第6話 水の祈り

「ねえ、奏」

 と心はおもむろに口を開いた。

 奏はそれまで読んでいた本(民法の判例がたくさん載っている書籍である)を閉じて、

「ん? 心、どうした?」

 と言う。

 二人のいる部屋には心地いい風が入り込んでいる。

 心は、

「奏は私のことどう思う?」

 と言った。

 奏は少し考えた後に、

「心のこと好き」

 と言った。

 心は、奏に「好き」と言われると嬉しい半面で、何かもやもやとした気持ちもあった。何というか、奏の真意がその言葉には十分に込められていないというか、その好きという言葉の種類が判然としないというか……。そんなわけで心の心中は悶々としていた。

「ありがとう、奏。でも、奏の好きってどういう……」

 とそこまで問いかけて、心は言葉を止めた。

 奏が本を膝に置いて、うつらうつらと寝ていた。奏は昨日も徹夜で本を読んだりしていたので、疲れているのだろう。

 心は自分の想いで手いっぱいで奏の疲れを慮ってあげられなかった自分を恥じた。

 心はそっと座ったまま気持ちよさそうに眠っている奏の横に行くと、

 「……奏、こんなところで眠ったら、風邪ひいちゃうよ。ベッド行こう?」

 と声をかけた。

 奏は寝ぼけ眼で、

「……うん」

 と言って、ふらふらと立ち上がり、寝室のベッドに入り込んだ。

 そして、

「心も一緒に寝よ……」

 と奏は言う。

 心はそういう無邪気な奏の性質を基本的には好ましいものと思っていた。けど、今は内心、「奏は露骨というか、あらゆることに対して無防備すぎる!」とも感じた。

 とは言え、心は奏と一緒に寝たかった。なので素直に、

「私も少し眠かったし、奏とお昼寝するよ」

 と心は言って、奏の隣に入り込んだ。

 心は自分の心臓の鼓動が高まるのを感じながら、すぐ横にある奏の顔を見た。奏はひたすらに天衣無縫な表情をしていて、本当に何らの打算も作為もそこにはありはしなかった。

 心は、

「奏はすごいね。どうしてそんなにいつも自然体なの? 私なんていつも……」

 と言って、彼女はそこで口を噤んだ。

 奏は、

「私も自然好きだよ。だから、自然な心のことも好き」

 と言って、奏は心に抱きついた。そして「私は心のことが大好きだよ……」

 奏はそう言うと、スヤスヤと眠りについた。

 心は奏の身体のぬくもりを感じつつ、自分の心臓の鼓動の高鳴りが奏に伝わっていやしないかと心配だった。

 だけど、幸せそうな寝顔の奏を見ていると、心も本当に幸せだった。きっとこの世界に自分よりも幸せな人はいないだろう……そう確信できるほど、心は幸せだった。

 心は人知れず、どこかで彼女たちのことを見守ってくれているだろう神様に、心から感謝した。心の祈りは、どこまでも透き通る。穢れのない、真っ青な水に似ている。

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