9

 駐車場の奥には、小さな公園があった。


 公園といってもベンチが2つあるだけで、他に人はいない。ここなら、誰の目も気にせずに話ができそうだ。


 公園の真ん中あたりまで歩いた牧田は立ち止まり、振り返った。


「まさか、驅世くぜの名前を知っているやつに出会うなんて、思わなかったよ」


「そうでしょうね。呪術を生業なりわいとしている人間は、随分と減っていますから」


 御澄宮司が言うと、牧田は僕を見た。


「でもお前は、多少霊感があるだけの一般人だろ? なんで、麗華の名前を知っているんだ」


「麗華が瑛斗の夢に入り込んで、自分で言ったんだよ。僕はそれを、瑛斗から聞いただけだ。まぁ、何度か直接話もしたけどな」


 牧田は大きくため息をついた。牧田は、麗華に操られているというよりは、協力しているだけなのだろう。そして、納得していない部分もあるようだ。


「あんたが麗華に言われて、瑛斗をあの部屋に入居させたんだろ? なんで麗華は、あんなに瑛斗にこだわるんだ。子供の父親が欲しいとは言っていたけど、それだけの理由なら、他のやつでもいいはずだ」


「俺だって、そう言ったよ。こんな面倒くさいことをしなくても、男なんていくらでもいる。でも、瀬名に父親になって欲しいと瑠衣が言った、と麗華が言うんだ! 仕方ないだろ!」


「瑠衣が?」


「そうだよ! 自分は毎日あの父親に怒鳴られて、殴られて、つらい思いをして。それなのに友達は父親に優しくしてもらって、いつも幸せそうにしている。そりゃあ、取り替えて欲しいと思うよなぁ!」


「それは、そうかも知れないけど……。それだけ……? ただ、瑠衣がそう言ったからってだけで、瑛斗は、命の危険に晒されているって言うのか……?」


 ——そんなの、勝手すぎるだろ。瑛斗は本当に、ただ巻き込まれただけじゃないか。


「麗華も瑠衣も、ずっとあの男に苦しめられてきたんだ。2人にだって幸せになる権利があるんだよ!」


「だから、瑛斗が死ぬのは仕方がないって言うのか? ふざけんなよ! たしかに可哀想だとは思うけど、瑛斗には瑛斗の人生あるんだ!」


「そんなの知るかよ、うるせぇな! 前に会った時も気に入らなかったんだよ! お前の、その目! たいした力もないくせに、正義感を振りかざして、俺を批判するような目をしやがって!」


「今は、そんなことはどうでもいいんだよ! こっちは、大事な友達が被害に遭ってるんだ!」


 身体が熱くなって、一歩前に踏み出そうとした時、御澄宮司が僕の肩を掴んだ。


「一ノ瀬さん。まともではない人間に、正論は通じませんよ?」


「でも!」


「分かっています。でも今は、瀬名さんを助けることの方が先です」


 御澄宮司は僕の肩を掴んだまま、話を続ける。


「驅世さん。麗華という女性は、あなたの妹で、間違いないですね?」


「そうだよ。あと、その驅世っての、やめろ。俺は牧田だ」


「あぁ。驅世家の一人娘だったあなたの母親が、駆け落ちをしたらしいですね。まぁ、私には関係のないことですが。あなたに訊きたいのは、遺体とランタンのことですよ。父親が子供を殺し、麗華は男を刺し殺した。その後、彼女は自分に呪術をかけ、死にました。そして、瀬名さんをあの部屋に住ませるために、3人の遺体とランタンを、あなたが隠したんですよね?」


 御澄宮司が言うと、牧田は困惑の表情を浮かべた。


「そんなことまで話したのか……? 麗華は」


「いいえ。麗華の記憶を、一ノ瀬さんが視たんですよ」


「記憶を……?」


「えぇ。一ノ瀬さんは憑依体質で、取り憑いてきた相手の意識を読む力に長けているんですよ。そして、麗華の中に、一番強く残っている記憶を夢の中で視た。ということです。たしかに一ノ瀬さんは、そんなに霊力が強いわけではありません。でも、あの部屋で何があったのかを突き止めたのも、あなたと麗華が兄妹で、あなたが遺体を隠した犯人だということを見抜いたのも、全部一ノ瀬さんですよ」


 牧田は僕を睨みつけた。見下していた僕に見抜かれたことが、悔しいのだろう。


「さぁ、遺体とランタンがある場所を教えてください。あなただってこれ以上、妹が罪を犯すのを見たくはないでしょう」


「……知らないよ。たとえ知っていたとしても、教えるわけがないだろ。俺は麗華が幸せなら、それでいいんだ」


「あなたは別に、操られているわけではありませんよね? いくら妹と仲が良かったとしても、遺体の処理までして、妹が人間の魂を奪い続けるのを黙認するなんて、私は異常なことのように感じますけどね」


 牧田は、ふん、と鼻を鳴らす。


「仲が良い……。あんたは平和に生きて来たんだな。俺はなぁ、麗華を救ってやれなかったんだよ。あの男から暴力を受けているのも知っていた。ずっと別れたがっていたのに、結局、何もしてやれなかった。


 麗華が霊体になって俺の前に現れた時の気持ちが、あんたに分かるか? ……絶望したよ。俺は麗華を、見殺しにしたんだって……! だから今度こそは、麗華が幸せになれるように、協力するって決めたんだ!」


「協力したということは、あなたが遺体とランタンを隠したと認めるんですね」


「あぁ、そうだよ。俺は麗華ほど、呪術には詳しくない。全部、言われた通りにやったんだ。だから、聞いているよ……遺体とランタンが見つからなければ、呪術は解けないんだろ?」


 牧田は、ニヤリと笑った。


 その顔は、左の口元が歪んでいて、目の奥には、強い決意を表すような光が宿っている。


 ——まさか……!


「やめろ!」


 僕が叫んだ瞬間、グヂッ、と弾力があるものが潰れたような、嫌な音が聞こえた。


 下を向いた牧田の口からは、真っ赤な血が、ぼたぼたとこぼれ落ちる。


 ——そこまで、するなんて……。


 あまりのことに身体が硬直してしまい、言葉も出ない。すると横から、チッ、と舌打ちをする音が聞こえた。


「行きましょう。これ以上訊いても、こいつは絶対に吐かないんで」


 御澄宮司はきびすを返して、歩き出す。あっという間にその場から離れて行くので、僕も急いで追いかけた。


「えっ、良いんですか? あのまま放っておいて。救急車とか……」


「舌を噛んだくらいでは、すぐには死にませんよ。死にたくなけりゃ、自分で会社に戻るでしょ」


 突き放すように言い放ち、御澄宮司は車に乗り込んだ。車のドアが勢いよく閉まり、バンっ! と大きな音が駐車場に響く。随分と機嫌が悪そうな御澄宮司を見て、僕の中の怒りはどこかへ行ってしまった。


 置いていかれそうな予感がしたので、僕も慌てて助手席に乗り込む。


 ——本当に、放っておいて良いのかな……。


 窓から公園の方を見ていると、ふと、窓ガラスに御澄宮司の顔が映っていることに気が付いた。僕を見ているのか、公園を見ているのかは分からないが、その目は鋭い。


「くそっ。やっぱり、やるしかねぇか……」


 ぼそりとつぶやく低い声が聞こえた後、車は動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る