第7話 光と闇

 今日の奏と心は二人で街の体育館に来ていた。彼女たちは二人でバドミントンをする予定である。ただ、奏は不満そうに不貞腐れて体育館の隅で聖書を開いている(奏はどこに出かける時もいつも聖書を持ち歩いていて、暇があればそれに目を通していた)。

 心は、

「暑いね、奏! ストレッチしてバドミントンしたら、いい感じに身体が温まるね! 楽しみ!」

 と言っている。

 奏はそれに対して、

「暑い……。ジュース飲みたい……心の作るレモンジュース……炭酸シュパーっていくやつ……運動したくない……死ぬ……」

 などと言って聖書にかじりついている。

 心は一つため息をついて、

「じゃあ、帰ったら奏の好きなレモンジュースとオレンジジュースとグレープフルーツジュース全部作ってあげる。だから今はバドミントン頑張ろう! 奏は運動習慣つけないと! ほら、いつも家に引きこもってたら身体に悪いし」

 と言う。

 奏はしぶしぶ心と一緒にストレッチを始めた。心はスポーツがとても得意で、大概のスポーツを少しの訓練で楽にこなすことができた(心の家は武術の名家で、彼女は小さな頃から剣術やその他の様々な種類の武道などを叩き込まれていた)。

 しかも、心はとても共感能力が高くて、指導が上手い。運動不足の奏でもできるように綿密に構成されたストレッチのプログラムのおかげで、いつも奏は怪我もなく、けっこう楽しくスポーツをプレイすることができていた。最初はいつもしぶしぶな感じではあったが。

 ストレッチが一通り終わると、彼女たちはバドミントンを開始した。

 心は、

「奏! シャトルを大きく好きに打って」

 と奏に呼びかける。

 奏は、

「はーい」

 と言いつつ、思い切りシャトルを打った。

 奏のシャトルはバドミントンの規定にプレイにおいて有効と定められたラインの内側よりも大きく外れた場所に飛んで行ってしまったが、心は何事もないように最小限の効率的な動きで楽に打ち返した。しかもそのシャトルは奏にとってとても打ちやすい位置に的確に飛んでいくのだった。

 奏はそんな心の動きにいつも感心している。

「……心はすごい」

 と奏は呟いて、シャトルを打ち返す。そうこうしているうちに、奏も心とのバドミントンが楽しくなってくる。

 ひとしきりバドミントンをプレイすると、奏は気候の暑さと運動の激しさで疲れ切ってしまった。

 心は水を飲みながら、

「いやー、暑いけどいい運動になったね!」

 などと言ってピンピンしている。

 奏はぐったりとして水を飲みながら、

「……心はすごい」

 と呟く。

 心は、

「奏の方が私からすれば、すごいんだけどな」

 と言う。

 奏は、

「ありがとう。だけど、心の方がすごい。すごい体力。すごい動き。すごいセンス。私はとても勝てない。バドミントン難しい……」

 と言う。

「私はほら、小さい頃からたくさん色々な運動してたからさ、その影響でちょっとスポーツが得意なだけだよ。だけど、奏は運動苦手なのにめちゃくちゃ頑張ったし。もう花丸だよ!」

「花丸!」

「そう、奏は花丸。いつもいつも花丸。ホントのホントに花丸だよ~」

 心が奏にそう告げると、奏はとても嬉しそうにしていた。

 奏は、

「心の花丸は何色?」

 と尋ねる。

 独特の質問だったので、心はどう答えるべきか迷った後に、

「……赤色?」

 と答えた。

「赤は、心の色だね。でも、心は青い水みたい。だけど、赤い水は血みたい。……血は生命力の象徴だから、やっぱり心の色だね」

 奏はそう言うと、深々と頷いて、一人で何かに納得しているようだった。

 心は奏のその言葉の意味を少し尋ねてみたくなって、奏に次のように質問した。

「赤は、どうして心の色なの?」

 奏は次のように答える。

「赤は火の色。日は照らす。照らせば、見える。闇は隠す。隠せば、見えない。心は火の色。心は辺りを照らして、見えるようにするから」

「じゃあ、水はどうして青いの?」

「青は水の色。水は素直。周囲の形に合わせる。瑞々しくて、若々しい。たくさんの可能性に満ちてる。心はたくさんの可能性に満ちてて、いつもみんなを陰で支えるから」

「……なるほど」心は奏の発想の面白さを深く感じつつ問う。「じゃあ、血はどうして生命力の象徴なの?」

「血は、赤いのに水のように流れる。それはいつも逆らわずに流れる優しい火。それは穢れにもなるけど、上手く清らかな潔白と交わる時に、命にもなるから」

 奏は淡々とそのように答える。

 それは奏にとっては常識的な知識なのだろうが、心にとってはかなり難解な言葉だった。だけど、直感的にそれはとても豊かな古来から連綿と続く何らかの正統性に由来している発想であることも分かった(心は実家の影響で、神事についての心得を多少持っていた。心の家は宗教的にも厳格で、色々なしきたりのようなものがあった)。

 心にはまだまだ奏に尋ねてみたいことがたくさんあった。

 しかし……

 「……心……暑い……死ぬ……」

 と言いつつ奏が干からびていたので、心は奏のために速やかに二人の家に帰ることにした。

 二人で帰りの車に乗り込み、クーラーが効いてくると、奏は息を吹き返した。

「涼しい……」

 と奏は和みながら言う。

「そうだね。バドミントンも楽しかったけどね」

 と心は言う。

「バドミントン……楽しかったけど……暑かった……」

 そう言う奏の顔がおかしくて、心は笑った。


 ――奏はホントに素直だな。その心がすぐに表情に出る。


 心はそんなことを思った。そして無邪気に聖書に没頭している隣の奏を一瞥して、


 ――私が守るよ、奏。


 心は内心にそう誓った。

「奏、帰ったら、約束のレモンジュースとか作ってあげるね」

 心が明るくそう言うと、奏は、

「わーい!」

 と喜んで、車の中で聖書を楽しそうに音読し出した。それはそれは可愛らしい声で、少なくとも心にとってそれは、天使の歌声のようなのだった。

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