異世界転生したけれど社畜ムーブは相変わらずだった件

kgin

第1話 異世界転生しても社畜なのか


(テーマソング)


「あぁあ~、働きたくないなあ~」


 私の名前は椎名たまき!新卒で入った会社がブラックで、毎日仕事と家の往復ばかり。生活するのに必死だった私は、自分が都合のいい“組織の駒”にされているのに気づかなかった……。貝ひもでストゼロを飲みながらそのままソファで寝落ちしてしまい、目が覚めたら……。

(SE)

 異世界に転生してしまっていた!


 会社からトンズラこいて異世界に転生しているとバレたら、会社組織に命を狙われ、まわりの人間にも被害が及ぶ……。転生を告げた女神の助言で正体を隠すことにした私は、第一村人に名前を聞かれて、とっさに

「シイタン」

 と名乗り、ブラック企業から逃れて異世界ライフをエンジョイするために、父親がギルド長をやっている第一村人・テルの家に転がり込んだ。


(SE再び)

 異世界転生しても価値観は同じ!労働なしの所得をめざせ!!FIREはすぐそこ!!


(テーマソング終わり)



 夢の異世界ライフ2日目。元の世界と違って、小鳥のさえずりとともに目覚める朝は爽やかだ。


「今日から憧れの異世界ライフかあ。 魔法を使えたり、冒険したりできるのかなあ」


 他の村人に怪しまれないように異世界の衣服に着替えながら、たまきはひとりごちた。草木で染められた生地は、ややごわついているが、素朴で、妙に肌に馴染んだ。ここでは、たまきは“女神の加護を受けたテルの遠縁の者”ということになっている。女神の加護、なんとも敬われそうな肩書ではないか。家の人たちが用意してくれたローブ付きのワンピースのような衣装が、いかにもそれらしい。きっと多くの人たちに敬われながら凛々しい勇者とともに旅へ出て、多少の苦難の末に魔王を倒し、財宝を手に入れ、何不自由ない裕福な生活……。ゲーム好きのたまきは、めくるめく冒険と幸せなエンドロールの妄想に胸を膨らませた。


「おはよう、シイタン! 朝飯食べたら村役場へ行って、その後親父のギルドに寄るぞ」


 早朝の小鳥のさえずりにも負けぬさわやかな声色が響いたかと思うと、部屋にテルが入って来た。亜麻色の髪に朝日が当たって、金糸のように輝いている。琥珀の瞳が興味深げにクリクリとしているが、こちらの事情を根掘り葉掘り聞いてこないのはテルの優しさなのだろう。出会ってまだ1日と経っていないのに、すでにたまきはテルの人柄に好感を抱いていた。


 朝食の席では、テルの母が腕によりをかけた料理が所狭しと並んでいた。渦巻くスープ、虹色の魚、見たことも無いような果実……皿鉢のような大皿に彩り豊かに盛り付けられていることからも、歓迎の気持ちが伝わってくるようだ。慣れない味のものも多かったが、人が作ってくれたものは何だってありがたくいただく。たまきは、久しぶりにゼリー飲料以外の朝食を食べた気がした。


 朝食後、テルの馬の後ろに乗って村役場へ向かった。(馬というのはもちろん、たまきが仮に呼んでいるだけで、たまきが知っている馬とはサイズも色も毛並みも違う。)馬上から見える景色は目新しいものばかり。見たこともないような動植物に、独特の形をした建築物、街行く人々の種族も様々で、たまきは視線をキョロキョロさせるのに忙しかった。村役場は集落の中心にある一際立派な建物で、西洋の教会を思わせる佇まいだ。テルに連れられて中に入り、祭壇のような場所へやって来た。テルが受付をしているエルフに話しかける。


「すみません、転入なんですけど」

(……“転入”?)

「この村に転入されるのですね。 どちらからでしょうか」

「あ、あの……」

「異世界からです。 手続きお願いします。」

「はい、ではこちらの書類に必要事項をご記入ください」


 こんな簡単に異世界から来たことを言って大丈夫なのか?そして何の疑問もなく受付も手続きを進めているけれども?この世界では珍しくないことなのか?


「役場にだけは本当のことを言っておかないと、後で税金の支払いとかが厄介だから」

「え、この世界にも税金あるの?」

「ございますよ。 住民税、所得税のほかに、ギルド税、魔法税、宝箱税などもあります」

「シイタン、税金のおかげでモンスターの討伐や魔界の探索ができるから、必要な制度なんだよ」


 なるほど、RPGの世界のような雰囲気だったが、実際はかなり現実的なようだ。メルヘンな幻想を抱いていたが、この世界でも年末調整や確定申告が行われると思うと、たまきの興奮はいささか萎えた。テルに代筆してもらいながらなんとか手続きを済ませた頃には、役場特有の待ち時間といろいろな課へのたらい回しに、たまきはぐったりとしてしまった。


「大丈夫か? シイタン。 これから親父のギルドの職人たちに、シイタンのこと紹介しょうと思うんだけど」

「うん……大丈夫。 こういうことは早めに済ませておかないとね……」


 世界は変われど人の情は同じ。亡くなったおばあちゃんがいつも言っていた。人への礼儀や恩は忘れてはいけないと。世話になる人やその周辺の人への挨拶は早めにしておくのが吉なのだ。


 村役場から馬で戻ること十数分。石造りのギルドの中からは、金属がぶつかり合う音や燃えるような匂いが感じられる。重い木の扉を開けると、職人らしき男たちの何重もの視線が一斉にこちらに集まった。


「おう! テルゥ! かわいい娘連れてんじゃないか」

「ついにお前にも恋人ができたかあ?」

「ち、ちがう! こ、この子は……」

「俺の親戚の娘だ。 朝言ってただろ?」


 わかりやすく赤くなったテルの言葉を引き継ぐようにして答えたのが、このギルドの長、テルの父親だ。まわりの職人たちが見劣りするくらいの巨躯で、ごつごつとした肌がいかめしいが、たまきを見つめる瞳は優しさを湛えている。


「おお! それじゃ、何か? 女神様のご加護を受けてるってのは、その娘かい」

「そりゃあすげえや! どおりで魔力の香りが違うと思った」

「“魔力の香り”?」


 たまきが訊ねると、職人たちは仕事そっちのけで親切に教えてくれた。この世界には様々な魔法があるが、その源泉となる魔力には、その性質や強さを示す“香り”があるらしい。このギルドでは、それぞれの職人の魔力の香りに合わせて仕事が割り振られ、モンスター討伐に用いる武器や防具が作られているらしい。


「ってことは、私にも魔法が使えるってこと?」

「使えるはずだぜ? おい、テル。 あれ持って来てやんな」


 父親に言われてテルが持って来たのは、古めかしい鏡のようなものだった。テル曰く、この道具に手をかざすと、その者の魔力の本質が顕現けんげんするらしい。言われた通りに右手をかざして、すっと目を閉じる。額がぼうっと熱くなると同時に、ぱっと目を開くと、


 バチバチバチバチ!


 ショートしたような鋭い音が轟き、白い光が鏡面からほとばしった。


「こ、これは……!」

「一体これは何なんですか?」

「これはウィス・エレクトリカ!」

「この国に二人といないと言われる……!」

「しかもこの魔力の量……」

「我々が求めていた力の持ち主じゃねえですか! 親方!」


 驚くテルと父親、そして目を輝かせる職人たちの中心で、わけがわからずうろたえるたまき。女神の加護を受けているのは伊達ではないらしく、どうやらたまきの魔力はかなりのものらしい。これは、「多くの人たちに敬われながら凛々しい勇者とともに旅へ出て、多少の苦難の末に魔王を倒し、財宝を手に入れて何不自由ない裕福な生活」ムーブへの足掛かりではないか!

 先ほどまですっかり萎えていためくるめく妄想が再び頭をもたげて、たまきの目も職人たち同様輝いた。鏡にかざしていた手をすっと引っこめると、迸っていた光がパッと散り、ダイヤモンドダストのようにきらきらと舞い落ちた。しーん、とする工房内。息を呑む職人たち。ふと視線をあげると、テルの父親が期待に満ち溢れた目があった。節くれだった手でそっとたまきの手を握った。


「シイタン、君は、君の能力は俺たちが探し求めていたんだ。 君がいれば、このギルドの武器も防具も比べ物にならないくらい高品質のものになる。 生産効率も上がる。 ぜひ、うちのギルドに来てくれ。 できれば毎日来てくれ。 週8で来てくれ!」


 異世界から来た、どこの馬の骨とも知れぬ私を家に置いて、寝食の面倒を見てくれているお父さん。この人の頼みを断れるはずはない……!


「わかりました……!」


 どうなる!?たまきの異世界ライフ!




<続かない>

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