第4問 期待「仲良く、なれるかな?」②

「――さて、改めて今回の問題ですが、難点になるのはやはり後半の三行でしょう。構成されている要素は三つ。1から4までの数字と、AとQのアルファベット、そして二種類の矢印です」


  4Q:2Q ⇨ 3↓

  4↓:2↓

  4A:2A ⇨ 1A 


 これまでの問題もシンプルな数字やアルファベットが多かったが、今回もその特徴を踏襲するように簡素なものだった。

「問題文に目を通して、最初に気になったのは冒頭部分です」

 鈴堂は水城が板書した『第4問 これが最終問題である。』の箇所を指差した。『第4問』など本来は書き写す必要は無いだろうが、水城も気になっていた所だったのであえて原文のまま書き出しておいたのだ。

「最後の問題なのであれば、『最終問題 次の矢印――』と始めれば済む話です。にも関わらずわざわざ『第4問』と番号を付けたのは、1から4までの数字が第1問目からこの第4問目までを指しているから、ということを示しているのでしょう。いわばヒントのようなものです」

 ああ、と感嘆する生徒と頷く生徒が半々。ここまでは予想できた者も多いのだろう。水城も同じ考えを持っていた。

「そうしますとAとQのアルファベットが何を示しているのかも自ずと判明します。謎解きでQとA、といえば……」

「Question(問題)とAnswer(解答)……!」

「そうです。『4Q』は四問目、つまりこの最終問題の真の問題文を、『4A』は賞品が隠された場所を表しているのです」

 水城は分かりやすいように書き直す。


 4問目(問題):2問目(問題) ⇨ 3問目↓

 4問目  ↓   :2問目↓

 4問目(解答):2問目(解答) ⇨ 1問目(解答)


 書き直している内に一本線の方の矢印の意味も何となく分かった気がした。

「問題と解答だけでは謎解きは成立しません。むしろ謎解きにおいて最も要となるのは、解き方です。問題に対してどうアプローチすることで解答を導き出すのか。それが謎解きの最大の魅力といえるでしょう。問題から解答に向かっている『↓』は、まさにその解き方を表しているのだとすれば、後半三行は全て解読できます」


 4問目(問題) :2問目(問題) ⇨ 3問目(解き方)

 4問目(解き方):2問目(解き方)

 4問目(解答) :2問目(解答) ⇨ 1問目(解答)


「あとは指示されている通り、『⇨』に従っていきましょう。まず四問目の問題ですが、二問目の問題と三問目の解き方を使用するようです」

「二問目の問題っていうと……、どれだ?」

「あの一人一文字ずつ配られてたやつ?」

「あれか! あれな。あれ、俺なんだったっけ」

 時間にすれば二週間と経っていないのにもう懐かしい。終わった問題だったので記憶から消去されしまっても仕方ないだろう。

「わ、私、記録残してます!」

「さすが、ナイス姫華!」

 水城は自分の席からノートを取り出す。

「じゃあ三問目の解き方ってのは……」

「アルファベットを二文字下げる!」

 こちらは記憶に新しい。自信満々な声が幾重にも重なる。

「まさか、四問目の問題って……」

「ええ。二問目で使った平仮名を、二文字下げた配列のことでしょう」

「え、えっと……」

 いきなりの展開で水城は軽くパニックになる。四十二文字の平仮名を、一つずつ変換していかなければならないのか。

「水城さん。私も手伝うよ」

 動揺していた水城を見兼ねて、畠本が立ち上がった。

「前の黒板じゃ入りきらないかもだから、後ろの黒板を使おう。私が読み上げるから水城さんは書いていって」

「は、はい! お願いします」

 ノートを畠本に渡し、水城はチョークを手に持ったまま後ろの黒板に移動する。

「一番の浅野さんは――『あ』だから……」

「『う』、ですね」

「次の居能くんが……あ、『ね』に濁点が付いてたやつか」

 当時一組を混乱させたあの文字だ。結局その文字が使われることもなかったのでそのまま忘れ去られたが、今になって掘り返される。

「これはどうするの?」

「……確か濁点だけが別用紙を切り抜いて貼ってあったのでしたよね」

「そうそう! 忘れもしねえよ」

「となると、濁点はそのままで、『ね』だけを二文字下げるのかもしれません」

「ね……の……は……『ば』!」

 存在する平仮名へと変換される。

「変な文字混ざってると思ったら、最終問題で変換されるためだったのか」

 当事者である居能はようやく腑に落ちたように深く頷いた。

 その後は順調に作業が進められた。二人でも時間が掛かるということでさらに協力者が増え、結果五分足らずで作業を終えた。


   1  2 3 4 5 6 7

 1 あ ゛ね と か や ほ お

 2 ひ  い り ふ た そ ろ

 3 ぐ  め さ わ せ に ゆ

 4 し  は ぬ つ す が れ

 5 ら  く え う み き け

 6 の  な こ て ま よ も


    ↓(二文字下げる)


   1  2 3 4 5 6 7

 1 う  ば に く よ み き

 2 へ  え れ ほ つ ち を

 3 ご  や す ん た ね ら

 4 せ  ふ の と そ ぐ わ

 5 る  こ か お め け さ

 6 ひ  ぬ し な む り ゆ


「次に四問目の解き方。これは二問目の解き方と同じく、二桁の数字の十の位が横の列、一桁の位が縦の列を表し、符合する一文字に変換する解き方でしょう。必然的に二桁の数字が絶対に必要になりますね」

「じゃあ四問目の解答でその数字がなんなのか分かるのか」

「四問目の解答で使うのは、二問目の解答と、一問目の解答。二問目の解答は……」

「『こいがおよぐいけのうしろ』」

 柳森が即答する。深く関わった彼にとっては忘れられない一文だろう。

「一問目の解答は、それぞれ捜索した教室、になるのかな」

「その二つを矢印に従って……って、どうすりゃいんんだ?」

「これが二桁の数字に変わる?」

 文字と教室名。両者をどのように結び付けたら解答の道標となるのか、みな目見当が付かなかった。しばしのあいだ沈黙が流れる。

「……あ、教室で見つけた数字じゃない?」

「水城さん、メモしてる?」

「ええと、前のページの……ここに」

 十二か所で各々発見されたのは十二個の数字。


 63 22 46 17 66 31 

 22 57 61 54 41 27


 二問目ではこの番号に従って先の一文を導き出したのだった。果たしてそれをもう一度使うのだろうか。とりあえず変換してみる。

「63だから『し』、22は『え』――」


  し  え  ぐ  き  り  ご  

  え  さ  ひ  お  せ  を


「……違うっぽいな」

 どこで区切ったとしても単語になりそうになかった。

「それにその数字が書かれていた紙には、『第2問』とあったので、解答ではなく問題の扱いになるのでは――問題?」

 台詞を途中で切り上げて鈴堂は思考に潜る。頭をフル稼働させる姿をずっと見ていたので、水城は鈴堂の癖を見抜いていた。思考を回転させている時、唇に人差し指を添え、大きな瞳が左右に揺れるのだ。そしてその左右の反復が止まった時、

「――そうでした」

 鈴堂に閃きが舞い降りるのだった。

「一問目の問題文には、『一つの答えを探し出せ』と記してありました。そして答えは同じグループの人で共通する一つの数字でした。つまり、一問目の解答とは、教室名ではなく教室にナンバリングされた番号の方なのです」

 水城は畠本に顔を向ける。目が合った。アイコンタクトを取ると畠本は水城のノートを一枚めくった。そこにも十二個の数字がメモしてあった。


 ① ⑦ ⑪ ⑬ ㉑ ㉓ 

 ㉔ ㉕ ㉛ ㉟ ㊷ ㊹


「あっ! これ……全部、1から7までの数字だ……!」

 符合する番号としての条件はクリアしている。ただ、どの順番かによって文字も入れ替わってしまう。

「ええ。ですのでそれは、二問目の解答の順に沿って並べるのです」


  こ  い  が  お  よ  ぐ  

  い  け  の  う  し  ろ


「一旦、符合させた番号に逆変換してみましょう」


 63 22 46 17 66 31 

 22 57 61 54 41 27


「そしてさらに、この数字が隠されていた教室の番号に変換します」


  ㉕  ①  ㊷  ㉔  ㉟  ㉑  

  ⑪  ㉓  ㊹  ㉛  ⑬  ⑦


「これが正解に導く正しい順番なのです」

「で、でも、一桁の数字があるよ? それは符号できないんじゃ……」

「一桁の数字が二つありますよね。また最後の数字は⑦。7は縦の列しか当てはまらないので、一の位にあるべき数字となります。このことから予想されるのは――」

 鈴堂は前の黒板に数字を書き連ね始めた。丸枠を外して、ただ数字だけを。


 2514224352111234431137


 それらを二桁の数字に組み分け直す。


 25 14 22 43 52 11 

 12 34 43 11 37


「これが、最終問題の解答です。あとは、符合する文字を当てはめていくだけです」

「2の5は……『つ』! 1の4は……『く』!」

 前と後ろの黒板を交互に見比べながら文字を探していく。一つひとつの輪郭が鮮明になるたびに、意味のある単語が浮かび上がってくる。

「3の7は……『ら』!」

 大合唱と共に、最後のピースがはまる。出来上がった文章は――


  つ  く  え  の  こ  う  

  ば  ん  の  う  ら


「机の、こうばん、の裏……」

「こうばんって何?」

「上の木製の板のことです」

「その裏って……ああ!」

 一早く物入れに手を突っ込んだ廻立が叫んだ。両手を入れたかと思うと、ベリリッと何かを剥がす音が響く。

「こんなのが貼り付けてあった!」

 頭上に掲げられていたのは、黒い封筒だった。

「俺んとこにもあったぞ」「私も」「いつからこんなところに⁉」

 廻立の席だけでなく他の全員の席にも同様の封筒があるらしい。水城も手に付いたチョークの粉も気にせず、自分の机の中を探った。

 黒いテープで四方をぐるっと囲うように貼ってある黒い封筒。厚さはそれほど無いので、手が当たった程度の感触では分からないだろう。

 早速封を開ける。中には二枚の紙が入っていた。一枚はA5サイズのコピー用紙、もう一枚は学校で配布されるプリントによく使用されているわら半紙だった。まずはコピー用紙の方から目を通す。


『謎解き制覇おめでとう。

 賞品は昨年度の定期試験の模範解答用紙だ。試験対策の参考にするといいだろう。

 ただし、これは斜め読み程度に留め、初心を忘れず勉学を怠らぬよう精進するように。』


 その言葉通り、もう一枚のわら半紙の左上には『冬期長期休暇明け考査 数学Ⅰ 模範解答用紙』と書かれていた。四つ折りを開くとA3サイズの紙に設問と数式が裏までびっしり並んでいた。解答欄にはすでに数字が埋まっているので、模範解答用紙に間違いなかった。

「模範解答⁉」「マジかよ」「やったじゃん!」「私、二学期期末考査の数学だった。そっちは?」「俺は二学期中間考査の国語」

 一学期中間考査の五教科。一学期期末考査の八教科。夏季長期休暇明け考査の五教科。二学期中間考査の五教科。二学期期末考査の八教科。冬季長期休暇明け考査の五教科。三学期期末考査の八教科。計四十四教科の模範解答が、一人につき約一枚ずつ封入されていた。

 最初に与えられた紙にあった『用意した賞品は、君たちにとって必ず利益になると保証しよう。』という触れ書きを裏切らない、学生にとっては心強い代物だった。これさえあれば向こう一年間は試験に苦しむ心配は無いだろう。

「姫華はなんだった?」

「冬季長期休暇明け考査の数学Ⅰだったよ。夕陽ちゃんはなんだった?」

「私も同じく冬季長期休暇明け考査の世界史だった。鈴堂さんは?」

 水城と廻立は鈴堂の方を仰いだ。

「私は……」

 コピー用紙の文章を眺めていた鈴堂は、声を掛けられてようやくわら半紙に目を向ける。紙を開いて、裏返し、目当ての文字を見つけたようだ。

「三学期期末考査の化学基礎でした。――あの、水城さん。入学のしおりは今も持ってらっしゃいますか?」

「え……ええ、一応持ってますけど……」

「少しお借りしても宜しいですか?」

「いいですけど……」

 今更なにに必要なのだろうか。戸惑いつつも水城は机の中に仕舞っていた入学のしおりを取り出して鈴堂に渡す。鈴堂は数ページほどめくると、とあるページを凝視していた。そして、

「ふふっ」

「――!」

 ほとんど崩れたことのない鈴堂のクールな表情が、初めて笑みをこぼした。

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