第3問 焦燥「どうやったら仲良くなれるんだ?」⑥

「あの、鈴堂さん。手貸そうか?」

 帰りのホームルームが終わった直後、鈴堂に手伝いを申し出たのは柳森だった。柳森といえば、他のクラスメートと関わりを持つことを避け、謎解きゲームにも興味なさそうな印象だった。その彼が三問目を発見した時も寺嶋は驚いたが、自ら参加を申し出たのはさらに驚きだった。

「昼にC棟から声が聞こえて、その後に社会科室に四問目があるかもしれないから鈴堂さんたちが探してるって知って……。だから、俺も参加していいかな」

 鈴堂はすぐには返事をしなかった。お互いに目を見つめている。返事に窮しているのではなく、目を通して意思疎通を行っているようだった。

「ええ、もちろんです。是非お願いします」

 柳森の申し出を受けると、鈴堂は隣にいた廻立に顔を向ける。

「手伝って頂ける人数が多い方が助かるかもしれません」

 なぜわざわざ廻立に言ったのか。廻立はその真意を汲んだのか、教室中に響く大声を上げた。

「みんな~、今から四問目探すの手伝ってくれないかなー!」

 しかし人気者の廻立の提案であっても、困惑した表情を浮かべる人が大半だった。部活に入っている生徒からすれば放課後は忙しく、他のことをやっている余裕はない。ましてや一年生なので遅刻も憚られるだろう。

「それってー、けっこー時間かかる感じー?」

 躊躇している面々の気持ちを代弁するように、横手が間延びした口調で尋ねる。

「すぐに終わらせます」

 一組の全員が見守る中で鈴堂は臆することなく答えた。「終わります」ではなく「終わらせます」と、断定した。いつものクールな表情の中には確固たる自信が滲んでいた。

「……おっけー。ならいいよ」

 代弁者となった横手が受け入れたことで、躊躇していた面々も参加する方向へと流れていく。

 鈴堂がすぐに終わらせると言ったのだから、すぐに決着がつく。ひとえに、鈴堂への絶対的な信頼があったからなせる業だった。

「そうと決まったら、早速探しに行こう!」

 廻立の掛け声を受け、一年一組総勢四十二人は鈴堂を筆頭に社会科室へと向かった。

 時間を惜しむように、鈴堂は移動しながら口も動かす。

「三問目の問題は、十二文字のアルファベットをそれぞれ二文字下げて単語に変換する、という解き方でした」

「シーザー暗号だね」

 すかさず廻立が合いの手を入れる。

「そう呼ばれているそうですね。この解き方が、次の問題を発見するヒントになっているのではないかと思います」

「解き方が?」

「昼休みに、野上さんが机の裏にシールが貼ってあるのを見つけました。シールには『寛延』と江戸時代中期に使用された年号が書かれており、他の机にも同様に歴代の年号が書かれたシールが貼ってありました」

「それがヒントになるの?」

「あ、分かった! 年号を二つ下げるとか?」

「最初は私もそう考えたのですが、私がたまたま調べた机に貼られていた年号は――『平成』でした」

「平成? 今は令和だから、二つ下げるってのは……」

「そう。出来ないのです。ということは、下げるのは年号ではないのです」

 鈴堂の口ぶりから察するに、すでに予想は付いているようだったが、それを明らかにする前に社会科室に到着する。

「昼休みの時に把握した配置から推測をしたのですが、一応確認のため全ての配置を知っておきたいです。そこでみなさんにお願いがあります。どの席に何の年号が貼ってあったかを、私に教えてください」

 一斉に散らばる。総出で確認したところ、席と年号の配置は以下のとおりであった。


 慶安 天和 元文 安永 天保 元治 令和

 天正 正保 延宝 享保 明和 文政 文久 平成

 元亀 寛永 寛文 正徳 宝暦 文化 万延 昭和

 永禄 元和 万治 貞享 寛延 享和 安政 大正

    弘治 慶長 明暦 宝永 延享 寛政 嘉永 明治

    天文 文禄 承応 元禄 寛保 天明 弘化 慶応


 机は合わせて五十五脚あった。一番右の列は机が七脚。二番目から四番目までの列は八脚。廊下側の左列も同じく八脚ではあるが、教室前方に巨大なテレビモニターが設置されている都合で一つ後ろにずれた形になっている。

 年号は最も古いのが『天文』で戦国時代まで遡る。対して最も新しいのは現在使用されている『令和』だった。

「順番的にはどうなんだ?」

「縦方向で見るとランダムですね。横方向で見ると二から三個ほど連続し、飛んだり戻ったりしています。

 例えば『永禄』『元亀』『天正』は順番通りですが、六個先の『慶安』まで飛んだかと思うと、十個遡って『天文』『弘治』と連続し、再び六個先の『元和』に飛んで『寛永』『正保』と続く、といった具合です。注目する点は――」

「お前ら、ここで何やってんだ」

 鈴堂の言葉を遮る怒号が飛ぶ。声の主は、男子バスケ部の部長だった。ユニフォームではなく体操服に着替えている部長の後ろにはバスケ部の部員十数名が控えている。

「ぶ、部長! これはですね、えっと……」

 ここは俺が矢面に立つしかないと決心し、寺嶋は部長の前に躍り出た。

「寺嶋。それに……関も。お前ら部活に来ないで何やってんだ」

 部長に凄まれて心拍数が跳ね上がる。部長のすぐ後ろには大賀迫先輩の姿もあり、粘着質な視線を送っていた。膝が震え、背中に悪寒が走る。頭が真っ白になりそうになりなるが、ここで引くわけにはいかなかった。

「こ、この教室に少しだけ用がありまして……、す、少しだけでいいので待ってもらえません、で頂けないでしょうか」

「用? これから俺たちが部活で使う予定になってたんだぞ。後じゃだめなのか」

 それを指摘されると痛い。謎解きゲームにはタイムリミットがあるとはいえ、まだ二週間の猶予がある。今日でなければならない合理的な理由はなかった。しかし――。

 寺嶋は後ろを一瞥する。せっかく一組の全員が一致団結して協力してくれたのだ。こんな中途半端なまま終わらせたくなかった。

 追い詰められた寺嶋に、「部長」と助け舟を出したのは二年生の今村先輩だった。

「まだ部員も揃っていませんし、ちょっとだけなら待ってあげてもいいんじゃないですか?」

 意外な身内からの擁護に部長と大賀迫先輩は目を丸くする。

「いや、でも、俺らが……」

 なおも主張を譲らない二人と寺嶋が睨み合う。両者の間に、鈴堂が身を滑り込ませた。鈴堂は部長の鼻の先まで、ずいっと顔を近づける。

「本当に少しだけです。机を移動させたら、それで撤収しますので」

 急に距離を詰められたからか、それとも端整な顔立ちの鈴堂に見つめられたからか、部長の目が泳いで動揺している。

「あー……分かった。どのみち机は動かさないといけないんだから、代わりにやってくれるならいいよ」

 ついに部長が根負けした。後ろでは大賀迫先輩が不満そうに口を曲げていたが、結局一言を発さずにむすっとしているだけだった。

「ありがとうございます」

 了解を得た鈴堂はもう用はないと言わんばかりにくるりと踵を返すと、凛然とした足取りで元いた場所に戻った。すかさず廻立が隣に陣取る。

「机、移動させるの?」

「話を続けましょう。一見すると不規則に並ぶ年号ですが、各列の最後尾だけに注目してみてください」

 廊下側の列から『慶応』『明治』『大正』『昭和』『平成』『令和』。

「ああ、順番に並んでるね」

「下げて下を揃えれば綺麗に並ぶね……?」

 廻立は自分の言葉にハッとする。下げるのは年号ではない――

「そうです。机を二つ後ろに下げるのです」

「え、でもちょっと待って。この二列はもう下げられないよ?」

 左の二列を指す。一席分後ろにずれている影響で、最後尾の後方には机二つはおろか一つ分のスペースさえ空いていない。

「ええ。これ以上下げられないので、この二列はそのままで良いのです。中三列も一つ下げれば教室の後ろに到達してしまうので、同様の理由で一席分下げるだけ。一番右の列だけは二席分のスペースがあるので二つ下げます」

 鈴堂の指揮の元、椅子を乗せた机をガタゴトと運ぶ。人数が揃っていたのが幸いしてあっと言う間に、動かせる席は全て下がった状態になる。教室の後方から指示を飛ばしていた鈴堂は下がって来た机に追い込まれ、教室の後ろのロッカーとの隙間に挟み込まれる形となっていた。

 年号の位置は以下のように変動する。


       慶安 天和 元文 安永 天保 元治 令和

    天正 正保 延宝 享保 明和 文政 文久 平成

    元亀 寛永 寛文 正徳 宝暦 文化 万延 昭和

    永禄 元和 万治 貞享 寛延 享和 安政 大正

    弘治 慶長 明暦 宝永 延享 寛政 嘉永 明治

    天文 文禄 承応 元禄 寛保 天明 弘化 慶応


 左上の『天文』から始まり、右下の『令和』まで時系列順に綺麗に並んでいる。

「……ん、あれ? おーい、神鳥。そこ、『天和』だったよな」

 左一列目の前から四番目『元禄』の席にいた館町が、右一列目の前から二番目『天和』の席の近くにいた神鳥に呼び掛ける。

「ああ、そうだぞ」

「『天和』の次って『貞享』じゃね? なんでここに『元禄』があるんだ?」

 館町は後ろの壁に貼られた年号の短冊と見比べながら疑問を呈した。

「『貞享』ならここにあるよ」

 館町の右二つ隣にいた坂井が手を挙げた。

 正しい順番は『天和』『貞享』『元禄』『宝永』『正徳』である。

 しかし割当は『天和』『元禄』『宝永』『貞享』『正徳』の順番になっていた。入れ替わっている。あるいは、こうも表現できるだろう。

「『貞享』が、……!」

 全員の視線が、吸い寄せられるように『貞享』の短冊へと注がれる。

「……あれ、なんかちょっとズレてない?」

 普段なら気付かない些細な違いも、注視すれば違和感を見つけられるものだ。

 歴代の年号が書かれた短冊が一体いつからこの教室の壁に貼られているのだろうか。短冊も壁も日焼けしてすっかり変色してしまっている。『貞享』の短冊も例に洩れず茶色がかっているのだが、その後ろからほんの一ミリだけ、日焼けする前の白い壁が覗いていた。最近になって短冊が移動された形跡が残されていた。

 すぐ下にいた鈴堂はロッカーに膝を掛けて飛び乗ろうとする。

「ちょっ、ダメだよ!」

 近くにいた廻立が危険を察知し、慌てて鈴堂の腰に抱き着いて制止する。

「うえッ」

 内臓を圧迫された鈴堂の口からクールな表情に似合わない呻き声が漏れた。

「寺嶋くん、お願い!」

「え、あ、おおう……」

 代わりに指名された寺嶋が慎重にロッカーの上に上がる。短冊は上下一つずつ画鋲で留められており、まず下の画鋲を抜き取る。短冊に穴が二つ開いていた。これも一度画鋲を抜いて刺し直した跡だろう。上の画鋲も抜こうと短冊を摘まんだ瞬間、異常な厚さがあるのを感じた。壁から剥がし、裏返すとそこには、四つ折りになった紙がセロハンテープで貼り付けてあった。開くと紙面の『第4問』という文字が目に飛び込んできた。

「あった……、あったぞ!」

 寺嶋は右手に握り締めた問題文を高らかに突き上げた。


『第4問 これが最終問題である。矢印(⇨)に従い、以下に示す場所に隠された賞品を探し出せ


  4Q:2Q ⇨ 3↓

  4↓:2↓

  4A:2A ⇨ 1A               』

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