第6話 子供の頃のトラウマは大きくなっても夢に見る





 俺は布留川さんを連れて、家に帰る。


 自分のことながら突然の話だが、決まってしまったものは仕方がない。


 買い物袋は俺が持ち、布留川さんはだいふくのリードを握っている。

 ジャンケンで負けた結果だが、若干布留川さんが後出し気味だったのはちょっと許せない。



「だいふく、お手!!」


「わふっ」


「お座り!!」


「わふっ」



 驚いたのは、家族以外を警戒するだいふくが既に布留川さんに心を許していることだった。


 なんなら飼い主である俺よりも言うことを聞いているかも知れない。



「よーし、じゃあ――ちんちん!!」


「わふっ」


「……」



 んー、邪なことを考えてしまう自分が嫌いだ。


 すると布留川さんは何を思ってか、だいふくのちんちんを見ながら一言。



「ちんちんってさ。なんか凄いよね」


「わふ!?」


「ふぁ!?」


「いや、ほら。生命の素が作られるんだよ? なんか神秘的というか、宇宙的というか、不思議な感じがしない?」


「「……」」



 俺とだいふくは沈黙する。


 あれだな、布留川さんは思ったことをすぐ口に出してトラブルになるタイプだと思う。


 若干気まずい空気――と言っても、そう感じているのは俺とだいふくだけだが、しばらくして自宅に着いた。



「おっ邪魔しまーす!!」


「あ、い、いらっしゃいませ!!」



 玄関の扉を開けると、晶が待っていた。


 あらかじめスマホで連絡を取り、事情を話しておいたので待機していたのだろう。


 布留川さんは晶を見て一言。



「な、何この子!? めっちゃ可愛いね!!」


「え? あ、えっと、そ、そんなこと……」


「そんなことないですよ。俺に対しては可愛げなんてないですし。すぐ暴力も振るってくるし――」



 次の瞬間、晶が目にも止まらぬ速さで俺に肉薄し、強烈なボディーブローを放ってきた。



「へぶっ、ぐ、おぇ、お、おま、そういうところやぞ……がふっ」


「お、おお、中々アグレッシブな妹ですな、かずかず」


「あの、兄貴なんか放っといて上がってください。お茶出しますから」


「お、ありがとー!!」



 布留川さんが靴を脱いで、リビングへと向かう。


 殴られた場所を押さえながら、俺もすぐにリビングへと向かった。



「あっ、そうだ。私、布留川千里!! よろしくね!!」


「あ、鈴木晶です」


「晶ちゃんか。じゃあ、あきあきだね」



 あきあき……。かずかずといい、シンプルなあだ名だな。



「あきあきに聞きたいことがあるんだけど」


「なんですか?」


「ずばり、好きなドラ◯もんの秘密道具は?」



 布留川さん、初対面の人には毎回それを聞いているのだろうか。


 晶が布留川さんの問いに真顔で答える。



「地球破壊爆弾」


「え? えーと、その心は?」


「嫌なことがあったら、全部無に帰せるので」


「……かずかずの家族は病んでるの? 私で良かったら本当に相談乗るよ?」



 ご心配なく。


 晶がお茶を出し、それを遠慮せずごくごくと飲み干す布留川さん。


 棚からタッパーを取り出した晶が、買ってきた味噌を半分くらい移して、残りを布留川さんに渡す。



「お、仕事が早いですな!!」


「ど、どうも」


「照れた顔もキャワイイ!! ……ふむ。ところでかずかず」


「え? な、なに?」


「かずかずってさ、いつも前髪で表情隠してるけど、どんな顔してるの?」



 首を傾げながら、聞かれたくないことを聞いてくる布留川さん。


 そこですかさず晶がフォローを入れてくれた。



「あー、聞かないであげてください。兄貴、顔が変って小さい頃に言われてからトラウマなんですよ」


「変? 顔が変? 何そのシンプルで一番効きそうな悪口」


「ガキの頃、近所に住んでた仲の良い女の子に言われて。ああ、思い出したら泣きたくなってきた。まだ自分の顔を普通だと思っていたあの頃に戻りたい……」



 子供の頃のトラウマって中々消えないんだよな。未だに夢に見る。



「あー、だから人生やり直し機……。ま、まあ、あれだよ!! 男は顔じゃないよ!!」



 気を遣ってくる布留川さんの困った笑顔が更に心臓を抉る。



「って、やば!! もうこんな時間だ!! 早くうちに帰らなきゃ!!」


「あー、弟がいるんだっけ? 中学生の」


「……ん?」



 布留川さんの弟に話題が移ると、晶が彼女の顔をまじまじと見つめながら、首を傾げた。



「布留川さんって、もしかして千遥ちはるくんのお姉さん、ですか?」


「お? もしかして弟の同級生!?」


「あ、はい。同じクラスです」



 な、なん、だと?


 まさか晶が布留川さんの弟と同級生だったとは。

 いや、たしかに中三の弟がいると言ってたし、この辺りには中学校が一つしか無い。


 その可能性は無きにしもあらず、か。世間は狭いなぁ。



「いやー、我が弟にこんな可愛い同級生がいたとは!! いつも弟がお世話になってます!!」


「あ、い、いえ、こちらこそお世話になってます」



 ん? なんだ? 晶の様子が……。



「じゃ、私はこれで!! じゃあね、あきあき!! んでまた明日、かずかず!!」


「あ、はい」


「あー、帰り道に気を付けてな」


「はーい!!」



 嵐のように現れて嵐のように去っていく布留川さん。

 彼女が出て行った扉の向こう側から「だいふくもバイバイ!!」と元気な声が聞こえてきた。



「な、なあ、兄貴」


「ん? なんだ?」


「兄貴はさ、その、千遥くんのお姉さんと仲が良いのか?」


「え? あ、うん。まあ、友達、かな?」


「ふーん? そっか……そっかそっか」



 それからしばらく、何故か晶は機嫌の良い日が続いた。


 まさかとは思うが、晶は布留川さんの弟のことが好きだったり?

 ……いや、きっと俺の気のせいだろう。きっとそうだ。






――――――――――――――――――――――

あとがき

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