その5 中庭で家庭菜園

「なるほど、婚約を取り付けようと来られていたんですね」


「そのようですのよ」


中庭案内を終えたアルフとレミエリア嬢が戻ってきて、

現在は僕を交えた3人でもお茶会を楽しんでいる状態だった。


婚約というのはレミエリア嬢とアルフ・・・ではなくその兄上様。

第一王子との婚約を、エルボイド公爵は国王陛下に持ちかけに来たということだった。

それに連れられて一緒に紹介しようと娘を連れてきたようなのだけど、

陛下との謁見同行は許されず、ここで待ちぼうけをしている間に

退屈で歩き回っていたら、迷子になってしまったということだった。


それもリーナさんが目を離したスキにである。


それはリーナさんも慌てるというものだろう。

やっとの思いで見つけたレミエリア嬢が泣きそうになっているのだから、

つい頭に血が上って僕らを敵視してしまっても仕方ない。


わがままでこうやって困らせるところはあっても、

リーナさんにとっては大切なお嬢様なのだろうことは話しててよく分かったから。



さて、妹たちはまだ淑女教育が終わらないのだろう。

かなり厳しく躾けられると聞いているから・・・まぁ、仕方ないかもしれない。


なら、折角だしトムさんに話を聞いてみようかな。


「ん、どうしたマリウス」


「あぁ、いつもの所に行こうかと思って」


「いつもの・・・そういえばいつもどこに行っているんだ?」


そういえば、アルフには言ってなかったかな。

アンジェとセレクトは知ってるんだけど・・・。


「トムさんの所だよ」




---------------------------------


さて、

トムさんというのはこの中庭の庭師をしているおじいさんの事で、

こうして王宮の中庭に来る時の時々に僕は顔を出していた。


3年ほど前に中庭でアルフ達と遊んでいるときに誤って畑に足を踏み入れてしまい、

それを目撃したトムさんに大激怒されるというのがキッカケだった。

そのあとひたすら謝り倒したあとにトムさんと一緒に踏み荒らしてしまった畑を手直しして、

それが気に入られたのか、いつでも来いと言われたのがはじまりだった。


「そもそも中庭に畑・・・?

 王宮の中庭に何故このようなものが??」


レミエリア嬢が呆然とちょっとした広さの畑を眺めていた。

なお、アルフは何故かあまりここに来たがらないらしいことを後でアンジェ経由で知った。

だからこそ知らなかったのかもしれない。

僕がちょくちょくここに来ていることに。

まぁ来たがらない理由はなんとなく察せるけどね。


「トムさーん、いますかー?」


僕がうかつに畑に入らないように外から小屋へ向けて声をかけると、

おーう、待ってろ! というシブめの声が帰ってくる。


「まさかここにちょくちょく来ているとは・・・凄いなマリウスは」


「え、スゴイ?なんで??」


「いや・・・」


少しして小屋から完全に白髪で染まった髭と髪の初老の男性が

野良作業よろしくな恰好で現れる。


「よぉ、来たな坊主。

 ん?それになんじゃお前が来るとは珍しいのう!」


アルフが一緒なのを見つけたトムさんが本当に珍しそうに言う。

アルフはアルフで微妙な表情をしていた。


「いや・・・私はマリウスの付き添いなので」


「それと、なんじゃ可愛い嬢ちゃんに

 見覚えのないメイドの嬢ちゃんまで一緒じゃないか。

 なんじゃお前ら、小僧の癖にませてるのう」


「いやいや」


「ただの友人とその従者です」


若干乱暴に僕らの頭をがしがし撫でるトムさん。

ていうかそれ僕の妹を連れてきた時も同じこと言ってたよね。


「な・・・なんなんですのあなた!!」


「ん?」


あ。しまった。

そういえば事情全く説明してない。


「庭師の分際であろうことか殿下をそのように乱暴に扱うなど・・・!」


流石に止めないとだよね。

トムさんのことを知らないんだし。


「あーいや、レミエリア嬢?」


「なんですの!?」


さて、どう説明したらいいかな?

・・・って思ったけどさっきと同じことを繰り返すよ、って言えばいいか。

それである程度察せる・・・よね?


「また同じこと繰り返すおつもりで?」


「え、同じって・・・だって相手はただの庭師ですわよ?」


察してくれなかった。


「おう嬢ちゃん、そうだ、わしはただの庭師じゃぞ!」


しかもトムさんがすごく面白そうだ、っていう顔してる。

これ絶対あとでレミエリア嬢が大泣きするかトラウマになるやつだ。


「ですのにわたくしの事まで嬢ちゃん嬢ちゃんと・・・

 わたくしは!」


「知っとるよ。エルボイド坊主の娘じゃろ?」


「な、なな・・・」


あ。知ってたんだトムさん。

もしかして事前に話は聞いていたのかな?

なんて考えていると、ひそひそ声で僕に問いかけてくるリーナさん。


「あ、あのマリウス様?」


「はい?」


先ほどのアルフとのやりとりの件で学んだのだろう、

今度はいきなりレミエリア嬢を庇うのではなく、

まず僕に確認することにしたようだった。

なんか僕とは話しやすいみたい。理由は知らない。


「あのご老体は、その・・・」


「あぁ、はい。

 多分想像してる通り、あの態度が許される人です」


あの態度が許される人。

その言葉に全てが集約されているといっていい。

アルフや僕、そして公爵令嬢であるレミエリア嬢に対してあんな口が聞ける人など限られている。

よっぽど近しい、あるいは親しい間柄か、

或いは更に上の立場の人間だ。

その言葉に一瞬で青ざめたリーナさんがレミエリア嬢へと駆け寄っていく。


「・・・・お、お嬢様ッ!!!」


「な、なによリーナ」


「その、多分、こちらの方は、

 アルフレッド王子殿下より・・・」


「はぁ???

 庭師が?何よ???」


未だ察せていないレミエリア嬢と、

なんとか宥めようと言葉を尽くしているリーナさんのやり取りを尻目に、

これじゃ話が進まないなぁと僕がトムさんに歩み寄る。


「トムさん、あんまりからかうと可哀そうだよ」


「なんじゃ。

 小僧の惚れた女子だったか?このお嬢ちゃんは」


「全然違う」


にやっと笑みを作るトムさんに、無反応無表情で返す僕。

すぐ溜息一つついて首を振り、つまらんやつじゃのうと呟くトムさん。


「・・・つまらん反応じゃのう。

 もう少し「ち、ちがうよそんなじゃないって!」みたいな反応が欲しいんじゃがの?」


「いやだって違うし」


アンジェのときも同じことしようとしてたよねトムさん。


「孫娘の時も同じ反応じゃったしのぉ。

 まったく面白いのに面白くない小僧じゃ」


「なにそれ」


トムさんがぽふぽふと僕の頭をなでつけると、

レミエリア嬢とリーナさんのほうを向く。

未だに納得がいっていないのか、レミエリア嬢はずっとトムさんを睨んでいた。


「ま、よいじゃろ。

 お嬢ちゃんや」


「な、なによ!」


「わしの名は、トゥルメイル=バース=グランデールじゃよ。

 どうじゃ?

 流石にこれなら色々理解できるかの?」


その言葉にきょとんとし、

そしてかみ砕くようにその意味を考え。

だんだんと表情が崩れて、青ざめて、驚愕に染まっていく。


「・・・・・・・・うえ・・あ・・・えぇーーー!?」


トムさんのファミリーネームがアルフと同じ。

まぁつまり、このご老体、トムさんは。


「だから言ったのに・・・」


ご隠居中の先代国王様だったりする。




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「うう・・・またやっってしまいましたわ・・・」


流石に同じ日に二度も続けて高飛車な態度で

自分より上の立場の存在を見下し発言をしてしまったことに、

完全に落ち込んでしまったレミエリア嬢。


まぁ、自業自得なんだけど・・・、

流石にトムさんを見て前国王陛下とは思わないよね。

麦わら帽子に首にタオルを巻いた完全にただの庭師の恰好だし。


だけどわざわざ上から目線な態度を取っていい理由にはならない。

そんなの普通に嫌われるだけだし。

これでレミエリア嬢がもう少し初見の相手への態度を改めてくれたらいいとは思う。


せっかくちゃんと話しをすれば、話は通じる子なのだし。


「それでマリウス坊、ここに来たのはお嬢ちゃんを紹介するためかの?」


「ううん。

 近況を知りたいと思って」


「せっかちじゃのう。

 まだなんの情報も仕入れられてないぞい」


「そうですか」


僕とトムさんのやり取りを不思議そうに眺める3人。


「なんだ、マリウス。

 なにか頼み事でもしたのか?おじい様に」


「うん、あ、そうだ。

 レミエリア嬢とリーナさん」


「どうされました?」


未だに落ち込んでいるレミエリア嬢をなだめつつ、

僕の方を向いて返答してくれるリーナさん。


「もし知っていたらでいいんだけど、

 根菜で、紫色の皮の芋って知ってたりしないかな」


「紫色の芋・・・ですか?」


「知ってる?リーナ」


「うーん・・・

 普通、芋と言えば茶色か黄色っぽい色ですよね」


リーナさんが言っている芋は日本でいう所のジャガイモや里芋で、

一般的に芋というとこれを指す。

芋には毒があることも一般的・・・とまでは言わないけど知られていて、

毒の原因である芽をちゃんと除去すれば中毒に陥ることはないことも判明はしていた。


ただ、知らない人が芋の芽が付いたまま食べてしまって

中毒を起こしてしまうこともそれなりに発生しており、

正しい知識を持てていない一部の人にとっては、

芋は毒のある危険な食べ物だという認識になってしまっていたりもする。


まぁジャガイモ以外でもそのまま食べること自体が毒になる芋も過去の記憶にはあるんだけどね。

コンニャク芋とか。

この世界では見たこと無いけど。


なおちゃんと除去すれば問題ないとはいえ、

毒をもっていることは確かなために

貴族間で芋が食事に出されることはあまりない。

中には下賤な食べ物だと唾棄する人もいる。

うちの料理長もそうだった気がする。

美味しいのにもったいない。


「紫色の芋は甘みがあっておいしいって書かれている書物があって、

 どうしても気になったんです」


「甘みのある芋・・・」


「それは、興味がありますね」


「うむ、わしも面白いと思ってな。

 その書物を借りて調べてもらっているところなのじゃよ」


ちなみに、過去の知識から調べてもらっているのではなく、

本当に書物に載せてあったものを見つけて調べてもらっている。



・・・僕は、過去の記憶の知識を殆ど用いていない。

経験談としての処世術利用をしているところは多々あるけど、

基本的にこの世界で勉強したり調べたり読んだり見たり聞いたりしたことから、

興味のあることを突き詰めたり獲得したりする程度で、

過去の記憶での知識などをどうこうするつもりにはまったくなれなかった。


理由は単純。


それはしてはいけないと思うし、なんか違うな、って思ったから。


流石に生死にかかわる断罪関係には全力で取り組むつもりではあるけど、

それ以外はこの世界のままで過ごしていきたい、と何故か思ってしまったんだ。


別に僕の過去の記憶にたいした知識があるわけでもないけれど、

それでもこの世界でそれを利用しようとすれば、僕の中でなにかが壊れてしまう気がした。


僕はマリウスであって、日本の学生ではないから。

この世界の人間であって、地球の人間ではないから。





*** *** *** *** ***

ゲーム本来のキャラクター紹介


ここではお話の終わりにシナリオ内ではほぼ出てこない

本来のゲームでのキャラクターの位置づけなどをご紹介します。

興味のない方はぜひ飛ばしてください。

*** *** *** *** ***


名前:アンジェリナ=バース=グランデール

性別:女性

学園入学時年齢:14歳


アルフレッドの双子の妹。若干癖のある長い銀に近い金髪で銀目。


ヒロインの1人。

婚約者であるマリウスの日頃の行いに辟易しており、

事あるごとに諫める発言を続けていたものの、

それが学園にまで及んだところでマリウスが彼女を恫喝し止めさせる。

それでも止まろうとしない彼女にマリウスが手を振り上げたところに主人公が遭遇し、

彼女を庇い替わりに殴り飛ばされてしまう。


マリウスが変わらないと断じた彼女は、

兄と共に彼を断罪す止めるべく決意する。


彼女のルートでは失われるバーナード家をアンジェリナ王女殿下が引継ぎ

公爵家として立ち上げる。

そして主人公と結ばれたのち、バーナード家の領地を盛り立てていく。

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