2

 屋敷の表側にある庭へ回り込むと、陽当たりのいい庭が目に入った。


「ここを抜けるんですか?」


「そうです」


「でも……草に埋まりそうですね。元は立派な庭だったんでしょうけど、その分、草がすごいというか……」


「そういえば私がこの屋敷を訪れた時には、彼岸花ひがんばなで庭が真っ赤に染まっていましたね。少々不気味にも感じましたが、美しかったですよ」


「真っ赤に、染まって……」


 呪詛が専門の家の庭が、彼岸花で埋め尽くされているなんて。僕なら少々ではなく、かなり不気味に感じてしまうかも知れない。理由は分からないが、美しい彼岸花に『死』を連想してしまう。


「行きましょうか」


 ガサガサと草をかき分けながら、御澄宮司が進んで行くので、僕も後に続く。草が生い茂っているので、足元は見えない。たとえ何かを踏んだとしても、僕には、その正体が何なのかは分からないだろう。


「御澄宮司……。ここに、遺体が埋まってるってことはないですよね?」


「まぁ、ないとも言えませんが……。とりあえず先に、瀬名さんを探しましょう」


「そうですね。どちらにしても、ここを全部掘り起こすのは、無理ですもんね」


「そういうことです。2人でやるとしたら、途方もない時間と労力が必要です」


 草だらけの庭を抜けて屋敷にたどり着くと、御澄宮司は外廊下の手すりをひらりと飛び越えた。そして、一番手前にある部屋のガラス戸に手をかける。


「開いてますね……」


 御澄宮司が手を横へ動かすと、ガラス戸はカラカラと音を立てながら開いた。隙間から見える部屋の中に、人影はない。


 僕も手すりを飛び越え、部屋の中を覗く。床板は一部がちていて、アンティークの照明は傾いている。部屋の隅には小さなテーブルがあり、高価なものに見える花瓶の下には、花の残骸がある。


 引っ越したというよりは、突然、人間だけが消えてしまったかのようだ。


「ここから入りましょう」


「はい」


 御澄宮司の後に続いて中へ入ると、身体はさらに重くなる。「うっ」と思わず声をらすと、御澄宮司が振り向いた。


「こんなの、アンフェアですよね。向こうは自分が支配する領域で、万全の力で戦えて、こちらは化け物の霊気に当てられて、今にも倒れそう状態で相手をしなければいけないんですから」


「本当にそうですよね。でも御澄宮司は、いつもこんな状態で仕事をされているんですよね」


「そうですが……。さすがに、こんな化け物の相手をするのは初めてですよ。現代には呪術を使う人間は、ほんの少ししかいませんからね。ましてや、自分に呪術をかけるなんて、聞いたことがありません。今までで一番厄介だった相手と言っても、せいぜい、全く成仏してくれない地縛霊がいたことくらいですかね。あまりやりたくはありませんが、最後は仕方なく、紫鬼しきに斬らせました」


 御澄宮司は視線を落とし、首を横に振った。


「社長から聞きました。呪具はそう簡単に、人に見せるものではないって」


「えぇ。普通の死霊は札で充分ですから。見せないというよりも、見せる必要がないんですよ。一ノ瀬さんの場合は、物の怪の霊気がかなり深いところまで入り込んでいたので、紫鬼を使ったんです」


「あれは相当怖かったです。一瞬、走馬灯が見えましたから」


「はは。大丈夫だって言ったでしょう?」


「そうですけど……」


「まぁ、私も斬られたくはないですよ。——そろそろ、先へ進みましょうか」

「はい」


 歩き出してから、ふと気が付いた。まだ身体は重いが、先程までよりは楽になったような気がする。


 ——もしかして、僕が慣れるのを待ってくれていたのかな……。


 麗華や牧田に対する対応を見て、なんとなく、冷たいイメージを持っていたが、そうでもないのかも知れない。


 御澄宮司が本当に冷たい人なら、もうとっくに瑛斗のことを、見捨てているような気もする。瑛斗が手に入れば、麗華はそれで満足するのだから、こんな苦労をする必要はないのだ。


 別に、物の怪の相手をしなくても、ただ瑛斗を生贄にすればいいだけの話なのだから——。

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