答え合わせ⑧

 『風鈴堂』の話題で忘れかけていた、当初の目的を思い出す。

「あ、そうだった。鈴堂さんに訊きたいことがあるんですけど……」

 水城の言葉に鈴堂は白い眼を向ける。

「そ、相談とかじゃなくって、ただちょっと気になるなーって感じで!」

「……なんでしょう」

「ええと、謎解きゲームの最終問題を解いた日なんだけど、賞品を見つけたあとに、入学のしおりを見て笑ってたじゃないですか。矢永先輩にもその話をすると、訊いてみた方が良いって言われたので……。あれは一体何に笑っていたんですか?」

「ああ、あれですか」

 すぐにピンと来たらしい。

「大旗さんからの、最後のメッセージを受け取っただけですよ」

「最後の、メッセージ……ですか」

 謎解きゲーム自体にメッセージが秘められていたのは明らかにしたが、まだ隠されていたのだろうか。

「出題者から私たち解答者に向けた文章が最後に記されていましたよね。『ただし、これは斜め読み程度に留め、初心を忘れず勉学を怠らぬよう精進するように。』と」

 一字一句完璧には覚えていなかったが、確かそんな内容だったはずだ。

「細かいことですが、『斜め読み』という言葉が私は気になりました。意味合いとしては間違いではないのですが、斜め読みとは速さを重視した読み方です。模範解答ならばむしろじっくり読み込むでしょう。より相応しい言い回しをするなら、『参考程度に留め』でしょうか」

「あー、そー……ですかね」

 言われてみれば引っ掛からなくはないが、水城にとっては大した差には感じられなかった。頭を捻る水城の本音を感じ取ったのか、鈴堂は一度、首を縦に振った。

「それまでの問題文から、出題者は言葉を慎重に選んでいる印象でしたので、少々過敏になっていたのかもしれません。気にする程ではないと私も思いました。ところが――」

 鈴堂は水城の背後にある黒板に目を遣った。

「あの時、後ろの黒板に水城さんと畠本さんが書いてくださった、表が目に入りました」

 四十二人全員に一文字ずつ平仮名が割り当てられ、最終問題で二文字下げたバージョンの一覧表だ。

「そこで私はふと、『斜め読み』とは言葉通り、斜めに読むように指示しているのではないかと思いました」

「6かける7文字の一覧表を、斜めの方向に読んでいくってことですか?」

 水城はノートを取り出すと同時に、鈴堂の前に移動する。そしてメモしていた表を目の前に広げた。

「こ、これですか?」


   1  2 3 4 5 6 7

 1 う  ば に く よ み き

 2 へ  え れ ほ つ ち を

 3 ご  や す ん た ね ら

 4 せ  ふ の と そ ぐ わ

 5 る  こ か お め け さ

 6 ひ  ぬ し な む り ゆ


「いえ、これではありません。『初心を忘れずに』とも書いてありましたよね」

「あ、じゃあ二文字下げる前の表だ!」

 鈴堂の隣から覗き込んでいた廻立が叫ぶ。水城は該当のページをめくった。

「……あった。これですね」


   1  2 3 4 5 6 7

 1 あ ゛ね と か や ほ お

 2 ひ  い り ふ た そ ろ

 3 ぐ  め さ わ せ に ゆ

 4 し  は ぬ つ す が れ

 5 ら  く え う み き け

 6 の  な こ て ま よ も


「そうです。これを斜めから読むのです」

「ど、どこをですか?」

 一口に斜めと言っても直線の引き方は無数にある。

「最も一般的なのは、右上から左下への方向でしょうか」

 つまり1の1から6の6までの直線だ。水城は指で一文字ずつなぞっていった。

「あ、い、さ、つ、み、よ。……あいさつみよ?」

「水城さん。入学のしおりは持ってますか?」

「あ、はい。使うだろうなと思って」

「目次を除いた、最初のページをめくってみてください」

 言われるがまま水城は入学のしおりを開く。まず目次があり、次ページに掲載されていたのは、「……あ」

 学校長の挨拶だった。

「『あいさつみよ』は、この学校長の挨拶のページを見ろってことだったんですね」

「でも、ここにどんなメッセージがあるの?」

 片面をほぼ埋め尽くすほどびっしりと文字が並んでいる。入学式のスピーチでも熱く教育論を語っていたことからも、教育熱心な姿勢が窺える。

「ここの部分が特に関係してくるでしょう」

 鈴堂は中盤らへんを指し示した。水城が音読する。

「『これからの時代は総合的な能力を兼ね備えた人材が重宝されるでしょう。与えられた課題をこなすだけでなく、自ら課題を創出し、自らの頭で考え、乗り越えていく。生徒のみなさんにはそのようなアグレッシブな人になってほしいと願っています。

 そこで私たちはみなさんが社会に出た後も活躍できるよう、今までの教育体制を一新し、従来よりも複合的な能力を伸ばせるようなシステムを導入していきます。数年前から実施されているグループワークによるコミュニケーション能力、協調性、課題発見力の向上。そこにさらに加えて、定期試験の内容も昨年度以前よりも記述式の設問を増やし、思考力、表現力の向上も図りたいと考えています。』……ん?」

「『昨年度以前よりも記述式の設問を増やし』? ……ってことは」

「去年の模範解答があっても、役に立たないってことですか⁉」

 水城と廻立の悲痛な声が重なった。落ち着かせるように鈴堂は二人を宥めた。

「出題範囲や内容に変化が生じるわけではありませんし、選択問題などもあるでしょうから、まったくの無意味ではないでしょう。しかし模範解答用紙をあてにして勉強を疎かにしていると……痛い目を見るでしょうね。

 まさしく、『ただし、これは斜め読み程度に留め、初心を忘れず勉学を怠らぬよう精進するように。』という大旗さんからのメッセージです」

「……」

 水城は呆然としおりを眺めた。土曜日の帰り際、矢永が「大旗努は一筋縄じゃあいかない子」と称した理由がようやく判明した。優しいだけではなく、厳しさも水城たちに与えていたのだ。

「実はこのメッセージを読み解いたことで、出題者を特定する材料の一つになりました」

「これでですか?」

「はい。出題者は、この入学のしおりの内容を事前に知れた人物に絞れますから」

 鈴堂は組んだ手を机の上に置いた。

「一問目の教室に割り当てられた数字ですが、私たちは入学のしおりを参考に教室を特定しましたよね。もしあの数字が出題者の想定する数字とずれて表記されていたら、二問目が隠されていない教室を延々と捜索するはめになり、謎解きが成立しなくなります。そのため出題者は数字が一致しているか確認するでしょう。――もっとも、校内マップを年度ごとに変える必要はありませんし、昨年からの流用であればその心配はありませんので、最悪、確認しなくても進められます。

 しかし、学校長の挨拶は今年度用に用意されたコメントです。ということは、メッセージを込める前には今年度の入学のしおりの内容を絶対に把握していなければなりません」

「教員ならともかく、生徒が見れるんでしょうか」

「一介の生徒ならば難しいでしょう。そこで生徒の目に触れる機会が無かったかを探るため、しおりの動きを斉藤先生に確認しました。先生によるとしおりは昨年末には印刷、製本され、合格者に送付する二月になるまで生徒会室に保管されていたそうです」

 生徒会室と聞いて水城は矢永の顔が思い浮かんだ。

「つまり生徒会役員ならこっそりと内容を盗み見ることが可能だったのです。生徒会役員の中に大旗さんの名前はありませんでしたので、協力者の少なくとも一人は生徒会役員の誰かだろうと予想していました」

「はええ……」

 水城はただただ感嘆の声を漏らすばかりだった。一方の廻立は高揚した様子で目を輝かせていた。

「結構早い段階で絞れてたんだね」

「そうでもありませんよ。決め手となったのはやはり靴箱の件があったからですし」

「あそこで名前が特定できたのが大きかったよねー」

「ええ。まあ、もし手掛かりが何も掴めなかったとしたら、最後の手段として生徒会役員に一人ずつ詰問していましたけどね。しおりを無断で盗み見た行為をネタに、口を割らせようかと」

「恐ろしいこと考えてたね⁉」

 真実を暴くためなら強引な手段も辞さない。先程、鈴堂が自分で言っていた、熱中し過ぎると視野が狭くなってしまう特性に起因しているのかもしれない。

「ちなみに最後のメッセージは他の人にも教えたんですか?」

 おそらく本当の最終問題を解き明かしたのは、一組の中で鈴堂ただ一人だろう。

「いいえ。水城さんには訊かれましたのでお答えしましたが、私から教えるつもりはありません。私が気付いたのも偶然に近いですし、大旗さんもこれに関しては解かれなくても良いと割り切っていたのかもしれません。気付いた人だけの特別な情報と言いますか……。それを私が吹聴してしまうのは無粋かと思いまして」

 大旗の意志を尊重して、鈴堂はあえて公言しないつもりのようだ。たとえそれでクラスメートがどんな目に遭ったとしても。

 ちょうど鈴堂の背後の窓から夕陽が差し込み、後光のように鈴堂を包み込んだ。暖かな光と、物憂げでどこか冷たい印象の瞳。

 ――この人も、優しさと厳しさを併せ持った人なんだな……。

 鈴堂を目の前にしていると、まるで心の全てを見透かされているような錯覚になる。受け止めてくれるようで、胸の内を明かしたくなるような――。

「……鈴堂さん、やっぱり相談されるの、向いてると思いますよ」

「冗談はやめてください。私には到底――」

「すみません!」

 鈴堂の言葉を掻き消すように、大声が文芸部の部室に響き渡る。出入口には一人の女子生徒が立っていた。

「あの、ここで、相談に乗ってもらえるって聞いたんですけど!」

 噂をすれば影が差す。諺を体現するかの如く、本日三人目の相談者が訪れた。切迫した事情があるのか、女子生徒は肩で息をしていた。そんな彼女に向かって、鈴堂はクールな表情を崩さずに言い放った。

「お断りします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る