第2問 忌避「友だちって必要か?」④

 四月十一日 火曜日。

 一階の購買で惣菜パンを買った柳森は、教室には戻らず、昇降口で靴に履き替えて校舎を出た。そしてC棟の裏手へと向かった。

 特別教室が主なC棟は、昼休みになると生徒の姿が少なくなる。そのため教室から誰かに見られる心配は無い。またC棟の裏側には常時施錠された裏門があるだけで、周りは背の高い木々が植えられているので校外からの視線も遮ってくれる。どの方向からも死角になるのだ。

 雑草が茂り、日当たりは悪くないが、ひとたび校舎の陰に隠れると風通しが悪くなり、ジメっとしている。一人になりたい柳森にとってはうってつけの場所だった。

 高校生になってまだ一週間しか経っていないが、例の謎解きゲームの影響か、一組はすっかり打ち解けて和気あいあいとした雰囲気になっていた。購買に行く途中で柳森は他の一年のクラスを窓越しに覗いてみたが、まだよそよそしく、机を付けて昼食を共にするなんて空気感ではない。ところが一組では、早くもその光景が随所に見られるようになっていた。

 一人でいたい柳森は肩身の狭さを感じていた。そんな折に見つけたのがこの場所だった。柳森は昼休みになると騒がしい空気から逃れるように、ここに足を運んだ。

 常連を気取っている柳森だったが、実は見つけたのは昨日の昼休みの時で、訪れたのは今日でまだ二回目だ。まあ、いずれは常連と呼んで差し支えなくなるだろう。柳森は校舎の影に潜り込み、コロッケパンの袋を開けてかぶり付いた。

 謎解きゲームといえば、二問目の謎が解けてから五日が経過していた。『こいがおよぐいけのうしろ』に次の問題が隠されているらしいが、小耳に挟んだ情報では、「鯉が生息している池」はこの学校にはないらしく、捜索に苦戦しているらしい。

 そうなると考えられるのは三パターンだ。

 一つ目は、解き方が間違っている可能性。解き方が違うので、当然答えも違うことになり、見当違いの場所を捜索していることになる。

 しかしこの可能性はあまり考えたくなかった。鈴堂の肩を持つわけではないが、柳森も同じ考えに至った経緯があるので、自分が間違いだったと認めるのはどうにも抵抗がある。それに間違っているにしては、文章として成立しすぎている。瑕疵がないのは正答である裏付けと考えても良いだろう。

 二つ目は、変換が違う可能性。問題の性質上、「こいがおよぐいけのうしろ」と平仮名のみの答えとなった。柳森を始めおそらく全員が「鯉が泳ぐ池の後ろ」と脳内で変換したが、それが間違いなのかもしれない。「鯉」ではなく、「恋」や「来い」と考えられなくもないし、区切るところが違うことだってありえる。「ノウシロ」という植物が生育している場所を指しているのかもしれない。そんな植物が存在するのか柳森は知らなかったが。

 三つ目は、校外の池の可能性。前提として、出題者は問題文を学校内に隠したとは明言していない。そのため学校近くの、「鯉が泳ぐ池」に三問目が眠っているのかもしれない。もっともこれが正だとすれば、捜索範囲は無限に広がり、アンフェアなゲームと言えるだろう。フェアなゲームだという保証もされていないが。

「あーー……」

 柳森は空になったパンの袋をくしゃくしゃに丸めた。また謎解きゲームについて考えていた。毒されてしまったのかもしれない。

 二問目を解き明かした、あの昼休みを思い出す。鈴堂や廻立を中心にクラスメートが団結して、協力して、一つの目標を目指す。ドラマのような青春くさいワンシーン。

 ――どうでもいいんだよ。

 柳森は心の中で毒づいた。


 個人主義の柳森だったが、最初から人付き合いを避けていたわけではない。幼稚園、小学生の頃は普通に友達がいて、休憩時間には校庭でサッカーをしたり、家に遊びに行ったりもしていた。

 その関係性が綻び始めたのは、高学年に上がってからだった。当時よく行動を共にしていた友達たちが、次第に先生に対して反抗的になっていったのだ。わざと宿題を忘れたり、授業中に大声で騒いだりと、挑発的な態度を取るようになっていた。

 最初は柳森も真似していたが、根が真面目だった柳森は内心、いつも怯えていた。先生に叱られるのが怖かった。それなのに友達に同調して、自分から叱られに行っている。

 ――俺は何をやっているんだろう。

 冷めた眼で見た友達の姿は、はっきり言ってダサかった。反抗的に振舞って悪ぶっているのを、とてもカッコ悪いと思った。

 柳森は徐々にその友達たちと距離を置くようになった。友達の方も良い子ちゃん気取りの柳森をノリが悪いやつだと見なし、あえて引き留めようとはせず、言葉を交わさなくなった。

 中学生になったのを契機に、関係は完全に断たれた。友達はクラスの目立つポジションに仲間入りし、相変わらず反抗的な態度で調子づいていた。対して柳森はその騒がしいグループに極力関わらない生活を送っていた。視界に入れないようにしていたし、視界に入らないようにしていた。

 気付けば柳森は、一人になっていた。

 いじめられたとか、ハブられたとかではない。柳森が自ら孤立へと向かったのだ。それに案外、一人も悪くなかった。合わせたくないのに行動を合わせる必要もないし、面倒な付き合いから解放される。一人でも学校生活が難なく送れると気付いてしまった。

 それからというもの、柳森は誰とも関わろうとしなくなった。バカ騒ぎするクラスメートを横目に、教室の隅で存在感を消して波風を立てないように過ごしてきた。学校行事なんて面倒臭いだけだし、特別なこともいらない。ただ何事も無く日々が過ぎればそれで良かった。

 仲良くなろうなんて、もっての外だ。


 柳森は青い大学ノートを開いてシャーペンを走らせていた。勉強をしているわけでは勿論ない。ページに広がっているのは文字ではなく、イラストだった。

 最初は落書き感覚だった。学校で一人で過ごしていると結構暇な時間が多く、どう潰すかが中学生の柳森の課題だった。ノートの端に、当時ハマって読んでいた少年マンガの敵キャラを描いてみた。熱血タイプの主人公ではなく、非情で冷徹なその敵キャラの方が好きだったからだ。

 記憶を頼りに初めて描いたにしてはまあまあの出来だった。その時はそう思っていたのだが、いざ帰ってマンガを開いてみると、全然似てなかった。服飾のデザインも違うし、体型も原作よりもずっと痩せていて弱々しい。なにより柳森が一番好きな冷徹さがまるで表現できていなかった。無性に悔しくなり、原作を見ながら模写を始めた。

 やってみて初めて気付いたのが、マンガの線の多さだった。服の皺や髪の毛まで細かい線が無数に描き込まれている。しかも線の太さも違ったりと、ただ流して読んでいるだけでは気付かないほどの描き込み量だった。

 二時間、一心不乱に描き続けてようやく終わった。改めて比べてみる。しかし、完璧に模写したはずなのに、自分の描いた絵には魂がこもっていないように感じた。

 それからというもの、柳森はマンガを模写するのが趣味になった。学校でもノートの端にいそいそと描き溜めていた。決して誰にも見られないよう、細心の注意を払いながら。

 絵を描いているのは柳森だけの秘密だった。他の生徒にバレると笑われそうで、隠れて描くのが習慣になっていた。

「ふぅ……」

 一段落着いたところで柳森は大きく息を吐き出した。集中していると呼吸をするのを忘れてしまうので、定期的な深呼吸を意識している。

 今描いているのは柳森オリジナルのキャラクターだった。デザインを練りに練ったおかげで、まだ途中だが納得できる出来に仕上がっていた。自分のイラストを眺めていると、ある悩みが再燃し始めた。

 柳森は美術部に入部しようか迷っていた。オリジナルのイラストを描いている内に、絵の構造や見せ方などにも興味を持つようになり、絵画などを鑑賞するようになっていた。部活動の中で唯一、魅力に感じたのが美術部だった。

 ――……でもなあ、イラストと絵画じゃ違うしな。それに部活紹介の時、圧倒的に女子の割合が多かったし。

 柳森は一週間近く、悩んでいたのだった。

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