高い鉱石です。
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