8

 不動産会社の中へ入り、真っ直ぐに受付へ向かう。


「営業の牧田さんをお願いします」


 僕が言うと、受付の女性は奥の部屋に、牧田を呼びに行った。今日も店舗の中は、大勢の客でにぎわっている。


 ——話をするなら、外へ出た方がいいな。


 僕が店舗の中を見まわした後に御澄宮司を見ると、視線がぶつかった。おそらく御澄宮司も、同じことを考えているのだろう。


「あぁ。いらっしゃいませ」


 受付の奥から、シルバーのメガネをかけ、グレーのスーツに身を包んだ男が歩いてくる。相変わらずの営業スマイルで対応する牧田に、苛立ちを感じた。


「僕を覚えていますか?」


「えぇ、もちろん。瀬名さんのご友人ですよね」


「そうです。今日は部屋のことではなく、あなたに用があって来ました」


「私にですか。どういったご用件で」


 牧田は全く動揺していない。それは牧田と麗華がやっていることが、霊感がある人間でないと、気付けないことだからなのだと思う。僕も、おじいさんから話を聞けなかったら気付けなかった。だから、牧田も簡単にはバレない、と高を括っているのだろう。


「——訊かないんですね。瀬名のことを。僕が、一度しか会ったことがないあなたに用があると言っているのに、なぜ瀬名が一緒ではないのか。そこは、気にならないんですか?」


「……今日は、別の方とお越しになっていますからね。いくら友人でも、いつも一緒にいるわけではないでしょう?」


 牧田は顔色を変えない。


「知っているからじゃないですか? 今、瑛斗がどんな状況かを」


「私はあれ以来、瀬名さんとはお会いしていませんから。どうかされたんですか?」


 ——今日もこうやって、のらりくらりと誤魔化すつもりなんだろうな。


 僕は瞬きをせずに、牧田の顔をじっと見つめた。


「瑛斗は今、麗華というと一緒にいるんですよ」


 牧田の左目の下が、ぴくりと動いた。


 ——妹の名前が出た事と、悪霊と言われた事に反応したな。


 僕は幼い頃から、霊感があることを周囲に隠して来たので、人の顔色をうかがうのは得意だ。今日は絶対に見逃さない。


 僕は御澄宮司に目をやった。御澄宮司は一度頷いて、牧田に視線を向ける。


「私は、霊媒師の御澄と申します。瀬名さんの家にいる恐ろしいを祓って欲しい、と依頼を受けたのですが、色々と調べてみると、どうやら呪術が使われているみたいなんです。その件について、お話を聞かせていただきたくて来たんですよ。『驅世くぜさん』」


 前回はあれほど饒舌じょうぜつだった牧田が、何も答えない。それは、僕の推測が正しかったということだ。そして『驅世』というのが、呪詛を専門としていた家の名前なのだろう。


「ここで話をするのは都合が悪いでしょうから、外で話しましょうか。驅世さん?」


 御澄宮司は、満面の笑みを浮かべて言う。


 やっぱり僕は、この人が神職に就いているとは思えない。


 僕たちが大体のことを把握している、ということを察したのか、牧田は貼り付けたような笑顔をやめた。


「お先にどうぞ」


 御澄宮司が言うと、牧田は何も言わずにゆっくりと、店舗の出入り口へ向かう。


 僕と御澄宮司は視線を合わせてから、牧田の後を追った。

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