第3問 焦燥「どうやったら仲良くなれるんだ?」②

 入部する部活は入学する前からバスケットボール部と決めていた。中学生の頃にも所属していたからだ。中学では、部の中ではそれなりに動ける方で、フリースローは一番上手だと自負していた。そのため高校でも活躍する姿しか想像していなかった。

 体験入部期間を終えて、正式に男子バスケ部に入部したのは寺嶋を含めて合計十一人。その中には同じクラスの関駿人もいた。身長一八〇センチと恵まれた体型が目を引いたのか、バスケ部員からの熱烈な勧誘によって、未経験ながら入部を決めたらしい。

「一年生、集合!」

 十一人が部長の号令で一列に並ぶ。入部したばかりなのでまだユニフォームは無く、体操服で参加している。

 目の前には部長と、その後ろで二年生の大賀迫おおがさこ先輩が腕を組んで睨みを利かせていた。ユニフォームにビブスを着た出で立ちで、バスケットボールを抱えているのがカッコよかった。

「このバスケ部は知っての通り大所帯だ」

 三年生が十三人、二年生が九人、マネージャーが二人。野球部やサッカー部にも比肩するほどの人気のある部活だ。

「そのため一学年にそれぞれ、リーダーを一人任命している。三年のリーダーはもちろん部長の俺だ。二年のリーダーはこの大賀迫。そして一年のお前らには今、リーダーを決めてもらいたい」

 リーダーという言葉の響きに寺嶋はときめいた。

「誰かやりたいやつはいるか」

「はい!」

 部長が言い終わるか否かの瞬間で寺嶋は手を挙げた。

「……リーダーはメンバーの統制や連絡事項の伝達、その他重要な仕事を任されることになる。いわば代表だ。リーダーになる以上、他のメンバーからも信頼される振舞いが求められる。それでも出来るか」

「出来ます!」

 中学生の頃も部員をまとめる場面は多々あった。その実績と、バスケの腕に自信があったので、寺嶋は手を挙げ続けた。

「……分かった。名前は?」

「九星です!」

「違う、上の名前だ」

「寺嶋です!」

「寺嶋の他に、立候補したいやつはいるか」

 お互いに顔を見合わせるだけで手を挙げようとする者はいなかった。

「では、リーダーは寺嶋で決定していいな?」

「……はい!」

 寺嶋を除く新入部員十人はバラバラに頷いた。

 ――よし! これで良いとこ見せて、挽回するぞ……!

 寺嶋は心の中でガッツポーズをした。しかしこのリーダー拝命もまた、寺嶋の空回りとなる。


 まず実力に関しては、一年生のみの練習試合で早々に現実を思い知らされた。

 ドリブルやチェストパス、コート内の全てのスピードが桁違いに速い。寺嶋は付いて行くのが精一杯だった。ボールを受け取ってもすぐに奪われる。自負していたシュートはそもそも打つチャンスが無い。挙句の果てには、バスケ初心者の関にパスカットされる始末だった。

 後に判明したことだが、メンバーの中には地区大会常連校に所属していたり、県大会に出場した経験があったりと、寺嶋よりも格上の実力者が半数以上を占めていた。活躍はおろか、どう見てもチームの足を引っ張っていた。

 体験入部の時期は優しかった先輩たちが、今は厳しい視線を向けている。

 部活がらみではもう一つショッキングだった出来事があった。

 先輩の練習試合を観戦していた日のことだった。両チームが攻めあぐねて中々シュートが決まらない展開が続いていた。ハーフタイムを終え第三クォーターが始まってすぐ、二年生の今村いまむらという先輩がスリーポイントシュートを見事に決めた。高めの放物線を描いたボールは、リングに掠ることなく静かにネットを揺らした。今村先輩のシュートフォームが綺麗で、試合後、寺嶋は真っ先に先輩の元に駆け寄った。

「あのシュートめっちゃ良かったですね! あんなところから決めるとかマジ鳥肌でした!」

 褒められた先輩も照れ臭そうに笑っていた。だがその光景をたまたま近くで見ていた大賀迫先輩に、寺嶋はその日の練習終わりに呼び出された。

「なんだあの口の利き方は」

「え……」

「俺らはお前の友達じゃないんだよ」

 どうやら先輩に対する態度や言葉遣いが気に入らなかったらしい。しかし寺嶋にとっては中学の時はこれが普通だった。どこが怒られるポイントだったのか、自分では分からなかった。正直にそう告げると、

「もう高校生なんだぞ。いつまでも子ども気分でいるな。敬語なんて自分で勉強すればいいだろ」

 一蹴された。むしろ言い返したことで余計に火に油を注いでしまった。

「部長が言ってただろ。リーダーは他のメンバーから信頼されるようじゃなければならない。お前がそんな態度でどうするんだよ」

「……はい、すみません」

 訳も分からぬまま、寺嶋はその後も大賀迫先輩になじられ続けた。


 上手くいかない部活動に引きずられる形で、友達作りの方もあまり芳しくなかった。初日は順調なスタートを切ったと思っていた寺嶋だったが、二週間ほど経った現在は想像していた光景とはだいぶ違った。

 積極的に話し掛けてみるものの、

「音楽とか何聴く?」

「邦ロックとかかな。最近だとレッドインザダスクの曲をよく聴いてる」

「ああ、『シグナルを掬って』の」

「いや……それは別のバンドの。レドインの有名な曲っていうと……、今車のCMで使われてる『インフィニティ』とか」

「あー……えっと、どんなやつだっけ」

「どんなって……、ほら、なんか、フフフンフーンみたいな……」

「ああ、あれね。良いよね。うん……」

「おお……」

 会話が続かない。こんなにも自分は人付き合いが下手だっただろうかと自分が信じられなくなるほど円滑に出来なかった。焦燥感で頭よりも先に口が動いて、微妙な空気になって終わる。それがまた焦りに拍車を掛けて空回る。負の連鎖が続いていた。

 教室にいても部活をしていても今までのように楽しく過ごせない。

 ――俺から話し掛けるのが上手くいかないなら、逆に話し掛けられるようにならなきゃ……。そのためには――。

 謎解きゲームが二問目から滞っているのは同じクラスなのでもちろん寺嶋も把握していた。部活動に時間を割かれて自由に行動できる時間は限られているが、ここで次の問題を見つければ一躍英雄になれる。

 もう俺が目立てるのは、それぐらいしかない。

 寺嶋は盛り返し図るために情熱を燃やした。三問目が発見されたのは、その直後のことだった。

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