第2話 ほんとうは気のいいメイド長


 領主館の裏手にある従業員宿舎。

 その脇の井戸で、メイドさんたちが洗い物をしていました。

 先ほど案内してくれたメイド長さんも、そこにいました。


「おや、なんだい。もう逃げ帰ってきたのかい。やっぱりねぇ」

「い、いえ、そうじゃなく、水をもらいにきたんです。この井戸、使わせてもらってもいいでしょうか?」

「そりゃかまわないけどさ。で、お嬢様は見たのかい?」

「はい、ちょっと声を出すのが苦しそうだったので、水をもらいに来たんです」

 それを聞いたメイドさんたちが、ヒッと引きつった声をあげます。

「えっ! 声って、あんた声を聞いたのかい?」

「ええ、すごく小さくてかすれていたので」

「まだ生きてらしたのか……。で、姿は、姿は見たかい?」

「はい、暗くてぼんやりしてましたけど」

「……幽霊になってたっていうのは見間違いだったのかねぇ……。まあ、怖がって誰も行きたがらないから、この子に任せておこうかね。どのみち長いことはないだろうしね……」


 後ずさって身を寄せあっているメイドさんたちを横目で見ながら、なにやらつぶやいていました。


「まあ、それならついでに食事も持っていきなさい。お食べになるかは分からないけどねぇ。じゃ、ちょっとこっちへおいで」


 メイド長さんの後について勝手口から中へ入ると、そこは大きな厨房でした。

 料理人やメイドさんたちが、おしゃべりをしながら芋の皮むきなんかをしています。

 勝手口のすぐ横の棚の前で


「この棚がミーアお嬢様用の皿やスプーンだよ。ん、あんたの……あんた名前なんだったっけね?」

「あ、はい、アルです」

「アルの皿は、これでいいかね。この棚に一緒に置いておくようにね。スープはこっちの大鍋に入ってるから、この鍋に分けて、パンはこのカゴから二個か三個だね。他はその日の料理を誰かに聞いて少しずつよそってもらいな。今日のところは、これとこれがこのくらいあればいいだろう?」


 そう言いながら、皿にマッシュポテトや焼いた肉を数切れ、てきぱきと盛ってくれます。どれもまだ温かく、すごくいい匂いがします。


「えっ、これ僕も食べていいんですか?」

「ああ、メイドたちの賄いだからね。あんまりごっそり持っていかなけりゃ大丈夫さ。けどねぇ、お嬢様はスープさえ飲めるかどうか……。まあとりあえず朝と夕に運んでおくれ」

「はい、わかりました。どうもありがとうございます。これから一生懸命がんばります。あ、でも、他には何をすればいいんでしょう?」

「そうさね〜、食事と下のお世話かね。ミーアお嬢様は、もうご自分では動けないようだし、目も見えないから、どうにか苦しみのないようにしてあげたいのだけどねぇ」

「目が見えないんですか?」

「ああ、生まれつき目も体も悪くていらっしゃる。ほんとうにお可哀想に……。五歳までもつかどうかってお医者が言ってたらしいけど、もうじき九年だからね、よく頑張りなされたよ」


 トレーにスープの小鍋や皿を並べながら、メイド長さんが大きなため息をつきます。そのため息には、同情と諦めが混じっていました。


「あの、どんなご病気なんですか? 食事のほかにお薬とかはないんでしょうか?」

「それが分かればねぇ、効く薬もあるだろうにねぇ」

 そう言って首を振ります。周りのメイドさんたちも悲しそうにうつむいていました。

「まあ、そういうわけだから、しばらくあんたに頼むよ」

「分かりました。お嬢様と相談しながら、僕にできることを探してみます」

「なにかあったらすぐにここに知らせに来るんだよ」

「はい」

「そうそう、お前さんの寝る場所だけどね、今こっちに空いてる部屋がないのさね。あの蔵のどっかに場所を作って寝るんでいいかい?」

「え、夜は孤児院に帰るつもりですけど……」

「でも、ここから歩くと一時間じゃすまないだろう? まあ、そのへんは好きにすればいいけどね、朝は遅くなるんじゃないよ」

「はい」

「あの蔵にあるものは不用品ばかりだから、毛布でもなんでも勝手に引っ張り出してお使い」

「分かりました、ありがとうございます」


 スープ鍋や料理を盛った皿でずしっと重いトレーを慎重に受け取り、夕闇が迫り始めた道を、つまずかないように、こぼさないように、蔵へと急ぎました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る