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「何の為に、こんなにたくさんの魂を……」


「もちろん、瑠衣の為よ」


 たたたっ、と足音が聞こえ、瑠衣が前を横切って行った。


「まてー!」


 瑠衣は、光の玉を追いかけているようだ。そして、光の玉に追いついた瑠衣は、ぱしん! と両手で叩き潰した。青い光が、小さな手から飛び散る。


「あぁっ……!」思わず声が出た。


 ——顔を、叩き潰すなんて……。


「つーかまえたっ」


 瑠衣は嬉しそうに言った後、口を大きく開けた。


 ——えっ?


 そして、手の中にある青い光の玉を——口の中に、放り込んだ。


「なっ! 食べ……た?」


「たくさん食べるのよ、瑠衣」


 困惑する僕を尻目に、麗華は満面の笑みを浮かべて、息子を見守っている。


 食べ終えた瑠衣は、また別の光を追いかけ始めた。青い光の玉が人間の魂でも、瑠衣にとっては、食べ物でしかないようだ。


「なぁ、やめさせろよ! 人間の魂を喰うなんて……。そんなのはもう、本当に化け物じゃないか!」


「瑠衣は、魂を食べることで、元の姿を保っているの。食べないと、さっきみたいに崩れて、いつかは消えてしまうのよ」


 ——さっきみたいに?


 僕は瑠衣に目をやった。すると、潰れていた顔も、折れてしまっていた首も、綺麗に治っている。顔や服に着いていた血も、いつの間にか消えていた。何事もなかったかのように、可愛らしい男の子が走り回っている。


「なん、で……」


「だから、今言ったでしょう? 食べて、元の姿を保ってるって……」


 ——そんなのは、間違ってる。


「この世に留まれないから、崩れるんだろ? だったら、早く成仏させてやるべきだ!」


「あなたはバカね。そんなことをしたら、一緒にいられなくなるじゃない」


「魂を喰わせて形を保ったとしても、生きていた頃と同じようにはならないんだよ! あの子はもう、これ以上は成長しないんだ。それに、普通の霊だから、記憶だって徐々に消えて行く。あんたの事も忘れるぞ? ここに居続けたら、その内、ただの悪霊になってしまうんだ!」


「そうならないように、私が瑠衣を守っているの。今度こそ、ずっと一緒に、幸せに暮らすのよ」


 麗華は目を細めて、瑠衣を見ている。


「あんたがいくら頑張っても、今のままじゃいられない。あの子は普通の霊体だけど、あんたは違うよな? まるで、生身の身体があるみたいだし、禍々しい気配を感じる。死ぬ前に、何をしたんだ? もしかして、もう簡単には成仏できないんじゃないのか?」


「別に、構わないわ。私はずっとここで、瑠衣と暮らすんだから」


「あんたはここに居られても、あの子は無理だ。自我じががなくなってしまっても、あんたはずっと見守り続けるつもりか? むなしいだけだろ」


「瑠衣はずぅっと、私と一緒よ。私が、魂を獲ってくればいいだけだもの。そうすれば、ずっと可愛い瑠衣のままよ」


 ——話にならないな。


 そもそも、この世のものではないものと話をしようとするのが、間違いなのかも知れない。


「それなら、僕たちに関係ないところでやってくれ。あんたと瑛斗は、住む世界が違うんだ。瑛斗を巻き込むな!」


 僕は瑛斗を起こそうと、手を伸ばした。


「瑛斗さんに触らないで。瑛斗さんは私たちと、ここで暮らすの」


 麗華が僕に冷たい目を向けると、急に激しい眠気が襲ってきた。身体に力が入らない。


 眠ってしまうと、またあの夢の中と同じように、苦しめられるのかも知れない。その恐怖のおかげで、何とか意識を保っていた。


 すると玄関の方で、ガチャリ、と音がした。


 ——奥さんが、帰ってきたのか……!


 タイミングが悪すぎる。このままでは、奥さんと娘まで巻き添えになってしまう。


 麗華も、ゆっくりと玄関の方へ目を向けた。


 ——まずい! どうする? どうしたらいい?


 その時、ふと、神原社長が脳裏に浮かんだ。


 ——そうだった、護符!


 僕が上着のポケットから護符を取り出すと、それに気付いた麗華は、顔をしかめる。


 嫌がるということは、もしかすると効くのかも知れない。僕は、護符を麗華の肩に、勢いよく押し付けた。


「ギャァ!」


 と短い悲鳴をあげた後、麗華は霧が散るように消えて行く。


 それと同時に、瑠衣や青い光の玉も、すうっと視えなくなった。


 ——効いた……みたいだな……。


 部屋の中の冷気も和らいで、呼吸がしやすくなったような気がする。


 キィッ、とドアが開く音がした。


「戻りました」


 やはり奥さんが帰ってきたようだ。間に合ってよかったと、僕は胸を撫で下ろす。奥さんや娘を巻き込みたくないのも確かだが、怪奇現象に全く気が付いていない、という奥さんに説明するのは大変そうだ。


「一ノ瀬さん?」


 奥さんは心配そうに、部屋の中をのぞいてきた。


「あれ? 主人は……」


「あぁ、眠っているんですよ。ベッドまで運びたいので、手伝ってもらってもいいですか?」


「はい。すみません」


 奥さんに手伝ってもらって、ベッドまで移動させても、瑛斗が目を覚ますことはなかった——。

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