第7話 頼りになる人ほど性格が悪い






 布留川さんの突然の来訪から一日が経ち、俺は駅へと向かった。


 ホームに入ってきた電車へ乗り込み、ちらりと辺りを見回す。


 ……やけに震えているオッサンが一人。


 まさか同じ電車にまた乗ってくるとは。いや、気にしてはいけない。

 あれは自業自得だろう。



「あ、お、おはようございます、鈴木くん」


「どうも鈴木です。ん? あ、おはよう、古神こがみ



 誰かに声をかけられて咄嗟に返事をしてから、俺は少し視線を下げた。


 背が低いから気付かなかったが、どうやら古神さんが目の前にいたらしい。


 俺は軽く頭を下げて、お辞儀する。



「や、やっぱり満員電車は狭いですね」


「そう、だね。あはは」



 ま、待て。気まずい!!


 というよりも何を話せば良いのか分からない!!


 冷静に考えてみれば、今この場に布留川さんという人間がいない。

 突拍子も無いことばかり言うが、彼女は会話の起爆剤なのだ。


 布留川さんのコミュ力がモンスター過ぎて忘れてしまっていた。


 いや、俺自身にもコミュ力はある。


 あるが、つい先日まで話したことがなかった相手と積極的に話せる程ではない。


 何か、何か当たり障りの無い会話を!!



「あー、そう言えば、今日少し暑いね」


「そう、ですね。あはは」



 駄目だぁ!! 愛想笑いされてる!! あれ? ていうかさっきの俺、今の古神さんと似たようなリアクションしてなかった!?


 うわぁー!! やり直し!! やり直そう!!


 ぼっちがクラスでもそこそこの地位がある女子に対して愛想笑いとか!!


 俺が心の中で自分の言動を悔いていたその時、不意に電車が大きく揺れた。



「うお、っとと」


「ひゃっ」


「あ、ご、ごめっ」



 普段なら完璧なバランス力で姿勢を維持する俺だが、今日は心が乱れていたが故に、電車の揺れで大きくふらついてしまった。


 その結果、古神さんに壁ドンしてしまった。


 超至近距離で、古神さんと目がばっちり合ってしまう。


 宝石のように綺麗な真紅色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いていた。

 思わず吸い込まれるように、見つめてしまう。



「……あ、あの……」


「ッ!!」



 や、やっべ、見すぎた!!

 うわあ、ほら、もう古神さんの顔が真っ赤になってる!!


 絶対に怒ってるよな!?


 ぐぬぬぬ、こ、これは、これはまずい!! せっかくできた友達に嫌われてしまう!!


 い、いや、その友達ってのも俺が勝手に思ってるだけかも知れないんだけど!!



「……こ、古神さん」


「は、はい、なんですか?」



 どうする!? まずは謝るか!? でも、いきなり謝ったら「なんだコイツ」みたいに思われるかも……。


 よし!! ここはストレートに!!



「こ、これからも俺と仲良くしてくれると、嬉しいです」


「っ、あ、わ、私も、な、仲良くしてくれると嬉しい、です」



 こ、これは、セーフなのか?


 しかし、古神さんは顔を真っ赤にしながら俯いてるし、アウトの可能性も……。


 なんて考えているうちに、電車は俺たちが降りる駅に到着した。

 俺は若干の気まずさを感じながら、古神さんと電車から降りる。


 ……見覚えのあるオッサンが、震えながら電車を飛び出した。

 少しゲッソリしているが、気のせいだろう。


 駅から学校まで、何気ない会話をしながら古神さんと一緒に歩く。


 学校まであと少しというところで、起爆剤がやってきた。



「おっはよー!! めいめい!!」


「ひゃわ!! ち、千里ちゃん!? ど、どこ触って!?」


「んー、昨日より少し大きくなった?」


「な、なってないよ!! って、何言わせるの!?」


「たははー、やっぱりめいめいは可愛いなぁ!!」



 お、おお、女子って距離感凄いな……。


 それにしても、古神さんってやっぱり巨乳だよな。

 布留川さんの手が沈み込むくらいだし、どんだけ柔らかいんだよ。


 ……っていうか、古神さんのフルネームって何なんだろうか。


 布留川さんがめいめいって言ってるんだし、名前に『めい』が入るのは分かるんだけど――



「あたた!! ちょ、何!? 坂本さん!?」



 いつの間にか俺の隣に立っていた坂本さんが、俺の耳を軽く引っ張ってきた。


 い、痛い。言うほど痛くはないけど、痛い!!



「なんや男子が千里とめいはんのイチャイチャを見て鼻の下伸ばしとる思てなぁ。あんまジロジロ見たらあかへんよ?」


「つ、次からは、気を付けます」



 これは俺が悪いな、うん。



「かずかずもおっはよー!!」


「お、おはよう、布留川さん」


「……」


「布留川さん?」



 布留川さんが何やら難しい顔で考えている。


 いつになく真剣な表情だ。

 そして、俺の顔をじーっと見つめてから、下の方に視線が下がる。


 どこを見てるんだ?



「……女子に挨拶する時、私はおっぱいを揉む」


「え? あ、うん?」


「なら男子に挨拶する時は――」



 何を考えているのか、すぐに察した。


 俺は股間を両手で覆う。



「千里、あんたそれは洒落でも笑えへんわぁ」


「ち、痴漢は駄目だよ、千里ちゃん!!」


「やだなー、冗談だよ!!」



 冗談に聞こえねぇわ!! 普通にビビったわ!!



「あ、かずかず!! そう言えば昨日、弟にあきあきのこと聞いたんだけどさ!!」


「え?」



 あきあきというのは、俺の妹の晶のことだ。


 不意に布留川さんが俺に近づいてきて、こっそり耳打ちしてくる。



「あれは脈ありだね。うちの弟、多分あきあきのこと好きだわ」


「……まじ?」


「まじです。あきあきの話題を振った瞬間、顔真っ赤にしちゃってさー!! 久しぶりに可愛い弟が見られた!!」



 うーん、あの晶が人に好かれるとは。


 まあ、布留川さんの弟だし、イケメンなのは間違いないだろう。


 ……性格は少し気になるが。


 布留川さんみたいな突拍子も無い起爆剤タイプだとしたら、色々と心配になるし。



「ね、ねえ、二人でなんの話してるの?」


「あー、えっと、実は昨日――」


「昨日ね、かずかずの家で白い汁のやつ分けてもらったんだー」


「「……え?」」



 ちょ、なに!? その誤解されそうな言い方!!



「いやー、あれは質が良かったねー!! こう、飲んだ瞬間、世界が変わったって言うかさ。私はこれを飲むために生きてきたんだって感じがしたね!!」


「す、鈴木くんの、し、白い汁? の、飲んだ? 世界が変わった? え? え?」


「ち、ちが、古神さん!! 布留川さんの言い方が悪くて!! ええと、つまり!! その!!」



 やばい、どう説明すれば良いんだ!?


 パニックになってしまった俺は、助けを求めるべく坂本さんの方を見た。


 理性的な彼女ほど、この場で頼りになる人はいない。



「……ふふっ」



 坂本さんは全てを察しているだろうに、心の底から楽しそうに笑っていた。



『なんや面白そやし、しばらく黙っとこ』



 そんな心の声が聞こえてきそうだった。


 こ、この人、性格悪いな!!



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