第3問 焦燥「どうやったら仲良くなれるんだ?」③
四月十三日 木曜日。
ゆったりとした時間が流れていた一組の教室に、突如として歓喜の渦が巻き起こる。中心にいるのは柳森とかいう地味な男子だった。話し掛けられたくない雰囲気を出していたはずなのに、みんなの注目を集めながら堂々と手柄を披露した。
「お前すげえじゃん!」
「鈴堂さんでも苦戦してたのに、よく見つけたね」
「ナイスプレーだよ」
賞賛される柳森。
「ええっと。『第3問 次のアルファベットが示す教室に、次の問いがある。RPYGLGLE PMMK』、だってさ」
三問目の問題文を大声で読み上げる廻立。全体で情報を共有するための、廻立の配慮だったのだろうが、その必要性はすぐに無くなった。
「PMMK……」
鈴堂は机からノートを取り出し、寺嶋の思考よりも速い速度でペンを走らせた。また鈴堂が閃いたのだろう。邪魔にならないよう口を閉ざし、全員が固唾を呑んで鈴堂を見守った。
ペンが止まる。
「……何か分かった?」
廻立がおずおずと尋ねる。
「ええ。ですがこれは……。間違っているかもしれません」
「いいよいいよ。取り敢えず言ってみてよ」
目を泳がせて躊躇う素振りの見せる鈴堂だったが、廻立にせかされ、「では……」と解説を始める。
「まず気になったのは問題文の『教室に、次の問いがある。』の部分です」
「ん? 特に変じゃないと思うけど……」
「一問目の問題文は『答えの数字が示す場所に、次の問いがある。』と、教室ではなく場所という言葉が用いられていました」
一問目の問題文をそこまで詳細に覚えているとは。鈴堂の優れた記憶力に寺嶋は舌を巻いた。
「答えに指定された十二か所に教室以外も含まれていたのだとすれば、『教室』という限定的な括りではなく、より抽象的で広い範囲を指す『場所』という言葉が使われたのも納得できます。しかし一問目の答えとなったのは――」
1-1HR教室、被服室、空き教室、化学室、物理室、空き教室、空き教室、生物・地学室、音楽室、2-1HR教室、視聴覚室、生徒会室。
全て教室だ。
「それでしたら問題文にも、今回のように『教室に』と書けば良かったのではないでしょうか。しかし一問目ではそうはせず、三問目で『教室』という言葉を使いました」
鈴堂の言い分は理解できた。しかし出題者が問題文を推敲する内にたまたま別の表現になってしまっただけではないのか。
鈴堂の速すぎる推理を前に、寺嶋は完全に置いてけぼりになっていた。
「アルファベットが並んでいますので、解答となる教室は英語表記で示されていると仮定しましょう」
そうですね、と鈴堂はクラスメートたちを振り返った。
「例えば、音楽室は英語に訳すとなんでしょう」
さながら英語教師のように問いを投げ掛けた。
「ええと、Music room?」
宍倉が答える。英語が得意なのか、流暢な英語だった。
「では美術室は」
「Art room」
「調理室は」
「Cooking room」
「そうです。教室名は英語に訳すと大抵、最後が『Room』になるのです。ここでもう一度先程のアルファベットに注目してみましょう」
鈴堂は自ら黒板の前に移動すると、チョークを持って書き始めた。
『RPYGLGLE』、一文字空白を開けて『PMMK』。『PMMK』の部分に鈴堂は下線を引いた。
「この『PMMK』、『ROOM』と形式が似ていますよね。四文字で、中二文字が同じアルファベット」
「……あ」どこかから、誰かの声が漏れる。
「アルファベット順!」
「そうです」
十二文字のアルファベットの隣に、『JKLMNOPQRSTU』と一部を切り取って書き記す。
「Pを二文字下げるとR。Mを二文字下げるとO。Kを二文字下げると、M」
下線が引かれた『PMMK』の下に、『ROOM』の文字が浮かび上がった。
「このように、それぞれのアルファベットを二文字ずつ下げると、三問目の答えとなる教室名が現れるのです」
問題文の中には『Y』が含まれていた。『Z』まで来ると再び『A』に戻るとすると、答えは以下になる。
RPYGLGLE PMMK
↓
TRAINING ROOM
「と、トレーニングルーム!」
「そこを探せば次の問題があるってわけだな」
「タイムリミットまでまだ間に合うかな」
ようやく前進の兆しが見え、みんなの顔に快活さが蘇る。今にもトレーニングルームに駆け出さんばかりの熱気が充満し始める。その中で、寺嶋は悄然と黒板を眺めていた。
――何も出来なかった。
クラスメートたちの期待に見事に答えて謎を解き明かした鈴堂。対照的に、何の活躍も無く、何の役にも立たなかった寺嶋。教壇に立つ鈴堂と自分の席に座る寺嶋。たった席三つ分しかない距離が、途方もなく遠く感じた。
「みなさん、待ってください」
鈴堂の声が響き渡る。その一声は一瞬で場を黙らせる効力を有していた。
「入学のしおりの校内マップを見てみてください」
「……」
見てくださいと言われても、授業が始まってもう使う機会が無かったので、誰も持ってきていなかった。寺嶋も当然持っていない。
「あ、わ、私、持って、ます」
唯一、声を上げたのが水城。たちまち水城の周りに人が群がる。
――クソッ、なんで持ってこなかったんだ……!
後悔しても時すでに遅し。寺嶋の周りからどんどん人が離れていく。
水城のしおりを覗き込んでいた廻立が、事実に気付いた。
「トレーニングルームなんて、どこにも無いじゃん!」
教卓に立つ鈴堂は表情を曇らせていた。冒頭で「間違っているかも」と言ったのは謙遜ではなく、この事実に初めから到達していたからだろう。
「探す場所が存在しないって、またそのパターンなの~⁉」
廻立の嘆きが教室にこだました。
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