答え合わせ②

 水城と矢永は大旗の部屋に通された。八畳ほどの一人部屋にしてはやや広い部屋で、物が少ないせいかより広く感じた。テーブルの傍には座布団が三つ、コの字型に敷かれていた。矢永がコの縦線の位置に座ったので、水城は入り口に近い方に座った。

 開け放たれた窓から春の風が吹き込む。今朝の予報では、今日は六月並みの暖かさになるらしい。ここに来るまでの道中も午前中にも関わらず蒸し暑かった。しかし大旗の部屋はひんやりとした風が通っているので心地よかった。

 ほどなくしてお盆を手にした大旗が戻って来た。お盆の上にはコップが乗っている。

「二人ともサイダーでよかったかな」

 大旗はシュワシュワと音を立てているコップを目の前に差し出した。ハイネックのニットの長袖から覗く腕は白く、華奢だった。

「私はオレンジジュースがいいな」

「サイダーしかないので我慢してくださーい」

 掛け合いから二人の仲の良さが読み取れる。大旗の声も心なしか弾んでいるようだった。陽気な性格と小柄な背格好から、廻立に似た雰囲気があった。

 さて、と大旗も座布団に座る。必然的に水城と廻立は向かい合う状態になる。

「それじゃあ水城ちゃん。なんで私の仕業だと分かったか、聴かせてもらえるかな?」

「は、はい!」

 といっても黒幕に辿り着いたのは水城の力によるものではない。

「同じ一組で、私の……と、友達に鈴堂風雅という子がいて、その子の推理で、大旗先輩が出題者だと、分かりました」

 話は二十日の木曜日の放課後に遡る。


 鈴堂、廻立、そして水城の三人は生徒会室を訪れていた。扉を叩くと、はい、と返事があり、顔を出したのが矢永生徒会書記だった。

「お忙しいところ失礼致します。私、一年一組の鈴堂と申します。先日は同じく一組の宮内、若宮、亘がお世話になりました。実はそれに関する件で折り入って話があるのですが、お時間宜しいでしょうか?」

 鈴堂は同い年とは思えないほど丁寧な言葉をすらすらと話した。

「……ええ、いいですよ。ちょうど暇してたので。どうぞ中に」

「一組」を強調したのが功を奏したのか、矢永は何かを察したように三人を招き入れた。暇していた、が本当なのか、生徒会室には矢永一人しかいなかった。

「今日は特に仕事も無かったから、私しかいないけど大丈夫?」

「はい。矢永先輩に用事があったので」

 三人は促されるまま椅子に座る。生徒会室、生徒の代表が集う場所なのでもっと特別な場所なのかと想像していたが、室内に並んでいるのはどこの教室にもある至って普通の机と椅子だった。

「――それで、話というのは?」

「不躾ですが二つ、質問にお答え頂けますか」

「なんでしょう」

「一つ目です。矢永先輩は昨年、一年生の頃は何組でしたか?」

「……一組よ」

「二つ目です。大旗先輩は昨年、一年生の頃は何組でしたか?」

 大旗の名前が鈴堂の口から出た瞬間、矢永の瞳孔が僅かに大きくなった。

「……一組。私と同じ一組よ」

「そうですか。ではやはり、大旗先輩が謎解きゲームの出題者だったんですね」

 最後は確認を踏まえた三つ目の質問だったが、矢永は明確な認否はしなかった。代わりに逆質問で返す。

「どうして大旗が出題者だと?」

 鈴堂は喉を鳴らして話し始めた。

「……私は最初、担任の斉藤先生が出題者なのではないかと疑っていました。一問目を解くヒントになったのは斉藤先生の言葉でしたし。謎解きゲームが一組だけで開催されているのも、斉藤先生が担当することになったクラスにレクリエーションの一環として仕掛けたものだと考えれば納得できます。

 しかし賞品が判明した時点で、私は斉藤先生が黒幕である仮説を棄却しました。仮にも教師が生徒に対して試験の模範解答の用紙を開示するとは思えません。それに可愛さ余って教師としてのモラルを超えた行為であったにせよ、英語教諭である斉藤先生が英語の試験ならいざしらず、他の教科の模範解答を手に入れるのは難しいでしょう。

 それと途中、斉藤先生に謎解きゲームの存在が発覚しそうになった場面がありました。黒幕であるなら見て見ぬ振りなどしそうなものですが、その時の斉藤先生は徹底的に問い詰めるような姿勢を表していました。その一件も含めて、出題者は斉藤先生ではないと私は断定しました。

 この段階で、私は他の出題者の心当たりはまったくありませんでした。途中、いくつか気になる点はありましたが、確たる手掛かりもありませんでしたし。今回の謎解きゲームは犯人当てではありませんから、当然といえば当然です。

 手掛かりになり得たのは、これでした」

 鈴堂は鞄の中から紙の束を取り出した。賞品となった、模範解答用紙の全てである。

「え、これ?」

 予想外のものを目の前に出され、矢永は訝しげな表情になる。

「教員が全教科を揃えるのは難しいでしょうが、生徒なら何の苦労もありません。試験を受ければ解答用紙を返却される際に配布されますから。この模範解答用紙はおそらく生徒が保管していたものでしょう。

 その生徒は随分、几帳面な性格なのでしょうね。古いものですと約一年経過していますのに、綺麗な保存状態です。それに細かいですが、折り方にも特徴がありました」

 一番上にあった紙を手に取る。

「この学校で配布される模範解答用紙は全てA3サイズの紙で、封筒に入っていた時には四つ折りになっていました」

 鈴堂は開いた紙を両手でならすと、再び折り目に沿って折り畳んでいく。

おもて面が山になるように一回。さらに設問一が書かれている方が山になるように一回。この折り方をすることで、いつの、何の教科の模範解答用紙なのかが表紙を見ただけで分かるようになっています」

 折り畳まれてA5サイズになった紙。縦書きの国語は右側に『○○考査 国語』と、他の横書きの教科は左上に同じく考査と教科の名前が書かれている。それによっていちいち開かなくても一発で判別できるようになっていた。

「全体を通してどれもこの折り方になっていました。――ただし、三学期の期末考査を除いて」

 それまで鈴堂の手元に目線を向けながら話に耳を傾けていた矢永が、ハッと顔を上げた。心当たりがあるらしい。鈴堂はマジシャンがカードを並べるように、机の上に置いていった。

「三学期の期末考査の模範解答用紙だけは、これまでと折り方が異なっていました。例えば私の机に入っていた化学基礎は裏面が表側に来ていて、二回展開しなければいつの考査のものか分かりませんでした」

 化学基礎に指を置き、矢永の方に滑らせる。表紙には最後の大問が上下反転して書かれている。

「折り方の違い以外にも、紙の端がめくれてしまっていたり、擦り切れてしまっていたりと、あまり保存状態が良いとは言えません。このC英語は斜めの折り目が付いていて、折り直した跡も見受けられます。

 このように三学期の期末考査の模範解答用紙だけ扱いが粗くなっています。それはなぜでしょうか。考えられる可能性はずばり、人が変わったからです。

 先程も申しましたが、試験を受けた生徒であればこれは容易に手に入ります。しかし一学期の中間考査からずっと模範解答用紙を保管していた人物――仮にAさんとしましょう――は、何らかの理由により、三学期の期末考査を受けられなかったのではないでしょうか。

 再試験を受けられたのかもしれませんが、模範解答も当然、再試験の模範解答用紙が配布されます。再試験を受ける方はそう多くはないでしょうから、賞品の中に再試験のものが紛れていると、それを糸口に出題者の身元を割り出すことも出来てしまうかもしれません。身元を明かすつもりのないAさんにとっては、極力目立つ真似はしたくなかったはずです。

 かと言って三学期の期末考査だけ無いのも不自然です。そこでAさんは、通常の試験を受けた別の人物から模範解答用紙を譲り受けて賞品とすることにした、と私は推理しました」

 鈴堂は当たり前のように話しているが、折り方の違い、そんな細かな差異に一組の何人が気付いただろうか。少なくとも水城は鈴堂に指摘されるまで気にも留めなかった。彼女の観察力の高さに水城は改めて舌を巻いた。

「私の推理が正しいとするなら、判明したことが二つあります」

 右手の人差し指と中指をピースサインのように立てる。

「一つは先に述べたように、出題者であるAさんは三学期の期末考査を受けていない。もう一つは、今回の謎解きゲームはAさんの単独、ないしAさんを代表とするグループによって開催された。この二点です」

「本当にそうかな?」

 ここまで黙って聴いていた矢永が、初めて異議を唱える。

「そのAさんとかいう子が出題者の中にいるとして、Aさんの模範解答用紙が他の人と比べて一番綺麗だったから採用されただけじゃない? 期末のが無かったのも、たまたまごっそり紛失させちゃったのかも」

 後半は少々強引とも感じるが、前半は矢永の言い分も充分に考えられるだろう。しかしそれを考慮していない鈴堂ではなかった。異論をぶつけられても垂直に立った二本の指が下がらない。

「この二点を有力視するのは、もう一つ別の理由があります」

「別の理由?」

「それは、ヒントの出し方です」

 事の発端は手に入れた賞品をクラスで共有している時だった。「あの、鈴堂さん……」と浅野が控えめに話し掛けてきたのだ。

「今更こんなこと言っても仕方ないと思うんだけど……。社会科室で机の裏にシールが貼ってあるのを見た時に、思い出したことがあって」

「なんでしょうか」

「入学初日のことなんだけどね。私、自分の席に着いて早々に、ペンケースを机の下に落としたの。それで拾おうとして机の下に潜り込んだ時、机の裏に『Question→Answer』って書かれたシールが貼ってあるのを見たの。その時はもちろん何のことか分からなかったし、前に使ってた人の貼り忘れだろうな、ぐらいにしか思わなかったんだけど」

「『Question』と矢印と『Answer』ですか。それって……」

「そう! 鈴堂さんがQとAの意味を説明してる時に、あのシールってもしかして四問目のヒントだったんじゃないかって。さっき改めて確認したら、今も貼ってあるままだったの」

 浅野は剥がしたばかりであろうシールを見せた。文字数が多いせいか社会科室の机のシールよりも細長いが、マーカーの文字の太さや筆跡が似ていた。鈴堂は徐に自分の机の下を覗き込んだ。

「……私の所にもありました」

 剥がしてみせたそれは、浅野の持っているシールとほぼ同一のものだった。

「これがヒントなら、誰でも発見できるように全員の席に貼ってあるでしょう」

 廻立と水城もそれぞれ確認する。やはり同じシールが貼ってあった。

「……初日、ですか」

「うん。初日の朝。しかも私が一番乗りだった」

「つまりこのシールはそれ以前から仕込まれていた、ということになりますね」

 最終問題のヒントが最初からすでに仕込まれていた。浅野によってもたらされた事実は、新たな謎となって三人の前に立ちはだかった。

「謎解きに苦戦する解答者を見兼ねて、出題者がヒントを出すのは往々にしてあることです。しかしヒントを先に発見してしまえば、問題を解く際に容易になってしまい、醍醐味が半減してしまいます。その危険を承知した上で、出題者はなぜ最初からヒントを近くに潜ませていたのでしょうか。考えている内に、私はずっと感じていた違和感の正体に気付きました」

「違和感?」

「出来過ぎているのです」

 鈴堂はルーズリーフを一枚取り出し、『一問目』と書き入れた。一つずつ整理しながら説明するつもりなのだろう。

「まずは一問目のグループ分けについてです。一問目で指定されたグループと、斉藤先生から指定されたグループワークの班分けが、完全に一致していたことです。とても偶然の産物とは思えないほどに、完璧に重なっていることが違和感でした。

 一問目に関してはさらに、問題文にあった『グループで一つの答えを探し出せ』という言葉と、斉藤先生の発言との一致もありました。これは結果的に問題を解くヒントにもなりました。この二つのシンクロがあったため、私は斉藤先生が黒幕ではないかと疑念を持ったほどです」

 ――一問目は解くまでが極めて速かったです。

 生徒会室に来る前に、鈴堂が放った台詞だった。水城は鈴堂の推理力の賜物だと思っていたが、鈴堂自身は不信感めいたものを感じていたらしい。曰く、まるで誰かが書き起こした筋書きに従って歩かされているようだった、と。

「次は家庭科の授業を初めて受けた時でした。家庭科教諭の清水先生の生徒の当て方は独特で、二つのダイスを転がして出た目で生徒を指名するやり方です。六面体のダイスの目が横の列を、七面体のダイスの目が縦の列を示し、該当する生徒を指名する。

 これは二問目の解き方とまったく同じです。二つの数字が横と縦の列を示し、一つの解を導く、二問目の解き方と」

 ルーズリーフに『二問目 解き方』と記入する。『解き方』とあえて記入したのは、二問目に関してまだ言及する事項があったからだ。シャーペンを走らせ、鈴堂は『二問目 場所』と記入する。

「二問目の答えとなった『鯉が泳ぐ池の後ろ』ですが、それを指す絵が隠されていたのはC棟の裏庭でした。そしてそのC棟の裏庭は、十三日に行われた校内草むしりにおいて、私たち一年一組が担当するエリアでもありました。結果的には草むしりの直前で柳森さんが発見されましたが、柳森さんに絵が置かれていた場所に案内して頂くと、そこは生い茂る雑草の中でした」

 もし柳森が発見していなくても、草むしりを続けていれば、いずれ一組の誰かが発見しただろう。

「次にトレーニング室の正体についてです」

 ここで発言権が廻立に譲渡される。ようやく発言する機会が巡ってきた廻立は、待ってましたと言わんばかりに上半身を乗り出した。

「この前、運動部に入ってる子に見せてもらったんですけど、二十日に一か月の部活動の予定が書かれたスケジュール表が配られたそうです。何日の放課後は校庭で何するとか、いつの土曜日は午前中は他の部活が使ってるから午後錬だ、とか。

 んで、なんでそのスケジュール表を私に見せてきたかっていうと、そこに『トレーニング室』の文字があったからなんですよね。その子、言ってましたよ。『このスケジュール表をもっと早くもらってたら、トレーニング室が社会科室だってすぐに分かったのにね』って」

 言うべきことは終わったとばかり、前のめりになっていた上体を正す。替わって鈴堂が説明を引き継ぐ。

「謎解きの工程で絡んだ要素と、それ以降に関わる事象が不自然なほど連動しています。このことに私はずっと違和感がありました」

 偶然にしては、あまりにも話が出来過ぎている。それが、鈴堂がずっと感じていた違和感の正体だった。

「しかしそれらが全て、私たちに向けられたヒントだったなら、辻褄が合います」

 鈴堂はシャーペンの先を『一問目』に戻す。

「一問目と斉藤先生との二つのシンクロについて、気になった私は廻立さんと共に究明することにしました」

 再び廻立にバトンタッチする。

「斉藤先生とか上級生の人に訊いてみてわかったんですけど、あの班分けの仕方は、この学校がグループワークを授業の一環として取り入れてからずっと変わらないそうですね。斉藤先生は自分の意思で決めたんじゃなくて、今までの慣習に倣っただけ。

 それと最初に行われるグループワークについての説明も、すでに定型化された文章になっている。つまり、この学校の教師と二年生以上の生徒なら誰でも知っていることだったってわけです」

「出題者が予測して意図的に合わせることも可能だったのです」

 事前の打ち合わせもしていないのに、鈴堂と廻立は息の合った掛け合いを繰り広げている。鈴堂は書いたばかりの『一問目』の文字に二重線を引いて消した。

「次に二問目の解き方について。秋湊高校には家庭科教諭が清水先生ひとりしかいらっしゃいません。そして一年次は家庭科が必修科目になっています。つまり一年生はみな、清水先生のあの独特な当て方に触れることになります。もしも二問目で私たちが苦戦していても、印象的な指名の仕方がヒントになったかもしれません。

 絵が隠されていた場所ついては言わずもがなです。もし万が一、そこに至るまで何一つ謎が解けていなかったとしても、あの絵を発見しさえすれば自動的に三問目へと駒を進められます」

「最後にトレーニング室について。なんでも月に一回、運動部の部長がミーティングをするそうですね。向こう一か月、体育館や校庭をどの部活がいつ使用するか確認し合うそうです。そこでの決定に応じて各運動部の部長は練習内容を決めてるんだとか。決定したスケジュールはミーティングの次の日に部全体に連絡されるようになっている」

「定期ミーティングは毎月三週目の水曜日に予定されています。今月は十九日で、『トレーニング室』と書かれたスケジュール表が配られるのは二十日。

 四問目が『トレーニング室』にあると判明したのは十三日。私たち新入生にとって馴染みの無いトレーニング室とは、社会科室の通称であると気付いたのは十七日でした。ですが十七日以降も気付けなかったとしても、二十日になれば『トレーニング室』の文字に触れ、遅からず発覚していたでしょう」

 最後の、『トレーニング室の正体』の文字も二重線で消されると、鈴堂はシャーペンを置いた。

「ちなみに四問目のヒントでしたシールについて、なぜ机の裏に貼ってあったかと申しますと……」

 鈴堂は鞄の中から入学のしおりを取り出す。四月の行事予定が書かれたページを開くと、ある日付を指差した。

「四月二十六日に、防災訓練が予定されていますね。秋湊高校では四月と十一月の年に二回、防災訓練が予定されています。二回行われるのは内容が違うからです。四月は地震の発生を想定した防災訓練で、十一月は火事を想定した防災訓練です。

 教室内で地震が発生した時、私たちが真っ先に取るべき行動は、机の下に身を隠すことです。その際に発見されるのを期待して、机の裏にヒントとなるシールを貼ったのではないでしょうか」

 ふーっ、と鈴堂は長く息を吐いた。流石にずっと喋っていたので疲れたのだろう。

「じ、時間差でヒントが出るように、仕組まれて、いたんですね」

 鈴堂を休憩させるべく、ずっと黙っていた水城がカットインする。

「でも私たちの謎を解くスピードの方が速かったから、ヒントが後出しになって、違和感になっちゃんたんだろうね。鈴堂さん、解くの速すぎだよー」

 廻立の茶々入れに矢永が失笑した。それで空気が和むかと期待したが、

「――で、それがなんだっていうの?」

 矢永は鋭い眼光を鈴堂に向けた。

「……ここまで推察した時、私は不思議に思いました。なぜ、時間差でヒントを出す必要があったのでしょうか」

 間を取って回復した鈴堂は、怯むことなくクールな表情を保っている。

「解答者の進行具合を傍で観察し、苦戦しているようならヒントを出す。それがセオリーな方法です。

 一方で時間差ですと、廻立さんがおっしゃったようにヒントが後追いになる可能性があります。逆に問題に取り掛かる前に、ヒントが先行して発見されてしまえば、謎解きの難易度が急激に下がってしまう危険性もあります。そもそも、ヒントがヒントとして機能する確証もありません。どう考えても、時間差でヒントを出すメリットがないのです。

 しかし今回の出題者はリスクの高い方法を採用しました」

 鈴堂は再びピースサインを作った。

「先程挙げた、有力視している二点がここで登場します。Aさんは三学期の期末考査を受けませんでした。おそらく登校できない事情があり、受けられなかったのでしょう。そして登校できない状態が、今現在も続いているのではないですか?」

 質問に対し、矢永の眉がピクリと動いた。鈴堂はそれを肯定と捉えたのか、そのまま続ける。

「学校に来られないため、私たち解答者の動向も観察できません。そうなることが事前に分かっていたから、ヒントが時間差で出るように仕掛けるしかなかったのでしょう。

 厳密な日付は分かりかねますが三学期から新年度の四月まで登校していないとなると、Aさんを特定できる方法があります」

「先生に訊く、とか?」

「登校していない生徒の情報を教えてほしいとお願いしても、個人情報ですし簡単に教えてくださるとは思えませんでした。せめてもう少し具体的な情報が欲しかったです。そこで私たちは、靴箱を探しました」

「く、靴箱⁉」

 矢永はこの日一番のリアクションで仰天する。水城は矢永に共感した。水城も鈴堂に靴箱を探しに行こうと提案された時にまったく同じ反応をしたものだ。

「春休みに入る前、生徒は上履きも持って帰るよう指示されますよね。年度が変わって最初の登校日に、新しいボックスに自分で入れ替えるために。

 ですが、Aさんが新年度になってから一度も登校していないなら、靴も上履きも入っていない空っぽのボックスがあるのではと考えました。全ての棚を確認したところ、一つだけ該当するボックスがありました。それが、二年一組の大旗努さんのボックスでした」

「……」

 言葉を失ったまま矢永は固まっていた。二年一組から三年六組まで順番に探すつもりだったので、発見したのはすぐのことだった。空っぽのボックスを見つけた時の、鳥肌が立つほどの衝撃を水城は今も覚えている。

「二年生ならば、賞品の模範解答用紙が一年次のものだけだったのも頷けます。二年次のは用意できませんからね。判明した名前を携えて私たちは職員室を訪ねました」

 職員室に入ってすぐ近くにいた先生に話し掛けると、

「大旗さん? ええ、もちろん知ってるわよ。去年私が担当した一年一組の生徒だったからねえ」

 偶然にも元一年一組の担任の先生だった。

「私、大旗先輩と同じ中学校出身でー、同じ高校になってまた会えると思ったんですけどー、全然姿見なくてー、どうしたのかなって」

 廻立の口から出まかせとは露知らず、進藤しんどう先生はあっさりと教えてくれた。

「大旗さんね、今入院してるのよ。元々持病があったらしいんだけど、それが今年に入ってから悪化したらしくて」

「ちなみに大旗さんは何か部活動に所属されていますか?」

「いいえ、持病のこともあって、どこにも入ってなかったわ」

「では、特別親しかった人物などに心当たりはありますか?」

「大旗さんは誰とでも仲良くなれる子だったからねえ。特定の人とっていうよりはクラスのみんなと満遍なく仲良かった印象ね。――何か気になることでも?」

 後輩(の設定)の廻立ならともかく、鈴堂が大旗について根掘り葉掘り訊くことに流石に不審に思ったのか、進藤先生は白髪の混じった眉を顰めた。

「……いえ、心配で……」

 鈴堂は大人しく引き下がった。しかし聞き出した情報は手に入ったのか、表情は満足そうだった。

「心配なんて嘘ついて、悪い子だね」

 矢永は冷やかすように笑った。冗談を言えるまでには落ち着いたようだ。

「心配していたのは事実です。……もっとも、それ以上に知りたいことはありましたが」

「協力者は誰か、ね」

 三学期の途中から休学していたのであれば、大旗単独で謎解きゲームの準備をするのは難しいだろう。少なくとも一問目の問題を全員分の机の中に仕込むためには、終業式の日か春休みの間でなければ不可能だ。となると大旗には必ず協力者がいるはずである。

「候補としてまず挙げられたのは二年一組の鹿島さんです。柳森さんによると、その方は詳しい事情を説明していないにも関わらず非常に協力的だったとおっしゃっていました。また男子バスケットボール部の今村さん。彼もまた私たちの味方をしてくださいました。そして美術部のゆきまつさん」

 雪松とは、あの鯉の絵を描いた張本人だ。柳森が美術部に入部した際にばったり再会したらしく、その繋がりからコンタクトを図ったのだ。

「三人に大旗努さんをご存じか尋ねました。当然答えは知っていると。一年の頃に同じクラスだったと答えてもらいました」

 一組だったかどうかは、鈴堂が念を押して確認していた。

「大旗さんは部活動に所属していませんでしたし、クラスの全員と仲が良かったようですので、協力者は元一組の誰か……いいえ、ひょっとすると全員が協力者なのではないかと考えました。それなら謎解きゲームが一組だけに出題された理由も分かります。一年一組から、新しい一年一組に対する挑戦状、だったのですね」

「だから私にも最初に、一年の時のクラスを訊いたんだね」

「はい。生徒会役員の中にも協力者がいるだろうとは予想していましたし、一問目でも生徒会室が捜索場所になっていたので、一組出身の生徒会役員が居るか尋ねました。出てきたのが矢永さん、あなたの名前でした」

 対面で座る矢永をじっと眺める。水城が事前に聴いた鈴堂の推理は、これで全てだった。あとは相手がどう出るか、だったのだが――

「協力者がいるなら、出題者はなんで協力者にヒントを出させなかったのかな」

「――っ!」

 矢永に指摘されて、水城は初めて矛盾に気付いた。むしろなぜ気付かなかったのだろうと驚く。確かに、登校できなくとも協力者がいたのならその人たちに動向を探らせ、適宜ヒントを出させることも可能だ。

 矢永は大旗の名前は出さず、あえて「出題者」と言った。まだ認めるつもりはなく、矛盾を突いて打ち返そうという魂胆のようだ。

 動揺する水城を尻目に、鈴堂は毅然とした態度で答えた。

「何か確証があるわけではないので私の勝手な想像ですが、今回の謎解きゲームを開催した目的上、私たちと接触する機会を極力避けたかったのではないでしょうか」

「……」

「大旗さんが出題者かどうか、先程の三人に尋ねてもはぐらかされてしまいました。今の矢永さんのように。出題者が発覚して趣旨がブレてしまうのを大旗さんは恐れていた。だから接触する機会をなるべく減らし、出題者が誰か明かさないよう、協力者にも頼んだ。違いますでしょうか」

「……そっか、そこまでバレちゃってるのか」

 観念したように矢永は項垂れた。

「違わないよ。そう、君たちに謎解きゲームを仕掛けたのは大旗を中心とする私たち、元一年一組の生徒よ」

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