逃避行、わずか三時間。

逃避行、わずか三時間。

サイリウムがきらきら、きらきら。目が痛くなるほどに瞬いている。


私の推しは今日も完膚なきまでにかっこいい。具体的には、その国宝級の顔面が。マイクを持つ少し骨ばった指先が。ターンのたびに揺れる、ちょっと癖のあるアッシュグレーの長髪が。


夢中でサイリウムを振って、振って、振って。気づけば曲はアンコール。この曲が終わったら、私は日常に逆戻りだ。夢のような時間はおしまい。あなたのことだけを考えていられる時間も、おしまい。


ねえ、私まだ頑張らなきゃだめ?毎日毎日、行きたくもない会社に行って、理不尽な上司に耐えて、誰にでも笑顔で接して。残業も、仕事を押し付けてくる同僚も、八つ当たりに私を使う上司もぜんぶぜんぶ嫌い。でも、生きていくためにはお金が必要で、死ぬ勇気もない私は生きていくしかなくて、だからあなたを見つけた。


ほんとはね、わかってるんだ。私があなたに向ける感情は、純粋な「好き」だけじゃない。努力家なあなたを見ていれば私も頑張れるかな、とか、職場の人との話題にできるかな、とか、いっぱいいっぱい打算がつまっている。


あなたは本当に、素敵な人だ。私だって普通にあなたを見つけて、他の子みたいにあなたに全部を捧げて、大好きだって叫びたかった。今の私、何してるんだろ。ぽっかり空いた胸の何かを、必死に埋めようとして、サイズの合わないハートを押し込んでいる。みじめで、ちっぽけで、つまらない存在。偶像に縋って、なんとか自分を保とうとして、それでもどこか満たされなくて。


でも、あなたのことが好きなのは本当だよ。これだけは、本当。私の心を、何度も何度も救ってくれた。たくさんの愛を贈ってくれた。だから余計に哀しいんだ。綺麗な愛をくれる、あなたのために生きれない自分が嫌いなんだ。


ああ、本当に。


あなたが好きとかなんだとか、それだけで生きれたらいいのに。

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逃避行、わずか三時間。 @yori_316

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