第19話 林間学校⑦

 佐藤さんが入った部屋は予想通り更衣室で、そこで俺たちは制服の上から白衣を着て、清潔にするために手や顔を洗い消毒をした。そうして佐藤さんは実験場のある部屋に入っていった。


 実際は、実験場というより実験室がたくさんあるところと言ったところだ。ただ実験室は外からも見えるようになっており、部屋の数の割には広く見えた。でも職員の人たちはこの中で一際大きい実験室に集まっていた。


「お〜い、戻ったぞ〜」


 佐藤さんが部屋に入り、佐藤さんの部下らし人たちに声をかけた。


「佐藤さん、休んでって言いましたよね? 研究中に倒れられたら私たちが困るんです!」


 丸メガネをかけたいかにも研究者っぽい格好の女の人が佐藤さんに怒り、部屋の外に出されていた。そんな佐藤さんは悪びれる様子もなくヘラヘラしながら笑っていた。


「大丈夫だよ〜午前中は寝ていたし十分休憩したし、あと後ろの子達は今日見学に来ている東京の第3中学の子。俺たちの魔道具に興味があるんだって」


 丸メガネの女の人は驚いたように目を見開いた。


「そ、そうなんですか。てっきりうちには来ないと思っていたんですけど…って言ってもここはダメでしょ! ここは中学生が入れる場所じゃありません」


「え〜と、あれ? そうだっけ?」


「そうですよ。だから私たちは研究を進めていたんじゃないですか!」


「でもまあ俺が許可するから、いいじゃないか。それで研究の方は?」


「よくありません! 研究の方はひと段落終わりました。あとは実際に誰かにテストしてもらうところです。でもテストプレイヤーを探すのは大変ですよ。なので佐藤さんは、早くこの子達を連れてここから出ていってください」


 そう言い終わると俺たちの方に顔を向け喋り始めた。


「ごめんなさい。ここは危ないし、何しろここからは魔科研の企業秘密なのよ。佐藤さんの寝ていた部屋なら大丈夫だからそこで魔道具を試してみない? もちろん佐藤さんをこき使っていいわよ」


「ちょっと待った!」


 佐藤さんが声を上げた。


「何ですか? 早くしてください。みんな疲れて寝ちゃっているんですから。私も早く寝たいし」


「木下〜今、テストプレイヤーがいないって言ったよね?」


 木下さん(丸メガネ女子)は何か勿体ぶっていう佐藤さんに面倒くささを隠さずため息を吐きながら答えた。


「そうです。この手の体質を持つ人は本当に少ないです。さらには、幼い頃から魔法が使えないということで、魔法に嫌悪感を持っている人がいるので当てはまる人を探すのは苦労しますよ」


「その苦労がなくなるとしたら?」


 佐藤さんがそう言うと、木下さんは佐藤さんのドヤ顔を見ながら少し考えているようだった。


「もしかしてですけど、その子達の中にいるんですか?」


「当たり! そうこのちょっと癖毛のある……そういえば君たちの名前聞いてなかったね」


「そういえばそうでしたね。すみません初めてにいっておけばよかったですね。

 では改めまして、僕の名前は水方春人です。佐藤さんのいう例のやつです」


「僕は山口太郎です」


「俺は菊池悠真です」


 俺たちの自己紹介が終わると佐藤さんは木下さんに更なる追い討ちをした。


「今ここで春人くんを逃したら、この研究は数ヶ月いや、下手したら数年遅れるかもよ? それに春人くんはパスを偽装してまでもここに来たんだ。魔法の嫌悪感なんてない!」


「確かにそうですね。私も概ね賛成です。でもその前に水方くんに聞きたいことがあります」


 佐藤さんの力説に案外コロッといったが、俺に何やらようがあるらしい。もしかして技術の流失を防ぐ契約書でも書くのかなと思っていたが違った。


「水方くん、佐藤さんはああ言っていたけど本当に大丈夫?私ね、弟がいたんだけど君と同じ体質だったの。でもそのことで病んじゃって自殺してしまったの。……こっちの事情だけれども研究はまだ結果もでてないし、君がこれで変に期待してしまうんじゃないかと思ってしまって……」


 木下さんは悲しそうにそう言葉を紡いだ。


「俺は魔法が好きです!」


 無意識にそれが出た。


「確かに一時期は嫌いだと思ったりしましたけど……今こうやって魔法について知りたいって思うのはやっぱり好きなんだからだと思います。弟さんのことは残念ですが、俺は魔法が諦めれないです。えっと……その上手く言えませんが、俺は魔法に絶望は抱かないです!」


 上手く言おうとして全然言えず、最後は少しかっこつけてしまったので、俺は少し恥ずかしくなった。でも俺の本心は伝わったと思う。木下さんは俺の話を聞くと、立ち上がり部屋に入っていってしまった。


「ほら、じゃあ行くか」


 そう言って佐藤さんは部屋に入っていった。







 部屋に入ると木下さんはものすごい勢いで、何かを組み込んでいた。


「できそうか?」


「組み立て自体は簡単ですからね。ほら、もう出来ました」


 そう言うと、木下さんは俺の前まで来て俺に組み立てた物を手渡してきた。


「これが例の魔道具よ。私がこれの研究に参加したのは弟のためよ。でも今は君のためにも頑張りたいと思うわ」


 木下さんはそう言い終わると流れるような動作でソファに行き、寝てしまった。ただ、今の格好は忙しいからかあまりちゃんとしているとは言えず、目にクマができているが美人だ。


 だからこそ無防備に寝てしまうのはどうかと思うが、佐藤さんがそばにあった毛布をかけるのを見て安心した。


「ここじゃ、こいつ起こしちゃうから別の部屋に行こう」


 佐藤さんが小声で俺たちに言い、退室を促す。部屋を出る前に机に置いてある佐藤さんが書いたメモを見た。

 そこに書かれていたのは、


 別の部屋に行ってきます。

 冷蔵庫に飲み物とプリンがありますので

 自由に食べてください。

 研究が無事に終わったらみんなで焼肉でも行きましょう!


 佐藤さんは適当な感じに思えたが、こういうことができる大人という意外な事実に驚いた。

 

 

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