その6 甘芋の可能性
エルデリラス男爵は、
ひとまず本日はお休みいただき、
明日、改めて甘芋を栽培している農家に案内しましょう、と締めくくり、
僕たちを部屋に案内してくれた。
流石に男爵家の館ともなると僕の屋敷ほど大きくはない。
なので僕と妹は同じ部屋となった。
護衛としてセリナが部屋に居る。
ランロークはネバデスと同じ使用人の部屋に入ることとなった。
「兄さま」
「うん?」
「男爵様のお声、すごく大きくて怖かった」
ぶるりと震えて僕にしがみついてくる妹。
ちょっとあの大声がトラウマになりかけちゃってるかな?
でも僕はあの男爵さん、全然怖いとは思わないんだよね。
むしろ気のいいおじさんという感じがする。
だから妹に怖がられているのはなんか不憫だなと思って。
ちょこっと男爵さんを擁護することにした。
「あれだけ大きくよく通る声なら、
きっと戦場では重宝されただろうね」
「・・・戦場、ですか?」
僕の言葉にきょとんとする妹。
一体何の話だろう、という感じだけど、
僕は構わず続けた。
「そう。
人でも魔物でも。
そういう戦場では沢山の人が戦う。
だから声がよく通る人というのは指示出しには欠かせない存在なんだ。
はじめて聞くと怖いかもしれないけどね」
「・・・」
強張りが取れてきているのがわかる。
考え方、見かたひとつでどうとでも変わるのだ。
つまり、あの大きな声を『怖い声』ではなく
『役に立つ声』に認識を改めれば・・・
「男爵様は怖い人ではなくて、すごい声の人、ですね?」
「そう。すごい声の人。
そしてきっと立派な人だよ。
体中に無数の傷跡あったでしょ」
「え・・・そうなんですか?
怖くてお顔を見ること見出来ませんでした」
「それは男爵様が可哀そうだよ。
ちゃんと見てあげて?
数々の傷あとは、それだけこの国を、
僕たちを守るために頑張った証なんだから」
「・・・はい。
明日、ごめんなさいって謝り・・ます・・・」
「い、いきなり謝られても男爵様わけわからなくなっちゃうよ?」
「・・・・」
「・・・セレクト?」
「・・・」
どうやら眠ってしまったようだ。
毛布をかけなおして僕も眠ることにした。
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翌日。
「ごめんなさい、男爵様」
「・・・はい?」
朝食を一緒に取るという時に、
妹がエルデリラス男爵の側へと向かい、
いきなり開口一言そんなことを言うものだから、
目が点になる男爵。
そりゃそうだよね。
「たくさん、私たちを守ってくれて、ありがとうございます」
そんなことお構いなしに妹がぺこりとお礼を申し上げていた。
凄いよセレクト。
ちゃんと覚えてたんだね寝る直前の会話。
だけど言うタイミングがここじゃないんだよなぁ?
「セレクト、食事前だから座ろう?」
「あ、はい兄さま」
言いたいことを言い終えた妹の表情は、とても清々しいものだった。
なんで謝罪されてお礼まで言われたのか良く分かっていない男爵のほうは
僕にどういうこと?という視線を向けてくる。
はい、あとで弁明させていただきますね?
「・・・ふあぁ・・・おはよう、おやじ」
そんなふうにしてると、
ちょっと寝坊したのだろう、若干寝ぐせの残ったマクシスが現れた。
当然、そんな息子さんに青筋を立てる男爵。
「寝坊だ。はやく席に就け。
お客人を待たせるのか?」
昨日と違って怒鳴ったりはしないものの、
怒りを秘めたその低い声に一気に目を覚ましたのだろう、
若干青い顔をしながら、そういえばお客がいたんだっけ?と僕らのほうを見て、
妹を見てその視線が止まる。
昨日もそうだったよね。
これ、もしかして。
「マクシス?」
「あ、は、はい!」
今度は名前を1回呼ばれただけで反応し、
慌てて座って寝ぐせを手で直そうとして失敗している。
大きく溜息をつく男爵が、頂くとしようと声をかけて、朝食が始まった。
朝食を食べ終えてすぐマクシスの首根っこを捕まえて去っていく男爵さんを
ぽかーんと眺める僕たち。
すぐそのあとに家令であろう、先日玄関口で出迎えてくれた男性が、
このあとの予定を教えてくれた。
甘芋を栽培している農家へ男爵さんが自ら案内をしてくれるという。
そんなことしてくれて大丈夫なのかな?と思わないでもないけど、
前もって緊急以外の仕事は終えているらしいのでご心配なさらず、と返されてしまった。
それって僕らのためにそうしてくれたってことだよね。
なんだか申し訳ないなぁ・・・。
何か困ったことがあったら、こちらから助けの手を伸ばさなきゃ。
なんていつになるのか分からないことを考えていると、
説教と支度を負えたのだろう、
ぐったりとしたマクシスと、男爵さんが外出支度を終えたようだった。
「なるほど、そのような話をされたのですか」
「あんまりに妹があの声に怯えていたので、
申し訳ありません、まさかあんなこというとは思わず」
「いえいえ、素敵で優しいご子息、ご息女をお持ちの
バーナード侯爵閣下が羨ましい限りです」
移動中の馬車の中、
僕たち4人は1つの馬車で移動中なのだけど、
先ほどの妹のやりとりの確認をされた僕は、
先日妹に話した内容をそのままエルデリラス男爵にお話しした。
傷に関しては、やはり魔物との戦いの折りに受けたものが大半らしく、
自分自身も名誉の傷として誇りを持っているようで、
そう思ってくれていた僕に大してちょっと目を潤ませながらも感謝を述べていた。
いえ、感謝するのは魔物被害から助けてもらっている僕のほうだと思うんですけど・・・。
その話の流れから、
僕は私が怖くないのか?と問われるけど、
なんだか気のいいおじさんにしか思えなくて、と思わず口走った後に、
言葉が過ぎたと謝罪をするも、むしろ喜ばれてしまった。
「そんな感想を子供から受けたのははじめてで・・・
大体の子供たちは私の顔を見るなり泣き出すか怖がるものですからな」
ちょっと寂しそうにそう言いつつ、
ま、こんな強面ですからなと笑い飛ばす男爵。
人間、顔じゃないんだよ。うん。
なんて誰に向けた言葉なのかは置いといて。
「マリウス様、到着したようです」
「旦那様、到着しました」
各々の護衛騎士が同時に言葉を発して馬車が停止するのだった。
農家のほうでは既に準備を済ませていたようで、
いらっしゃいませ領主様、と礼をするも
「すまんな、作業の邪魔をしてしまう。
今日のところは付き合ってもらって構わんか?」
「もちろんです。
領主様にはいつもお世話になっておりますからな」
恐縮しながらもにこにことそう返す農家のおじさん。
本当に言葉通りに思っているんだろう。
戸惑いは見えても、困っている風には全然見えなかった。
そして案内されたのは蔓の伸びた畑。
これが甘芋の畑、なのかな。
「本日掘り出したものもありますので、
どうぞこちらをご賞味ください」
8つほどの紫色の皮の芋。
間違いなく僕の過去の記憶でも知っているあの芋と同じ見た目だった。
問題は味のほうだけど・・・
「こちらで間違いないですか?」
「はい。
ところで、あまりおいしくない、ということですが・・・」
僕がそう農家の人に尋ねると、
苦笑しながらそうなのですよ、と返してくる。
「ただ、この芋は天候にさほど左右されず、
確実に一定の収穫を得られるので飢饉などが発生したときには重宝するんです。
ただでさえ芋は腹持ちするのに対し、
この甘芋は普通の芋より更に腹持ちするので、
味はともかく飢えはしのげるんですよ」
そう言いながら、芋を輪切りに切って、更に4つに切り分けてどうぞ、と出してきた。
え。生で?
ちょっと戸惑う僕に対し、
恐らく普段からこうしているのだろう、
男爵とマクシスがその芋に手を伸ばして咀嚼する。
「うむ、不味い」
「これ歯に詰まってあんまり好きじゃないんだよな・・・」
二人とも不平をいいながら食べきる。
仕方ないので僕と妹もそのまま口に入れる。
ぼりぼりと生の芋を食べるも、
固い。ぼそぼそしている。そしてなにより不味い。
「兄さま・・・嚙み切れません・・・」
「無理しなくていいよ。僕が食べるから」
妹が頑張って噛もうとしているけど噛み切れず、
僕に渡してくるのでもう1個食べることに。
うん、不味い。
けど。
確かにこれは、あの芋とだいたい同じ味だった。
甘みが少し少ない気がするけど、
それでも十分食べられる甘さはある・・・と思う。
生で食べると流石によくわからないけど。
・・・あれ。
なんかマクシスに睨まれているような。
「これは焼いたりはしないんですか?」
「焼くための薪が勿体ないんでしませんねぇ」
あぁ・・・なるほど。
あくまでこの甘芋は、緊急時の非常食、みたいな扱いなんだ。
だから調理をする、という概念すらない。
もしかしたら過去にはあったのかもしれないけど、失伝してしまっているのかもしれない。
「それで、どうなさいますか?マリウス様」
ひとまずの実食を終えて、
申し訳なさそうな表情をしながらも確認をしてくる男爵。
「その、種芋とか貰ってもいいですか?」
思いがけない僕の返答に驚いたのは男爵だけではなく農家の人もだった。
その言葉に嬉しそうに持ってこようとする農家の人を男爵が止める。
「構いませんが・・・流石に何もなしにそのままお渡しするのは・・・」
「わかってます。
その、細かい話は父上とお願いすることになると思いますが・・・」
特産、というわけでもないものの、
ここでしかほぼ栽培されていないものだ。
それを無償で寄越せ、などと言えるわけがない。
当然その代価は必要だろう。
なのでそれをどうしようかすこし考えているところで。
「おい、お前!」
「・・・僕?」
なんかいきなりマクシスにびしっと指を突き付けられた。
その行動に呆気にとられる他一同。僕含む。
「俺と勝負しろ!
俺に勝ったらその芋はくれてやる!」
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