第8話 体育祭は運動が苦手な人にとっての公開処刑




 どうにかして誤解を解いた後、俺達は教室へ向かった。



「うぅ〜、あぁ〜 ぎもぢわるい゛……」


「「「「……」」」」



 昇降口から教室へ向かう途中にある螺旋階段。


 そこでは鳴海先生が階段の手すりに捕まり、ゲロっていた。


 その教師というにはあまりにも情けない姿に、俺達も無言になる。



「あ、おはよう、君たち……どうか先生を助けておくれ……」


「えー、面倒!!」


「お断りやわぁ」


「ご、ごめんなさい」


「うぅ、ガールズが総じて冷たいよぉ」



 そう言いながら、俺をちらちらと見てくる鳴海先生。


 ……仕方ない、か。



「よっこいしょ、っと」


「ぶふっ、なーんかその台詞オッサンっぽーい!! てかおんぶって!! そこはお姫様だっこでしょ!! 先生だって乙女なんだぞー」


「酒臭い……。あと先生、次に文句言ったら落とします」


「うぇーい、辛辣ぅ!!」



 俺の背中で暴れる鳴海先生を無視しながら、教室へと向かう。



「なんや一馬はん。そないな酒カス教師、階段から落とせばええやん」


「え? いや、坂本? 流石にそこまでハッキリ言われたら先生も傷つくんだけど……」


「流石に殺人は……俺、まだお縄になりたくないです。完全犯罪なら……」


「うぇ!? か、完全犯罪ならやる気なの!? ちょ、嘘だよね、鈴木!? 先生の酔いを醒ますためのジョークだよね!?」


「そう言えば前に、死体を粉砕機にかけて川に流してた殺人犯がいたってテレビの特番でやってたっけ?」


「布留川!? 先生だって怖いという感情はあるんだよ!? 皆して先生をいじめるなよぉー!!」



 この先生、救いようがない酒カスだけど、酔っぱらって人を攻撃したりはしないから見捨てる気にはなれないんだよなぁ。


 これが自分だったら誰にも助けてもらえない自信がある。


 地味にショックを受けているらしい鳴海先生に対し、古神さんが一言。



「だ、大丈夫です!! やるなら皆きっと、無言でやりますから!!」


「「「……」」」


「わーお、フォローになってないよ!? ホントに怖いんだけど!!」



 そうこうしているうちに教室へ到着。


 教室へ入ると同時に予鈴が鳴り、ホームルームが始まる。



「うーい、みんなはよー。えーと、今日は連絡事項があってぇー」



 お、珍しい。

 いつもなら「連絡事項なーし!!」って言いながら酒を呷るはずなのに。


 一体何の連絡だろうか。



「えーとね、来月に体育祭があるんだけど、どの競技に誰が参加するとか決めてねー。別に何回出場しても良いけど、一人最低一回は競技に出てねー。っと、そうそう。鈴木」


「え? あ、はい」



 急に名指しでビクッとする。


 心なしか、周囲の女子から視線を向けられている気がしなくもない。



「うちの学校は男子自体レアだから、男子は出場できる競技が100m走だけなんだよねー。ごめん!!」


「そ、そうですか」



 別に俺、体育会系ってわけじゃないし、むしろ複数の競技に参加する必要が無くて助かるなぁ。

 中学の時は人がいないって理由でほぼ全種目出されてたし、今年の体育祭はのんびり観戦でもしながら過ごすとしよう。



「ってわけで、一限目の総合は皆で話し合って出場競技を決めてねー。んじゃ、私は職員室で一杯してくるから!!」



 千鳥足で教室を出て行く鳴海先生。


 ……あの調子だと、また階段でゲロってそうだなぁ……。


 それにしても、誰がどうやって決めるんだろう?


 なんて思ってたら、クラスの女子の一人がすたすたと前に出た。


 C組の女王、宮代さんだ。



「では、まず各々自分が出たい競技をお選びになってくださいまし。もし希望が被った場合は、恨みっこ無しのジャンケンということで」


「「「「はーい!!」」」」



 宮代さんって俺に対しては冷たいけど、こうやって見る分にはリーダーシップがあるよなぁ。


 クラスメイトが友人や近くの席の人と談笑しながら、どんな競技に出ようか考え始める。


 あー、良いなぁ。


 俺は出場競技が決まってるから、ああやって友達と喋ることすらできない……。


 そもそも体育祭自体、ぼっちには厳しいイベントの一つなのだ。

 まあ、運動は得意だから良いけど、もし苦手だったら……。


 きっと周囲からの視線が痛い。絶対に痛い。視線で刺されまくる。


 体育祭は運動が苦手な人にとっての公開処刑だからな。


 と、思っていたのだが。



「かずかず、大変だよ!!」


「え? あ、え? 何が?」


「体育祭だよ、体育祭!!」



 やたらとテンションが高い布留川さんが話しかけてきた。


 な、なんだ? 元々元気な人だけど、目が一段と輝いているような気がする。



「一馬はん、気にせんとき。千里は祭りって付くもんが全部好きなんよ」


「そうなんだ? って、坂本さんは顔色悪いけど、大丈夫?」


「昔、そこの阿呆に付き合うて散々な目に遭ったんよ。うちは体育祭嫌いやね」



 そう言えば、坂本さんは布留川さんと同じ中学の出身なんだっけ。


 ……大変そうだなぁ。



「えっと、千里ちゃんはどの競技に出たいの?」


「そりゃ全部!! リレーは譲れないね!! アンカーが良い!!」


「そ、そっか、やる気満々だね……」



 そのあまりの熱量に気圧され、古神さんがたじろぐ。



「めいめいはどれに出たいの?」


「え? うーん、私は運動苦手だからなぁ。玉入れ、とか?」


「おおー、いいね。めいめいらしい!!」



 玉入れが古神さんらしいって、どういうことだ?


 布留川さんの感性はよく分からんな。



「るりるりは――」


「あ、うち当日サボるわぁ」


「ちょ!! ダメだよ!? 体育祭だよ!? 人生で数えられるくらいしかないイベントだよ!?」


「せや、一馬はんも一緒にサボらへん?」


「え? いや、それは流石に……」


「なんや釣れへんわぁ。いっぺん一馬はんと二人っきりで遊びたかったんやけど」



 え? それはどういう――



「だ、駄目!!」


「古神さん?」


「あ、が、学校サボるのはだめだよ!!」



 急に古神さんが顔を真っ赤にして言った。


 お、おお、急にビックリした……。



「冗談やわぁ。別に取ったりせえへんから本気にせんといて?」



 取る? 何を?



「う、あぅ……」


「ほんまからかい甲斐があるわぁ」



 何やらニヤニヤ笑う坂本さんと、耳まで顔を真っ赤にする古神さん。



「「?」」



 首を傾げているのは、俺と布留川さんだけであった。

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