第3問 焦燥「どうやったら仲良くなれるんだ?」①

 四月三日 月曜日。

 見慣れた街並みが車窓を流れる。乗車した駅の隣駅は市街地にあるため、よく友達と遊びに来ていた。しかし今日からは、まだここでは降車しない。見慣れたホームを扉が遮り、知らない風景へと連れて行く。

 寺嶋九星は、満員電車の中でこれから始まる新生活に心を躍らせていた。聞き慣れない駅名を五つほど過ぎる。あの字でそう読むのか、などと扉上の路線図を眺めていると、ようやく目的地がアナウンスされた。

 寺嶋が振り分けられたのは一組。できれば他の数字が良かったが、これも一つの運命と割り切った。こんな晴れやかな日に落胆なんてしていてはもったいない。それよりも早く新しい教室を見たかった。

 教室に入るとすでに半数ほどが登校していた。

「おはよう。おはよう」

 自分の席に着くまでにすれ違う人には挨拶を欠かさない。寺嶋の席は廊下側から三列目、前から四番目と、教室のど真ん中だった。隅の席というのも一興だが、四方を人で囲まれた席の方が寺嶋は好きだった。その方が、色んな人と話せるからだ。

 前の席には女子が座っている。後ろと右隣はまだ空席だった。左隣には男子が座っており、なにやらカードのようなものを凝視していた。

「おはよう。今日からよろしく」

「ん? ああ、こちらこそ」

「何見てるの?」

「これ。なんか机の中に入っててさ、他の人も入ってるっぽい」

「まじ? 俺のとこにもあるかな」

 机の中を確かめると、同じサイズの紙が数枚入っていた。

「なんか謎を解いていくと賞品がもらえるんだって」

「へー、謎解きゲームとかいうやつか。お堅い学校かと思ってたけど、そんなレクリエーションやるんだ」

「んー……それが、教師にはバレるなって書いてあるんだよね。だから学校主催じゃないかも」

「え、じゃあ誰が?」

「さあ。謎を解いてったら最後に分かるんじゃない? 謎解きゲームってそういうもんじゃん?」

「あー、確かにね」

 寺嶋は謎解きゲームについてあまり詳しくなかったので、正直「そういうもん」なのか分からなかったが、取り敢えず話を合わせておいた。

「この問題、分かる?」

「……いやー、わっかんねー」

 なんにせよ新しいクラスメートと早速会話が出来ている。これは良い滑り出しなんじゃないだろうか。

「あ、そういえばまだ名前言ってなかったね。俺は寺嶋九星。九つの星で『きゅうせい』ね」

「俺は橋田栄斗。栄えるに北斗七星の斗。よく栄える『人』って間違えられるんだけど、北斗の『斗』だから」

「えいと、か。俺が九星だから、八と九だな!」

「……ああ、はは」

 ――……あれ。あんまりウケなかったな。まあいいや。それよりも、謎解きゲームか。ここで活躍できれば、一気に人気者になれるチャンスなんじゃないか。

「俺なぞなぞとか苦手なんだよね」

 口ではそう言いながら、寺嶋は頭はフル回転させた。

 しかし寺嶋の思惑も虚しく、鈴堂という女子が一問目をたった一日であっさりと解いてしまった。

 それでも挽回する余地は充分に残っていた。どうやら少人数グループにそれぞれ一箇所、次の問題が隠された教室が割り当てられているらしい。そこで問題を発見できれば、賞賛されるに違いない。寺嶋は同じF班になった橋田と、辰見千晴、野依夢心の女子二人の計四人で捜索にあたった。

 担当するのは㊷。A棟二階の、三年生のHR教室の隣の空き教室だった。絶対に見つけてやる。肩を回して意気込む寺嶋だったが、

「あ、あったよ」

 後ろのロッカーの、側面に張り付けてあったテープを、辰見が十分と経たずに発見してしまった。

「お……おお、見つかって良かったね」

 笑顔を作り、努めて明るく振舞ったが、内心は穏やかではなかった。まあまだ一問目だ。焦る必要は無い。寺嶋は自分を宥める。

 しかし寺嶋の空回りは、これで終わりではなかった。


 二問目のヒントが出揃った六日の昼休み。まだ高校生活が始まって四日しか経っていないにも関わらず、クラスの空気感らしきものが出来上がっていた。

 コミュニケーション能力の高さを発揮する生徒が意見を言い合う。その中でも最もコミュ力の高さを匂わせていたのは廻立だった。彼女がリーダー的存在となって一組全体を纏めていた。

 そしてそんな廻立たちが一目置いているのが鈴堂だった。整った顔立ちに清楚な佇まい。男女問わず魅了するほどの美しい見た目もさることながら、初日から見せつけた聡明さで人心を掌握し、もはや一組のカリスマ的存在として注目を一身に浴びていた。

 リーダー。カリスマ。どちらも、寺嶋が望んでいたポジションだった。このままでは二人に人気を席巻されてしまう。寺嶋も埋もれまいと、ろくに考えを働かせないまま必死に食らい付こうと声を上げた。

「名前の頭文字を繋げるとか!」

「あ、こ、ま、ほ、か……いや、単語にならないな」

「それに四十二個しかないから無い平仮名があるし、そもそも居能くんの存在しない文字はどうするの?」

「そ、そうか……」

 無鉄砲な寺嶋はあっけなく撃沈した。その後はやはり鈴堂が先導して、解答を導き出した。心を一つにして盛り上がるクラスメートたちをよそに、寺嶋は鈴堂に対して、嫉妬に近い感情を芽生えさせていた。

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