答え合わせ③
水城は目の前のサイダーを手に取った。春風に当たってテーブルの上には結露でできた水溜まりが形成されている。一方的に水城が、ずっと喋っていたので口の中はすっかり乾燥してしまっていた。炭酸が抜けてただの甘い水に成り果てたサイダーが、乾いた喉に染み渡る。
「ごめんね。約束してたのに、私がバラしちゃった」
「ううん、そこまで見抜かれてたら仕方ないよ」
矢永の謝罪に、大旗は首を横に振った。そして水城の方に向き直る。
「じゃあ折角だから、私が謎解きゲームを開催した目的も、どうやって気付いたのか教えてくれる?」
「は、はい!」
目的に一番早く勘付いたのは柳森だった。水城は十三日まで記憶を遡らせる。
草むしりが終わり、ショートホームルーム無しで現地解散となった。みんなが撤収する中、柳森はこっそりと鈴堂に声を掛けた。
「あの、この絵の意味について、鈴堂さんの意見も聞きたんだけど……」
脇には先生に見つからないよう木陰に隠していた、鯉の絵が描かれた板を抱えている。
「意味、ですか」
「そういえば問題にばっかり注目してて絵はあんまり見てなかったかも」
廻立と同じで、水城もなんとなく鯉が泳いでるな、としか思っていなかった。しかし柳森が突き出したそれを改めて鑑賞すると、実に奇妙な絵だった。
水しぶきを上げて気持ちよさそうに池を泳いでいる一匹の鯉。他の鯉たちは打ち上げられたのだろうか、池の周りの陸地でぐったりと横たわっている。動と静が対照的に描かれた、ショッキングとも取れる絵だった。
「メッセージが込められているようにも見えますね」
「『鯉が泳ぐ池』ってお題なら、もうちょっと普通の絵でいいのにね」
二人はあまりピンと来ていないようだった。一方で水城は、微かにだが感じ取るものがあった。残念ながら抽象的で言葉に表すのは難しかったが。
「それと、こっちも見て欲しいんだ」
そう言って、柳森は板をひっくり返した。表側だけでなく、裏側にも絵が描かれていたのだ。
中央に池が描かれているのは表と同じ。違うのは、打ち上げられていた鯉も一緒になって元気に泳いでいるところだった。
水城は裏側の絵を見てようやく込められたメッセージを読み取った。
「みんなで仲良く、泳いでるね」
その一言だけで伝わったのか、柳森は「うん」と呟いて絵に目線を落とした。
「俺もその……イラスト、とか描いてるからなんとなく分かるっていうか……。それと昨日ここで、多分この絵を描いたっぽい人に会ったんだよね。その人はなんていうか、あくまで俺の勝手な想像だけど、俺と似たような雰囲気を感じたんだよね」
「似たような雰囲気……といいますと?」
「根暗で、一人でいるのが好きで、他人との関わり合いを避けてて……。慣れ合うやつらを心の中でバカにしてて、話し掛けてくるやつらを邪険に扱って、まるで表側の鯉みたいに自分から孤立に進んで行く。一人が好きだから独りになったのか、独りになったから一人が好きなのかも分からなくなってるような……」
真っ直ぐで純粋な心を持って堂々と我が道を歩む鈴堂と、誰とでも上手く付き合っていけるコミュニケーション能力を持って常に周りに人が集まる廻立。二人にとっては縁遠い話だろう。ピンと来なかったのも無理からぬことだ。
だが教室にいるのは、そんな華々しい人たちばかりではない。水城のように自分を出せない者、柳森のように関係性を断つ者、等々……。様々な事情が一つの教室に押し込まれているのだ。
「そんな人が、問題が貼り付けてあった側にこの絵を描いたんだ」
一匹で泳いでいる時よりも池の中は窮屈だろう。しかし鯉たちは気持ち良さそうに泳いでいる。
「俺らに謎解きゲームが与えられたのは、このゲームを通して、こんな風にクラス全員で仲良くしてほしいって意味じゃねーかな」
それが柳森と水城が感じたメッセージだった。
「……最初の挑戦状にも、『新しい仲間たちと協力して頑張っていただきたい。』と書いてありましたね。柳森さんのおっしゃる通りかもしれません」
鈴堂の同意を受け、柳森は安堵した様子だった。
「思えばこの場所に隠されてたのも、俺みたいなはぐれ者が来るって見越してたからかもな。普通の人はこんな目立たない場所に来ないだろうし」
果たして出題者はどこまで予測していたのか。この時の水城たちには分からなかった。しかし出題者の意志を尊重しようという意識が芽生えたのは確かだった。
「最後の問題、本当は鈴堂さん一人でも解けたと思うんです。でも鈴堂さんはあえてそうしなかった。みんなで協力して賞品を勝ち取る選択肢を選んだんだと思います」
空になったコップを見つめながら話していたと気付く。水城が顔を上げると、大旗は頬を着いて微笑んでいた。
「ちゃんと私の想いを汲んでくれたんだね」
嬉しそうに声を弾ませた。
「全問正解、だよ」
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