その5 エルデリラス男爵領へ
「兄さま!見えてきましたよ!
わ、大きな風車!!」
「セレクト、身を乗り出すと危ないよ」
僕は今、馬車に揺られてエルデリラス男爵領へと向かっていた。
というかもうすぐ到着する。
エルデリラス領へと向かう相談をした一月後に、
遂に僕の護衛騎士が決まり、
現在その護衛騎士と、ネバデスと共にエルデリラス男爵領へと
向かうことを父上に許されたのだ。
ただ、あくまで僕は、だ。
それを知ったセレクトが、私も行くと聞かなかった。
もちろんはじめは反対した。
セレクトにはまだ護衛騎士が居ないのだから、と。
その結果なのか分からないけど、
数日後にセレクトの護衛騎士が決まってしまった。
そしてものすごく見覚えのある人だった。
といっても別人だけど。
「セリナも急にこんなことになってごめんね」
「いえ、謝られると返答に困ります」
現在御者として御者席にはランロークとネバデス。
そしてセレクトを守るように横に座っているのは、
アンジェの護衛騎士であるエレナさんの妹であるセリナだ。
よく似てるんだけど、エレナさんより年下だというのは辛うじてわるくらい。
本当は彼女も王族の護衛騎士となるべく
クロイツ男爵家から王家へと希望があったようなのだけど、
ちょうど僕の護衛騎士を探していることをアンジェ経由で聞きつけたエレナさんが、
王族の誰かしらの護衛騎士となることが決まる前に、
直接セリナに僕を紹介したらしい。
しかし僕は男だし、すでにランロークが護衛騎士になるように動いていたときだった。
セリナも女性に仕えることを希望していたのでどの道難色を示していたのだけど、
僕の妹であるセレクトの護衛騎士も探していることを知り、
そのままセレクトの護衛騎士として直接バーナード家に希望を出したらしい。
どうもクロイツ家の当主としては、
セリナを王家に仕えさせたがっていたようなのだけど、
同じ家の者が王家に何人も仕えるのはよろしくないという判断が王族側にあったみたいで、
止む無く仕方なしという風体でセリナをバーナード家へと向かわせることに同意。
妹の護衛騎士となることを承諾したそうだ。
一方セリナのほうは妹とそれなりに上手くやっていけている・・・んだろう。
それなりに妹が気を許しているのは分かる。
最もセリナのほうはまだちょっと困惑している感じがするけど。
「ありがとうね」
「なにが、でしょうか?」
「妹の護衛騎士を引き受けてくれたということ」
「姉の推薦です。
本当でしたら貴方の護衛騎士になるようにと言われておりましたが」
どうも僕、エレナさんからの評価が妙に高いらしく、
僕に仕えれば間違いないと強く推されていたらしい。
けど僕は男でセリナは女性に仕えることを希望していた。
だけど姉であるエレナさんの強い薦めにどうしようか迷ってはいたようだ。
女性で護衛騎士になるひとは珍しく、
また護衛ができるだけの腕前がある人となると更に希少になる。
エレナさんもセリナもクロイツ家で護衛騎士になる前提の教育を受けていたようで、
剣の腕前もそれなりにあるので護衛としては問題ない。
・・・らしい。
僕にはそこらへんの敷居が良く分からない。
そんなセリナが妹の護衛騎士になってくれたのは本当にありがたいことだった。
ただ、
ランロークのほうがずっと腕は上みたいだけどね。
セリナは全く敵わないらしい。
ちょくちょく腕試しで手合わせをしている。
「それでもだよ。
僕もセレクトには護衛が居てほしいって思ってたから。
それがエレナさんの推薦だというなら猶更心強いよ」
「マリウス様もマリウス様で姉を高く評価されているんですね」
エレナさんとはそんなに話したりはしていない。
というよりあの夜のアンジェからの呼び出しの時くらいなものだ。
だけどあれ以来も特に話が拡散している様子も、
アンジェの立場が悪くなっているという様子も一切聞いていない。
もしそうならアンジェからの手紙が滞るなり、
不安でいっぱいの内容になるなりしているはずだけど、
そういった内容も特にない。
また会いたいという言葉が増えた気がする程度で。
ともかく、これはエレナさんが
あの昨晩の話を誰にも漏らしていないということでもある。
あれほどの内容である以上、
隠し通してくれるのはよほど義理堅い人くらいなものだ。
その人の妹さんで、しかもご本人の推薦もあるのだから僕も信じられる。
きっとセレクトを守ってくれる、と。
「マリウス様!
そろそろ領内に入ります」
「分かった。
とりあえず男爵家の屋敷に向かってほしい。
もし馬車で移動ができないようなら言ってね」
「分かりました」
御者のランロークが僕にそう受け答えをし、馬車を走らせる。
エルデリラス男爵家の領地は農村という感じの領地で、
のどかな風景が広がっていた。
物珍しそうに馬車を眺める子供や農民の人たちも見える。
少なくとも怯えるような姿は見えない。
問題なく統治されているんだろう。
そんな子供たちにセレクトが手を振ると、
子供たちもぶんぶんとおおきく手を振り返してくれる。
「兄さま!振り返してくれました!」
「うん、平和な証だね。
それよりあんまり身を乗り出すと本当におっこちちゃうからほどほどにね?」
「はい!」
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「よくぞいらっしゃいました、バーナード家の方々。
ただいま旦那様をお呼びいたしますのでお待ちください」
玄関口で待ち受けてくれていたのは、
多分ネバデスと同じこの館の支配人なんだろう。
恭しく僕たちに礼をすると、他の人を呼んで待合室に案内してくれた。
「あ。手紙」
そういえば父上からの手紙を渡すのが先だった事を思い出し、
慌てて荷物から取り出し、案内してくれたメイドさんに渡そうとするも、
慌ててネバデスがそれを止める。
「いけません坊ちゃま。
かような重要なものは、直接お渡しするのが基本ですぞ」
「あ、うん。気を付ける」
一瞬だけメイドさんがぽかんとしたあと、
すぐに気を取り直してお辞儀をして下がっていく。
少しして飲み物が配られるも、
すぐにこの館の主である男爵が部屋に入ってきた。
もう一人、僕らと同じくらいの年頃の男の子も入ってくる。
息子さんかな?
「ようこそおいでくださいました。
バーナード侯爵家の方々をお出迎え出来るのは光栄の至りでございます」
いかつい顔をしてるこの男性こそ、
エルデリラス領の領主であるエルデリラス男爵そのひとなのだろう。
ところどころに傷跡があるのを見ると、
戦争・・・はここ数十年では発生してないから、
魔物討伐とかの傷なのかな。
武勲にて拝領した人なのかもしれない。
「マリウス=バーナードです。
こちらは妹のセレクトです」
「セレクト=バーナードで御座います。
以後お見知りおきを」
妹が王宮で学んだのだろう、見事なカーテシーを行い挨拶を終えると、
・・・何故か微妙な沈黙が発生する。
ちょっと不安そうに妹がどこか失敗してしまったのでしょうか、と僕を見るも、
別におかしなところはないはず、と小さく否定を返す。
「・・・マクシス?」
「・・・」
エルデリラス男爵がちらりと自分の息子の名前を呼ぶ。
けど、なんか無反応な彼。
というか、なんか妹を見てる?
そんな無反応の彼に業を煮やしたエルデリラス男爵が。
「マクシス!」
「は、はい!?」
「ひっ!?」
部屋中を響かせる一喝を行うものだから、
思わず全員がのけぞり身構えて、妹なんて怯えて僕に抱きついてくるし。
「あ・・・これは申し訳ない」
その状況にいかつい顔で眉を寄せて謝罪してくるエルデリラス男爵が、
なんだか少し可愛く見えてしまって。
「いえ、大丈夫です。
それより、えぇと・・・」
「あぁ、そうでした。
おい、マクシス。お前もご挨拶せんか」
「わ、わかったよ。
マクシス=エルデリラスだ」
指摘された男の子が少しふてくされたようにそう返すと、
今度は頭の上にげんこつが振り下ろされた。
うわぁ・・・痛そう。
妹なんてなんか涙目になって頭を抑えながら痛そう、って呟いてるし。
「馬鹿者。仮にも侯爵家の方々だぞ。
我らよりずっと上の立場なのだ、ちゃんとせんか」
「な、殴ることないだろうが・・・!
くそう・・・マクシスと申します!
これでいいだろ!?」
それダメなやつ!
ほら2回目のげんこつが振り下ろされたよ・・・。
「申し訳ございません。
我が子の教育がなっていないもので、私の教育不足です」
「いえ、お気になさらないでください。
あとそんなに殴らないで上げてください。
あまり頭に衝撃を与えると、
物覚えが悪くなると聞いたことがありますし」
僕がそう答えると、何故か鬼の首を取ったかのように
マクシス君が父親のほうをにやりとしながら見て、
「ほら、親父が俺の頭をガンガン殴るから俺がなかなか学べないんだよ!
俺の物覚えが悪いのは親父のせいだ!」
あ、それダメなやつ!!
げんこつを取りやめたエルデリラス男爵は、
こんどは両手をマクシス君のこめかみに添えて。
「そうかそうかならばこれなら問題あるまい???」
「ぎゃああああ!?
やめ、やめぎええええええ!?」
容赦ないぐりぐりがなされるのであった。
ソファでぐったりとしているマクシス君をよそに、
僕たちは改めて椅子に座って、
父上の手紙をエルデリラス男爵へと手渡した。
「・・・ふむ、なるほど。
我が領地で栽培されている甘芋に興味があると」
「はい。
是非とも僕の領地でも栽培出来ればと思って」
もし甘芋が男爵領の特産物であるならば、
こんなことは絶対に言えない。
お前のところで栽培してる特産品を、
ウチでも特産品として売るために寄越せと言っているようなものだ。
けど、それが特産品ではないなら話は別だ。
「ふむ・・・別に構わないのですが、
あれは正直あまりおいしいものでもありませんぞ?」
エルデリラス男爵の話によれば、
もともとこの地でその甘芋は栽培されており、
拝領されたときにこの芋のことを知ったエルデリラス男爵は、
見知らぬ芋に可能性を見出そうとして、味見をした時点で辞めたという。
「大して旨くないのですよ、あの芋は」
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