第4話 鉱山町の孤児


 ここは『辺境』と呼ばれる鉱山町。

 目の前には険しい山々が連なって、年中冷たい風が吹き降ろしています。

 何日も坑道の奥に潜って、昼夜を問わず、岩を掘って削って運び出す。そんな命がけのキツい仕事をするのは、ほとんどが犯罪奴隷の荒くれ男たち。

 懲役三年以上の犯罪者は、刑期が終わるまでここに送られて働かされます。途中で逃げ出したり反抗したりすると、どんどん刑期がかさみ、一生ここで暮らす羽目になる人も少なくありません。刑期を終えたとしても、すぐにまた罪を犯してここに戻されるのもありふれた話です。

 そんな町に、僕は生まれました。


 僕の父親も、そんな犯罪奴隷の一人だったそうです。

 母親は、娼婦館を兼ねた酒場の女。その母親も、誰が父親なのか分からないからと、生まれてすぐに孤児院に預けられました。

 最初の二、三ヶ月はわずかばかりでも養育費を持ってきていたらしいですが、すぐに別の男とトンズラしてしまいました。

 そんな話を小さい頃に聞かされましたが、ここではよくあることで、同じような境遇の子供たちがたくさん孤児院で暮らしていました。


 そんな子供たちは、三、四歳になるとすぐに働かされます。掃除洗濯、子守り、飯屋の雑用、鉱石の水洗い、クズ石捨て、選鉱などなど。十歳を過ぎて体格がよくなってくると、坑道での運搬や補強作業なんかに回されます。

 働かなければ食べるものにもありつけません。食べ物と言っても、硬いパンと萎びた肉片の浮いた味のしないスープくらいですが。

 十五になると、男は坑夫見習い、女は酒場の下働き。それが相場です。死なないためにそうやって生きるのが、ここでは当たり前のことでした。


 僕もいろんな仕事に回されましたが、体が小さく力もなかったので、どこへ行っても役立たず。やっと落ち着いたのは、選鉱の仕事でした。

 掘り出された岩石をハンマーで砕いて、その中に金とか銀とか銅なんかの鉱物が含まれているかどうかを見分ける作業です。尖った岩石を触るので、革手袋はボロボロ、手はいつも傷だらけ。薬草を塗っても直る前に新しい傷ができてしまいます。僕にはそんな仕事しか出来ないのでしょうがありません。


 選鉱場は女の人ばかりでした。女の犯罪奴隷、ここで生まれ育ったおばちゃん、食いつめて流れ着いた人。そういう人たちが、始終ぺちゃくちゃと話をしながら、ポイポイと適当に石を選り分けます。日に三度の監督官の見回りの時間だけは、しーんと静まってせっせと手を動かしますが。

 端っこで黙々と岩を砕いていれば、自然と周りのおしゃべりが耳に入ってきます。たいていは文句や愚痴、恨みつらみ事でしたが、人にはそれぞれいろんな過去や思いがあるんだなあと、漠然と思っていました。中にはちょっと物知りな人もいて、知らない世界の知らない知識を聞くのは密かな楽しみでした。ほとんどまったく理解はできないけれど。



 このままずっと選鉱場で働のかな。他の仕事よりもわりと楽だし危険もないし、それならそれでいいかも。そんなふうに思っていたある日、監督官が変わった恰好の女の人を連れてやって来ました。

 その人は、ざっとみんなを見渡して、ふと僕に目を留めました。


「おや、この子はなんだい?」

「ああ、こいつは穴に潜らしても役に立ちそうもないんで、しょうがなくここにおいてるんですわ」

「ふ〜ん、この仕事は真面目にやってるのかい?」

「まあまあ文句も言わずにやってまっさ。そろそろ別の仕事に回そうかと思ってたところですがね」

「そうかい。お前さん、いくつだい?」

「十歳になったとこです」

「ヘタな大人の女よりも、こんくらいの子供の方がいいかもねえ。素直そうな目してるしね」

「まあ、れてない分、使いやすいのは使いやすいかもしれねーですね」

「まあ、そうだね。使いもんにならなかったらまた替えればいいさね。そう長い間でもないだろうし……」

「こいつでいいですかい?」

「ああ、この子でいいよ」

「おい、この人はお屋敷のメイド長さんだ。よ〜く言うことを聞いてお役に立つんだぞ」

「お屋敷? メイド長さん?」

「領主様のお屋敷で下働きを束ねてる方だ。お屋敷で働けるなんておめえも運がいいもんよ」

「では行きますよ、付いてきなさい」


 選鉱場を出ると、メイド長さんはピシッと背筋を伸ばしてスタスタと坂道を下って行きます。小走りで付いて行くのが精いっぱいでした。

 かなり歩いて辿り着いたのは、塀に囲まれた大きなお屋敷。町からはずいぶんと離れています。こんな建物があったなんて知りませんでした。


「ここがエバンス辺境伯様のお屋敷だよ。下働きの者は裏口から出入りすること。いいね」


 さらに塀沿いにぐるりと回って裏の木戸を開けます。裏口と言っても、荷車が悠々入れるような大きくて頑丈な門です。

 中に入ると、裏庭には石造りの大きな蔵がいくつも並んでいて、その向こうには三階建て立派なお屋敷が見えます。

 井戸の側では、メイド長さんと同じような服を着た若い女の人が何人か洗濯をしていました。


「おかえりなさいまし」

「これからは、この子にお嬢様のお世話をさせますからね」

「こんな小さな子で大丈夫でしょうか?」

「ダメだったらすぐ返すよ。そうなると、またあんたたちがお世話することになるからね」

「ええーっ」

「ちょっと手と顔を洗っておあげ」


 濡れ布で汚れを落としてもらいながら、


「しっかりやってちょうだいよ」

「頼んだわよ」

「なにがあっても、なにを見ても、驚いちゃだめだからね」

「あら、なかなか可愛い顔してるじゃないの」


 こっそりとそんな言葉が掛けられも、ただドギマギするばかりです。


 それからメイド長さんに連れられて、人気のない奥まった塀の角にある古い蔵の前に立ったのでした。

 こうして突然わけも分からぬうちに、この蔵での生活が始まったのです。

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