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 ——何の音だろう。


 驚いて、御澄宮司に目をやると、同じタイミングで視線がぶつかった。御澄宮司が険しい顔をしているということは、何かがいるのだろう。


 僕たちは静かに足を進め、音がした広間をのぞく。


「あっ。御澄宮司、ランタンがあります!」


 広間のテーブルの上には、見覚えがあるランタンが置かれ、中で青い光の玉が動いているのが視える。


 牧田から何の情報も聞き出せなかった時点で、もう見つけることはできないだろう、と思っていた。しかし、ランタンが見つかったのなら、瑛斗を助けることができるかも知れない。


「ランタンだけでも見つかって、よかった……。御澄宮司、これはどうしたらいいんですか?」


 僕はもちろん、御澄宮司も安堵あんどしていると思って訊いた。しかし、御澄宮司は、明らかに困惑した表情を浮かべている。


「どうかしたんですか?」


「なんで、こんな場所に……」


「えっ?」


「おかしいんですよ。大事な呪具を、こんなすぐに見つかる場所に、置くはずがないんです。何かの意図があるとしか思えません」


 御澄宮司は険しい表情で、広間の中を見まわした。


 ——そういえば、そうだ。


 呪具を壊されたら、麗華は力を失ってしまうかも知れない。誰にも見つからない場所に、隠しているはずだったのだ。


 なぜこんな、玄関から入ってすぐの広間に置いてあるのだろうか。


 僕はランタンを見つめた。


 アンティークのランタンの中には、青い光の玉がゆらめいている。ガラスの表面にある菱形の模様で、青の濃さが変わるのが美しい。細かい装飾が施してある金属製の蓋が、ランタンの中で青い光が揺れる度に、を放つ——。


「違う……」


 思わずれた声で、御澄宮司が勢いよく、僕の方を見たのが分かった。


「これじゃ、ない……」


「どういうことですか?」


「たしかに形は同じなんですけど……。これは、麗華が持っていたランタンじゃないと思います。このランタンは、手入れもされずにここに置いてあったから、金属の部分が黒ずんでいるでしょ? ……でも、麗華のランタンは、金属の部分がもっと綺麗な、金色だったんです……!」


 僕が言うと、御澄宮司は顔をしかめた。


「もう一つ、呪具があったのか……」


 力の供給源が2つあるのなら、麗華があんなに強い力を持っているのも納得できる。いくら呪術が使えるといっても、人の夢の中に入り込んで魂を削るなんて、そんな、化け物みたいな力——。


 ——本当に、そうか?


 御澄宮司の刀からは、強い力を感じる。それに比べるとランタンの力は、随分と弱い。たしかに、2つあれば力は強くなるかも知れないが、それでも、御澄宮司の刀には遠く及ばない気がする。


 それなのに、強いはずの紫鬼はなぜ、麗華を消すことができなかったのだろうか。


 それに、力を取り戻すのが異常に早かった理由は、何だろう。


 ふと、御澄宮司の言葉を思い出した——。


 そういえば御澄宮司が、渡り廊下にたくさんあったランタンが、なくなっていると言っていた。なぜ、なくなったのだろう。


 麗華のものと似ている、渡り廊下のランタン。そのランタンは一体、誰が、どこへ持って行ったのだろうか……?



 ——もしかして……。



 ぞわりと全身の毛が逆立ち、冷たいものが背筋を這った。身体が、一気に冷たくなって行く。


 僕が考えていることが当たっていたらもう、絶望的だ。瑛斗を助けるどころか、全員、この屋敷から出ることはできないかも知れない。


 考えれば考えるほど、身体の震えは大きくなる。


「御澄、宮司……。麗華が、ここ、に来たのは……」


「え?」


 険しい顔で僕を見る御澄宮司に早く伝えたいのに、冷たくなった唇が震えて、上手くしゃべることができない。


 考えたくもないが、麗華がここに来たのは、隠れるためでも、逃げるためでもなくて——。


「ここに、呪具が、たくさんある、からだ……!」


 僕が、肺の中の空気を絞り出すように言うと、御澄宮司の顔から、血の気が引いていった。先程までの険しい表情は消え、ただ目を見開いて僕を見る。


 しばしの沈黙があった後、御澄宮司は口を開いた。


「たくさんって、もしかして……。昔、私が見たランタンのことを言っているんですか? そんな、まさか……。呪具は希少なもので、そんなにたくさん、あるわけが……」


「本当に、ないって言い切れますか?」


「それは……」


「呪具が珍しいものだというのは……分かっています。でもそれ以外に、麗華がここに来る理由が、分からないんです……。だって、調べたらいつかは、この家の関係者だとバレてしまう可能性が高いのに、なんでわざわざ、ここに来るんですか……? 


 あの部屋から出るのなら、瑛斗を連れて、僕たちが見つけられないような、もっと遠くの土地へ行けばいいじゃないですか。それに、アンティークのランタンは、たしかに綺麗ですけど、渡り廊下にあったのなら、外灯と同じ役割だったはずですよね? 


 高そうな花瓶や絵はそのままなのに、なぜランタンが、なくなっているんでしょうか……。それは、ランタンが、大事なものだったからだと思うんです。希少な、呪具だったから……!」


 顔を引きつらせた御澄宮司は、黙ったままで、僕の目を見つめている。


「それに、僕は何度も麗華に会っているから、分かるんです。呪具を使っているとしても、麗華の力は強すぎる。ランタンから感じる力は、そんなに強くないのに……! そう考えると、他にも供給源がたくさんあると考えるのが、自然なような気がするんです」


「でも、そうなると……。あの大量にあったランタンを、全て、見つけ出さないといけないということに、なりますね……」


「そういうこと、ですね……」


 それ以上の言葉が出てこなくなり、広間の中は、しん、と静まり返った。風に吹かれて揺れる木々の音が、たまに聞こえるだけだ。


 あの長い渡り廊下に、ランタンは何個あったのだろうか。それに、もしかすると、他の場所にもあったのかも知れない。


 遺体と麗華のランタンすら見つけられないのに、この家にあった全てのランタンを探し出すのは、不可能だ——。

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