【03】

 創作の資料として、だなんて、安っぽい理由だな。それこそありがちなBLみたいだと、朝霞は思いながら今日も多能の首を絞める。彼の両手を縛りあげたり、頬を叩いたりする。多能は得た感覚を執筆に活かす……のか? もともと、想像力だけであれやらこれやら書いていた人だ。想像力と筆力があるからこそ、作家になれたのであって、体験したことだけしか書けませんというなら、そんな人は巷にありふれている。

 ある日、首を絞めていたら、ふと目が合って、つい朝霞は唇を重ねた。

 そこからは止まらなかった。

 キスを続けながらも互いに服を丁寧に脱がしあい、肌を確かめた。あちこちを口づけ、舐め、吸い、咥えた。朝霞はティッシュの中に口の中のものを吐き出したが、多能はそのまま飲みこんだ。

「こんな味、するんだ」

 休日にも二人は会うようになったが、その時間のほとんどは話をして終わることが多かった。というか、話をすることが主目的だった。互いに伝えたいことがあり、聞きたいことがやまほどあった。生い立ちから価値観まで、話題は尽きることはなかった。心地よい沈黙が訪れたり、喋り疲れたときに二人は相手に触れた。

「続き、書かないんですか?」

 ある夜、朝霞は多能に尋ねた。ベッドで隣に寝そべっていた多能は、少し驚いてから聞き返した。

「書いてもいいんですか」

「駄目です」

 これは二人の話だから。誰にも知られたくないから。まだ、はっきりとした形にはならない、人生の途上だから。

 終わりある物語には、出来ない。

「書いてみようかな」

 多能は笑って、そう言った。

「やめてください」

「どうせフィクションなんだからさ。まったく架空にするなら、今度は君を主人公にしてみようかな」

「私をですか」

「そう。僕が、君の視点で物語にする」

 他人の思考なんて書けるわけがないと、当たり前のことを言うと、多能は朝霞に言った。だからさあ、どうせ、物語にするんなら、そりゃ虚構を交えるよ。いや、嘘だけを書こう。たとえば僕が自分を傷つけてしまう人間であるとか、君が僕の首を絞めただとか。二人がキスしたことも。

「僕の望む君を書くよ」

 そしてこれは文字になる。物語になり、誰かに読まれる。

 君に読まれる。




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官能小説家はよく泣いている3 恵介 @yakke

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