追試②
机の前に長時間座るのも久しぶりだったので、身体が硬直している。帰りのショートホームルームが終わると、大旗は思いっきり背伸びをした。
「美瑠は今日、生徒会?」
「いや、今日は何も無い。だから、行くよ」
「え、どこに?」
「風鈴堂」
「ふうりんどう?」
「努が一番会いたがってた子たちがいるところ」
聞けばこの学校で人気になっている、とある相談窓口の通称のようだ。
「行ったら絶対に一回は断られるらしいんだけど、なんだかんだ相談には乗ってくれるんだって。しかも絶対に悩みを解決してくれるって噂」
大旗の知らない間に、彼女たちは随分と有名人になっていた。
「まあかなり賢そうだったからねー。にしても絶対に解決するなんて、大きく出たね」
「ああ、それは本人発信じゃなくて、あくまで噂」
「そうなんだ。でもそんな噂が出回るってことは、ちょっとは信憑性があるんじゃない。誰よりも私たちがそれを熟知してるでしょ」
「まあね」
「で、風鈴堂はどこにあるの?」
「ここだよ」
着いたのはC棟二階の僻地だった。「文芸部」というプレートがある。思えば彼女たちの話は人伝いにしか聞いていない。
どんな顔なんだろう。どんな話し方なんだろう。どんな性格なんだろう。
まだ見ぬ出会いに期待が止まらなかった。高鳴る胸を押さえながら、大旗は文芸部の扉を開いた。
「お断りします」
「まだ何も言ってないよ⁉」
扉の正面に座る女の子は手元の本に視線を落としたまま、事務的な対応を続ける。
「相談事でしたら受け付けておりません」
「違う違う。えっと、君が鈴堂ちゃんでいいんだよね? 初めまして、大旗だよ」
大旗が名乗ったことで、鈴堂はようやく顔を上げる。
「失礼しました。いずれお会いするのではと思い、待っておりました」
「おおー、鈴堂さんの言った通りだ」
鈴堂はすっと立ち上がって恭しく腰を折る。鈴堂の脇でスマホをいじっていたもう一人の女の子も、追従して席を立つ。彼女が廻立夕陽だろう。
「いやーなんか二人、すっかり有名になっちゃってるみたいだね」
「そうなんですよー」
「困ったものです」
満更でもなさそうな廻立と辟易とした表情の鈴堂。外見も性格も対照的な二人だった。
「君たちには謎解きゲームなんて無くても人が寄って来ただろうね」
「いえいえ、あれがあったからすぐに仲良くなれたんですよ」
「……謎解きといえば、一つ分からないことがあるのですが、教えて頂けますか?」
鈴堂はまっすぐ大旗を見つめる。分からなくて悔しいだとか、そんな感情は一切無く、ただ純粋に真実を知ろうとしている、澄んだ瞳だった。
「鈴堂ちゃんにも分からないことがあったんだね。――ああごめん、嫌味とかじゃなくね。うん、なにかな」
「賞品ですが、なぜ私たちの机の中に隠したのでしょうか。カムフラージュはされていましたが、誰かが偶然、ゲームの途中で見つけてしまうリスクもあったはずです。それに一問目ではあの教室が捜索対象になっていましたし、下手をすればその時点で発見される危険もあったでしょう。にも関わらず、机の中に隠していたのはなぜでしょう」
「うーん……、安全だったから……かな」
「安全、ですか」
「問題文と違って結構かさばる量だから、どっか一箇所に隠すとなると難しかったんだよね。目立っちゃうと君たちが発見する前に、先生とか他の生徒の手に渡るかもしれないし。君たちが来た頃にはもぬけの殻だった、なんてことだけは絶対に避けたかったからね。そうなると君たちがよく使う場所に隠した方が、逆に安全かなって」
「成程……」
言葉とは裏腹に、あまり納得していない様子だった。
「それにもし君たちに見つかっても、それはそれで良かったんだよ」
「え?」
「一人につき一教科ずつ渡してたでしょ? だから全部揃えるにはみんなで共有する必要がある。それがきっかけで仲良くなってくれれば、目的は達成したも同然だからね」
「……成程」
今度は納得してくれたようだ。大旗は胸を撫で下ろす。
「それだけじゃないでしょう?」
「ちょっと! 余計な事言わないでよ」
逃げ切れるかと思ったが、矢永がニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「まだあるんですか?」
――ううん……。
純粋な瞳で見つめられては敵わない。大旗は渋々打ち明ける。
「謎解きゲームはあそこで終わり。でも、君たちの物語はまだ始まったばかりだから。あの教室で、あの場所で、これから紡がれていくから、スタートラインに入学祝いを置いた……っていう……。なんか自分で説明するのめっちゃ恥ずかしいな!」
くすっと鈴堂が顔を綻ばせる。
「遊び心がありますね。そういうの、嫌いではありませんよ」
「なんかバカにしてない?」
「してませんよ」
「もう、こんなつもりで今日来たんじゃないのに……。あーあ、折角だから風鈴堂さんに何かお願い事でも頼もうかしら」
「それはお断りします」
「もっと噂広めちゃおうかなー」
「やめてください」
「どうしよっかなー?」
夕暮れ時の文芸部室。日中の陽気が残った暖かな風が吹き抜けた。
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