その7 バーナード家の怒り
「俺と勝負しろ!
俺に勝ったらその芋はくれてやる!」
マクシスのその言葉に一瞬だけ緊張が走る。
特に護衛騎士二人の警戒心がすごく上がっていた。
けど、僕は何言ってんだコイツ、という表情で
「はぁ」
と返すのがやっとだった。
なんでいきなり勝負?
妙に僕を睨んでいたのは知ってるけど。
けどそんなのお構いなしと言わんばかりに言葉をつづけるマクシス。
「お前が負けたら!
その・・・」
「・・・?」
急に口ごもりだしたぞ。
けど、1回深呼吸をして、意を決したのだろう。
「その子を俺に寄越せ!」
などとのたまった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
えーと。その子、っていうと、指さしてる相手は妹だね。
つまり、彼はこう言いたいわけだ。
芋と妹をかけて決闘しろと。
ギャグかな?
すぐに男爵のげんこつなり飛んでくるかと思ったけど、
男爵は腕を組んで少し考えているようだった。
まさか、
アリとか思ってるんじゃないだろうねこの男爵。
・・・少し待っても特に待ったもかからない。
どうやら本当にアリと思っているらしい。
なので。
僕はため息を付いたあと、
その場でくるりと背を向ける。
「帰るよ。セレクト、皆」
「「「はっ!」」」
「はい」
僕の言葉に即座に反応する護衛騎士二人とじい。
しかも護衛騎士はしっかりと僕と妹を守るように位置を変えている。
特に妹をマクシスの視線からさえぎるように。
ちょっと遅れてセレクトも返事をして僕についてくる。
「ま、まてよ!逃げるのか!?」
僕の行動に一瞬呆気にとられていたマクシスが、
ハッとして僕にくってかかろうとして、
ランロークに止められる。
「逃げるも何も、
そんなくだらないことに大切な妹の人生を天秤にかけるような
くだらない兄になるつもりは全くないんだ僕は」
「く、くだらないだと!?」
憤慨するマクシスだけど、関係ない。
速攻で止めない男爵にも少し失望した。
だからもう、帰るしかない。
そして今まで沈黙していた男爵が、
流石にマズイと思ったのだろう止めに入る。
「お、お待ちを。
愚息が失礼を申しましたが、私とて武人のはしくれ。
賭け事自体はどうでもいいのですが、
同じ年齢同士の二人の実力が気になったのは事実。
それゆえ止めに入るのを悩んでしまった事はお詫びいたします」
その男爵の言葉に足を止める。
・・・あぁ、うん。
止めなかった理由はそこなのね。
そうよね、武勲で今の立場を手に入れた人にしてみたら、
自分の息子と公爵家の子の実力の違い、気になるよね。
それが取り繕った言い訳でないことを信じたいところだけど。
ただ、なぁ・・・。
「親父!どうでもよくねぇ!
俺はあの子が欲しい!」
などと相変わらずなことを仰る。
状況分かってないよね、マクシスくん。
まぁ理解できるようには見えないけど。
ていうか妹よ、けっこうモテるね?
・・・彼には絶っっっっ対にあげないけど。
「あげるわけないでしょ」
僕がこう返すと、
妹は僕に抱きついてきながらマクシスを睨み返す。
「絶対嫌です。
私は出来なくても兄さま以外と結婚は考えてません!」
その言葉にギョっとした表情を僕に向けるマクシス。
若干あきれ顔のまま僕は小さくため息をつき、
「まだその考えのままなのね」
「結婚出来なくてもしたくない人とするくらいなら
兄さまのお嫁さんになります」
「出来ないんだからなれないんだけどなぁ・・・まぁそれはいいや」
未だに固まったままのマクシスに僕は顔を向けて。
「それに、多分僕が負けるし」
「なんだと!?俺を侮辱・・・って、え?」
「僕、弱いからあっさり負けると思うよ」
「・・・」
はっきりとした敗北宣言に思考停止でもしたのかまた固まるマクシスくん。
そうなのか、とすこしがっかり気味の男爵。
なんだか反応が似てるのは親子だねなんていう感想を抱きつつ。
僕は足を止めて、顔だけ振り返り、男爵のほうを見る。
見られたことで男爵は苦笑しようとして、固まった。
僕が今までただの1度も見せたことがない
少し睨むような表情をしていたからだろう。
「それで、どうします?
僕は今起こった出来事を全部包み隠さず父上にお話しますが」
「!」
その低い僕の声色に男爵も顔色を変えた。
はっきりと言えば、僕は怒っていた。
割と本気で僕が怒っていることは通じたんだろう。
流石にこの言葉に動揺を隠せなくなる男爵。
はじめは子供の言い合い程度にしか思っていなかったんだろう。
だから賭け事そのものはどうでもいい、
程度にしか捉えていなかった。
だけど男爵は忘れている。
妹をモノとして扱われている事実を。
しかもそれを苦笑してごまかそうとしていた己を。
家族を芋ごときと同列に扱ったんだ。
許せるわけがない。
そのことに気づいているのか気づいていないのか分からないけど、
己の失態に男爵が頭を下げてくる。
「・・・どうかご容赦を。
愚息の発言に関しては私のほうできつく言いつけておきますゆえ」
「なんだよ親父!?
いきなり恐縮して!」
男爵の突然の腰の低い物言いに、
マクシスが驚き異議を申し立てているけど。
男爵のその言葉は、遅すぎた。
「それが彼の発言直後に出てきていれば良かったんですけどね。
もう、遅すぎますよ」
「--ッ!」
僕のこの発言でようやく既に手遅れだったということを認識する男爵。
いかつい顔が徐々に青ざめていく。
「僕には何かをいう権利も、その力もありません。
ですから全てを父上に委ねます。
・・・家族を物として扱った事を」
「あ・・・いえ、それは・・・!」
僕の言葉に家臣である3人の表情もきついものになる。
特にじい?今にも斬りかかりそうな雰囲気出さないで?僕が怖い。
そして男爵も僕の・・・
いや、僕ら全員の怒りの深さ、理由にようやく気付いたのだろう。
決闘のほうに意識を取られて本質に気付いていなかったのかもしれない。
僕らが本当に許せない内容に。
だが、もう遅い。
「それにどの道。
僕が言わなくとも、或いは口止めした所で
家臣全員が確実に父上に報告します」
「それは・・・」
「当然ですよね。
だって当主は父上であって、僕ではない。
僕の口止め程度で報告義務を怠るわけないじゃないですか」
そう、ここで僕を言いくるめられたとしても、無駄なんだ。
父上は全ての報告を受ける。
そして決闘発言による妹の扱いに、間違いなく激怒する。
流石に攻め込んだりするようなことはしないだろうけど、
エルデリラス男爵がなにかに困ろうと一切関与することはなくなるだろう。
「愚息の発言に対し、謝罪を申し上げる。
その上で、甘芋に関しては好きなようにしていただいて構いません。
どうか、お怒りを静めていただけないでしょうか・・・」
男爵がその場で膝を付き、僕らに頭を下げ謝罪をする。
その対応に流石にマクシスが驚き戸惑っていた。
だけど。
「その程度で許されると?」
「ッ・・・」
先程も言ったようにもう、遅いんだ。
それに許す許さないを判断するのは、僕ではない。
「それにその判断をするのはもう僕ではありません。
色々ご足労をかけて申し訳ありませんが、
このような事になって残念に思います。
それでは」
「待てよ!」
僕が改めて背を向けようとしたところで、
今度はマクシスが僕をにらみながら止めてきた。
「・・・?」
「何が気に食わないんだよ!
俺は決闘でその子が欲しいといっただけだ!
それの何がおかしいんだよ!!」
「・・・それ、本気で言ってるの?」
マクシスの言葉に僕と家臣3人の怒りがまた膨れていく。
だけど彼は止めろという父親の言葉を聞かずに続ける。
「父上が母上を娶ったのは決闘して勝利したからだ!
だから俺もそうしようとしてるだけだ!!
何がおかしい!!」
・・・
・・・
・・・
「・・・はい?」
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