3

 暗い廊下へ出ると、冷たい空気がただよっている。陽の光が入ってきていないせいだろうか。カビ臭い匂いが鼻をついて、思わず鼻先に手の甲を当てた。


 廊下の先を見ると、扉がいくつも見える。外観を見た時に大きな屋敷だとは思ったが、瑛斗を見つけるのは、そう簡単なことではなさそうだ。


「私が扉を開けて行きますので、一ノ瀬さんは後ろへ」


「これって、全部の部屋を見ていくんですよね?」


「そうです。物の怪がいれば気配で気付きますが、人間は分かりづらいですからね」


 御澄宮司は1つずつ扉を開けては、そっと中を覗く。


 御澄宮司と扉の隙間からは洋風のテーブルや、照明が見えた。壁には絵が飾ってあるが、色褪いろあせてほこりをかぶっている。相当長い間、掃除はされていないようだ。


 僕は床に目をやった。床板の上は埃で白くなっていて、誰かが歩いたようなあとはない。麗華や瑠衣は霊体なので足跡はつかないが、瑛斗が動けば、形跡けいせきが残るはずだ。


 御澄宮司は次々と扉を開けるが、どの部屋を見ても、なんの形跡も見当たらない。ただ扉を開けては、閉めるだけだ。


 結局、何も見つけられないまま廊下の端にある部屋まで行き、最後の部屋の扉が開かれた。


「こちらの棟には、いないようですね」


 御澄宮司が振り向いた。


「他にも、建物があるんですか?」


「表からは見えませんが、山の方側にも屋敷があるんですよ。あの扉から行けるはずです」


 御澄宮司が指差す方を見ると、廊下の突き当たりを曲がった場所には、窓のない扉がある。


 鍵のかかっていない扉を御澄宮司が開けると、建物の中に、一気に風が吹き込んで来た。


 目の前には渡り廊下と、大きな建物がある。


「本当だ。奥にある屋敷も大きいですね」


 奥の屋敷へ行くための長い渡り廊下は、橋になっている。下には水があるので、池だったのだと思う。誰も手入れをしなくなった池は、緑色のおおわれていて、中に何かがいるかどうかは分からない。


「昔はこの渡り廊下に、ランタンがずらりと並んでいたんですよ。私がここを訪れた時は夜だったので、ランタンに照らされたこの渡り廊下が、とても幻想的だったのを覚えています」


「そうなんですね。今はランタンもないし、蜘蛛の巣だらけで、とても寂しい雰囲気ですけど」


「本当に残念です。できればもう一度、あの光景を見たかった——。さぁ、行きましょうか。板が朽ちているところがあるので、気を付けてくださいね」


 歩き出した御澄宮司の後について、渡り廊下を進む。


 奥の屋敷は、半分以上がつたに覆われてしまっている。街中にある蔦に覆われたカフェはおしゃれに見えたが、目の前にある屋敷は、不気味でしかない。これが大切な友達のためでなければ、僕は絶対に入らないだろう。


 奥の屋敷へたどり着くと、玄関のドアが少しだけ開いている。僕は駆け寄って、ドアノブに顔を近づけた。


「やっぱり瑛斗は、こっちの屋敷にいるのかも知れません。ドアノブの埃が取れている場所があるんです」


「その可能性が高いとは思います。こちらの屋敷へ近付くにつれて、妙な気配を感じるようになりましたから」


 御澄宮司は眉をひそめた。


「妙なって、麗華とは別のってことですか?」


「えぇ。あまり感じたことがないような気配です。何なんでしょうか……。虫がたくさん集まっている場所へ、足を突っ込んだような……」


 想像すると、足の方から全身に鳥肌が立った。


「うわぁ……。やめてくださいよ」


「ははは、すみません。でも本当に、そんな風に感じるんですよ。まぁそれはさておき、行きましょうか」


「……はい」


 御澄宮司が玄関のドアを静かに開け、中へ入る。


「こっちの屋敷も、広いですね」


 僕は天井を見上げた。すると——。


 ことん、と奥の方から、音が聞こえた。

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