答え合わせ⑤

「――そういえば今日は、鈴堂ちゃんと廻立ちゃんは来なかったの?」

「あ、はい……。誘ったんですけど……」

 生徒会室で矢永が白状した後、大旗に直接会えないか交渉を持ち出したのは水城だった。その場で矢永を通じて連絡してもらい、今日自宅を訪ねる許可を得たのだ。その際、二人も一緒に来るか尋ねたのだが、鈴堂には断られてしまった。あんまり大勢で押しかけては迷惑だろう、と。そして鈴堂が行かないならと、廻立も同様の返事だった。結果、水城は一人で来ることになってしまったのだった。

「そっかー、それは残念」

「すみません。私だけで……」

「ああいや! 水城ちゃんに不満があるのとかじゃなくてね、折角なら二人にも会いたかったなーって」

「あ……でも、鈴堂さんは『近いうちに学校で会えるでしょうから』って言ってたので、会うつもりはあるんじゃないかと、思いますよ」

「へえ。鈴堂ちゃんが、そう言ってたの? そっか……」

 なぜか大旗は嬉しそうだった。

「それで水城ちゃんが代表して、私を捕まえに来たのかな?」

 両手を差し出してお縄を頂戴するポーズを取る。

「いえ、そんな、捕まえるとかではなく、私は、ただお礼を言いたくて……」

「お礼?」

「はい」

 模範解答用紙の違和感に気付いた鈴堂だったが、実は出題者の正体を暴くつもりはなかったらしく、そのままゲームを終了させる予定だったらしい。そんな鈴堂に、出題者を探してほしいと頼み込んだのは、他でもない水城だったのだ。

「……入学初日に、クラス分けを見てショックだったんです。知ってる人が誰一人いなかったので」

 小学校からの友達の中に、とても明るい性格の友人がいた。誰とでも分け隔てなく接する彼女の傍にいれば、自然と新しい人の元に連れて行ってくれた。そして言葉を発さずとも、輪に参加しているだけで向こうから話し掛けてくれた。

 自発的に話し掛けられなくても、受け身ならば言葉を返せる。そうして話せる相手を徐々に増やしていったのが、中学一年の時の水城のやり方だった。

 しかしその友人とは別々になった。同じ高校に進学した友達とも離れてしまった。自力で道を切り開くしかない状況に放り出されたのだ。

「全員初対面なんて、今まで体験したことなかったので、私一人の力で友達ができるか不安でした」

 もし誰とも話せなかったら。誰にも名前を憶えてもらえなかったら。お弁当は一人で食べて、グループワークでは腫れ物扱いされて、一言も喋らなかった日があって……。

 考えれば考えるほど悪い未来しか想像できなくなっていた。

「でも、謎解きゲームがあったお陰で――友達ができました」

 ――もう姫華を友達だと思ってるよ? 

 最初に勇気付けてくれたのが廻立だった。彼女と同じグループになったのは水城にとっては奇跡のような巡り合わせだった。明るい性格で、誰とでも分け隔てなく接する廻立を見ていると、かつての友人を彷彿とさせた。同時に、安心した。

 ――彼女の後ろに付いていれば、友達がいっぱいできるかな。

 そう思った時、水城は自分の醜さを自覚した。

 ――私はあの友人を……、友達作りの道具みたいに扱ってたんだ。

 水城は改めて、中学時代を振り返った。


 その友人とは、新しい友達ができてからも、以前のように仲良くしていただろうか。

 ――いや。友人は持ち前の社交性でたくさんの人と仲良くし    ていたし、私も新しい友達がいたから、顔を合わせればお喋りする程度で、小学生のころよりは疎遠になっていた。

 その友人とは、心を開いてなんでも言い合える仲だっただろ うか。

 ――いや。仲良くしていたのは、そうしようと努力していたから。衝突しないよう、波風を立てないよう、顔色を窺って注意していたからに過ぎない。心を開いていたとは、言い難いな。

 その友人とは、だったのだろうか。

 ――。そもそも、そう呼べる間柄の人がいたのかな。


 自問自答をする内に、水城は自己嫌悪に陥った。これではまるで自分の利益のために他人に寄生して宿主を転々とする、寄生虫ではないか。そうして他人に依存して、得たものが表面的な薄い繋がりだった。

 ――私は本当に、そんなものを望んでいるの?

 廻立夕陽は出会って間もない私と友達だと言ってくれた。鈴堂風雅も訊けばきっと友達だと答えてくれるだろう。魅力的で、目を引き、個性の塊のような二人に付いて行けば、おそらく中学生の時と同じく友達はいっぱいできるだろう。

「以前の私は、自分の意見を言うのとかも苦手で、友達に代わりに言ってもらったりしてたんです。でもそんな風に自分に都合の良い人の背中に隠れるのは、もう辞めようって思ったんです。大旗先輩と一緒で、変わりたいって思ったんです」

 手は必ず差し伸べられる。チャンスは必ず巡って来る。そう鈴堂に言われ、チャンスを掴みたいと答えた。しかしそれだけではない。手を差し伸べ、チャンスを生む側にもなりたいと決心した。

「クラスに宝徳明日那さんという方がいるんですけど、同じくらいの身長で、体育の準備運動の時間でペアになることが多いんですよね。無口で、無表情で、何を考えているのか分からなくて……。以前の私ならあんまり関わろうとしなかったと思います。でも、私は積極的に話し掛けてみました」

 どこの中学校だったとか、体育は得意かとか、当たり障りのない質問から入ってみた。しかしこの宝徳はなかなかの難敵だった。「はい」か「いいえ」で答えられる質問は、口を一切開かず、首を縦か横に振るかで答えた。それでは対応できない質問には、「……きくじんひがし中」と最低限の単語を発するだけだった。

「いきなり躓いちゃって、どうしようかと悩みました。心が、折れかけました……。でもそんな時は夕陽ちゃんを見習って、めげずに何度も話し掛けました。すると、段々返ってくる言葉が増えていったんです」

 思い付く限りの当り障りのない質問も出尽くして、共通の話といえば、授業の内容ぐらいだった。

「言葉が似てるから、どっちだったか分からなく、なるんだよね……」

「……化学式に直した時、元素記号に変化がある場合は化学変化。変化がない場合は物理変化。やけん――」

 そこまで言った時、宝徳はパッと口を押えた。目を見開き、しまったというような表情をしていた。頬も少し赤らんでいる。

「……聞いた?」

 水城は最初、何を指しているのか分からなかった。だが思い返して、宝徳の反応の原因を悟った。

「あ、えっと……『やけん』?」

 図星だったらしく、宝徳は両手で顔を覆った。耳まで赤くなっている。

「……方言、出んようにしとったのに……」

 手の隙間からか細い声で宝徳の嘆きが聞こえた。

「うち、高校からこっちに引っ越して来たばっかやけん、方言が直ってないんよ。それが恥ずかしくて、あんま喋らんようにしとったんやけど……」

「か、可愛いよ!」

 方言もさることながら、無表情だった宝徳の恥ずかしがっている姿が愛らしく、。水城は浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。

「ホンマに?」

「ほんま、です!」

 関わろうとしなければ、宝徳の方言を聞くことも、宝徳の恥ずかしがる姿も見れなかっただろう。

「慣れないことをするのは大変だし、上手くやれてるか分からないですけど、私は今すごく楽しいです」

 宝徳だけでなく他のクラスメートとも積極的に話せるようになっていた。

 先日、別のクラスになっていた中学校の友達が中庭で、同じクラスなのだろう生徒と談笑している光景を水城は見かけた。もし今の自分に友達ができていなかったら、直視できていなかっただろう。穏やかな心境で見送れたのは、きっと現状に満足できているからだ、と水城は安心した。

「不安いっぱいでしたけど、今のクラスで仲良くやっていけそうです。だからお礼を言うのは、私の方なんです」

 どうしても本人に直接、感謝を述べたかった。

 謎解きゲームがなければ。最初の友達が廻立でなければ。悪い未来を想像すればするほど、今がどれだけ恵まれて、幸せなのかを実感する。その大本を作ってくれた大旗には、感謝してもしきれない。

「私たちに謎解きゲームを与えてくれて、ありがとうございました」

 今度は水城が頭を下げる番だった。

「……美瑠、大成功だね!」

「うん、良かったね」

「……それで、お礼の印をと思った、んですけど……」

「え、なになに?」

 手先が器用で手芸部に所属する水城が、昨日徹夜して作ったものをバッグから取り出す。

「――お守りだ!」

「入院されてるって聞いて、お守りを差し上げようとしたんですけど……」

 てっきり病院を訪ねるばかりと予想していた水城は、今朝、矢永から大旗の自宅に行くと聞いてなんとなく予感はしていた。

「大旗先輩、もう無事に、手術が終わったんですね」

「あー……うん。実は手術は十五日に終わってて、昨日退院したんだ」

 大旗はバツが悪そうに表情を強張らせた。

「でも! まだ経過観察中だし、また容態が悪化するかもだし」

「それはマズいでしょ」

「とにかく、気持ちが嬉しいから、このお守りはありがたく貰っておくよ」

「なんかすみません……」

 水城は恥ずかしさを隠しながら、少し歪なお守りを大旗に手渡した。

「学校には、いつごろ戻って来れそうなんですか?」

「五月からだよ」

「謎解きの期限が五月一日の月曜日になってたでしょ? あれは努の復学予定日に合わせたの。努が学校に戻るまでが猶予だったってわけ」

 単に一か月で区切っていたのではなかったらしい。

「鈴堂ちゃんは、それにも気付いてたのかもね」

「……あ」

『近いうちに学校で会えるでしょうから』。その言葉は非情な冷たさなどではなく、真相を見抜いた上での、希望を乗せた一言だったのかもしれない。

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