第2問 忌避「友だちって必要か?」①

「あたしたちなんて二年生のクラスだよ⁉ 絶対ムリだって……」

 横手よこて光輪ひかりが悲劇的に嘆く。お互いに知り合って間もないJ班の四人だったが、おそらく横手のこの意見にはメンバー全員が同意していただろう。

 鈴堂という女子生徒が発見した第一問目の解き方によって、J班の四人もそれぞれのカードを突き合わせた。共通していた数字は、⑬だった。⑬が示す場所、それはここ一年一組の真下にある、二年一組のHR教室だった。

 面倒臭いことをしてくれたな、とやなもりせいろうは苦虫を噛み潰したような顔をする。いや、それを言えば、この謎解きゲームがそもそも面倒臭かった。出来るだけクラスメートとは関わり合いを持たずに高校生活を送りたかったのに、早々からゲームに強制参加させられ、協力プレイを強要され、早々で目標が潰えてしまった。柳森にとっては散々なスタートだった。

 その日はこの教室にも二問目が隠されているらしく、全員で捜索にあたった。本心ではさっさと帰ってしまいたいと思っていた柳森だったが、協力することが当然のような空気がすでに形成されており、小心者の柳森はそれを実行できる勇気が無かった。仕方なく、探しているふりを続けていた。

 二問目が見つかった後は、各班、明日の放課後に担当の教室を捜索しようという流れになっていた。

「しょうがないけど、俺たちも行くしかないかな。明日」

 前田まえだけんが流れに掉さす提案をJ班にする。自己紹介の時もそうだったが、彼は司会役というか、まとめ役を自ら買って出るタイプだった。極力発言したくない柳森にとっては好都合な人物だった。

「あたしらだけ行かないってのもありえないし、腹括って行きますかー」

 絶対ムリだと嘆いていた横手も、言葉通り腹を決めたらしく、笑顔を浮かべる余裕さえ見せていた。

「……」

 ほうとく明日那あすなは無言でコクリと頷く。鈴堂もクールな印象を与える面持ちだったが、宝徳はそれ以上に無表情で無感情だった。今も、実は楽しみにしているんだと言われれば信じてしまいそうなほど、何を考えているのか分からない。

 それぞれ個性的な三人の目が、一斉に柳森に向く。俺は行かない。そう言えるはずもなく、柳森は宝徳に倣って無言で頷いた。


 四月四日 火曜日。

 放課後、外の非常階段を降りて二年一組の教室に四人で向かう。

 教室にまだ大勢が残っている時間帯は避けたかった。しかし誰一人居ないのも困る。勝手に捜索するわけにはいかないからだ。前田と横手が話し合った結果、帰りのショートホームルームが終わってから、三十分待って下の階に降りることになった。柳森と宝徳はその決定に従う。

 二日目にして、早くもこの班の傾向が浮き彫りになってきた。前田が主導し、横手が合いの手を入れ、柳森と宝徳は黙って付いて行く。前田も横手も、二人から積極的な発言を引き出そうとはせず、四分の二が無言を貫いている状況にも不満はなさそうだ。柳森にとってはますます好都合だった。

 二年一組の教室には、女子生徒が一人だけ残っていた。最良と言って差し支えない、望外のシチュエーションだった。

「あの、すみません」

 前田が先陣を切って話し掛ける。

「ん……。はい?」

 顔を上げると同時に眼鏡のヒンジを押さえる。銀縁眼鏡のレンズがきらりと光った。その光に勝るとも劣らない白い肌。たった一歳しか変わらないはずなのに、ものすごく大人っぽく見えた。机の上には教科書やノートが広げてある。

「……新入生の子?」

 前田の首に締められた赤いネクタイを凝視しながら尋ねてきた。

「はい、そうです! それで、実は俺たち、謎解きをやってて……」

 体育会系気質でハキハキと喋る前田が、妙にどぎまぎしている。上級生の女子生徒に緊張しているのかもしれない。

「……この教室に次の問題? があるらしくてー、ちょっと探させてもらっていいですかー?」

 見かねた横手が説明のバトンを引き継ぐ。前田も前田だったが、横手も若干言葉が足りていない。

 ――そんなんじゃ不審に思われるんじゃないか……?。

 柳森の心配とは裏腹に、先輩は「どうぞ」と快諾した。

「失礼しまーす」

 先輩に対してもあまり緊張感の無い横手、続いて表情筋が強張りがちな前田、足音立てずに宝徳が扉をくぐる。とんとん拍子に事が運び過ぎではと密かに面食らっていた柳森が最後に入室する。

「棚とか机の中とか勝手に見ちゃって大丈夫だから」

 勝手に見ることを勝手に許可して良いのだろうか。

 ともあれ先輩の許可が下りた以上、遠慮せずに物色させてもらう。柳森はさっさと見つけて早く切り上げたかった。

「センパイは放課後いつも教室で勉強してるんですか?」

「ううん。ちょっと用があったから残ってただけ」

 横手は先輩と会話しながらその周辺を重点的に探る。他の三人は二人から離れて、それぞれバラバラに捜索にあたった。


 四人もいるのだから、まあすぐに見つかるだろう。そんな柳森の淡い期待は裏切られた。鹿島かしま先輩と絶えず会話していた横手は、すでに連絡先を交換するまでの仲に発展していた。奥では前田が羨ましそうにその光景を盗み見ている。

「見つかんないねー。どうしよっか」

「うーん……」

 ようやく先輩から離れた横手が前田に尋ねる。言外にもう帰りたそうだった。

 昨日発見された、二問目が書かれたテープを、柳森も一瞬だけ目撃した。かなり小さいサイズで、それを教室の中から探すとなると思いのほか骨が折れる。もちろん表示プレートも確認したが、流石に二匹目のどじょうは期待できなかった。

「また明日、来ればいいんじゃない?」

「でも、明日も先輩が居るとは限らないんじゃ……」

「私なら明日も残ってると思うよ。それにもし私が居なかったとしても、他の子に話は付けておくから、大丈夫」

「ほら、鹿島センパイもそう言ってるし、今日はもう帰ろうよー。宝徳さんも帰りたいよね」

「……」

 無言で頷く。宝徳も無表情ながら、少しだけ疲労感を滲ませていた。

「じゃあ……また明日来ます」

「うん。気を付けて帰るんだよ」

「センパイまたねー」

 そうして四人は二年一組の教室を後にした。

「他のグループは見つけたのかなー?」

「みんな苦戦してるんじゃないか?」

 教室に戻ると、まだ鞄が残っている席がちらほらあった。柳森たちのように、この時間まで捜索を続けているのだろう。ということは、前田の言うように他の班も苦戦しているのかもしれない。

「それじゃあ、明日もよろしくな」

「おつかれー」

 前田と横手は鞄を取ると早々に帰って行った。宝徳に至っては音もなく、いつの間にか姿を消していたので、気が付けば夕暮れに染まった教室には柳森ただ一人が取り残されていた。

 俺もさっさと帰ろう、と柳森は机の横のフックに吊り下げていた鞄を手に取って肩に掛けた。

 ――……っと、あぶねえ。忘れるとこだった。

 扉に向かいかけた足を引っ込め、机の中にあった一冊のノートを掴んだ。五冊組で売られていた一般的な大学ノート。四冊は他の教科のノートとして使用しているが、この青を基調としたノートは別の目的で持っていた。表紙だけではただのノートに見えるだろう。しかし中身は、絶対に誰にも見られるわけにはいかなかった。そのため学校に置いて帰ることはせず、必ず持ち帰るようにしていた。

 ノートを取り出す。その拍子に、同じく机の中に入れてあった数枚の紙が飛び出して宙を舞った。床に落ちるのを待って拾い上げると、謎解きゲームの紙だった。『一年一組諸君~』から始まる挑戦状と、四つの数字が書かれた一問目のカード、『第2問 こ』と書かれたカードの三枚セットを落としてしまったようだ。

「……」

 拾ったカードを眺めていると、無意識の内に、先程までの鹿島先輩の言動を振り返っていた。

 ――何も知らないにしては、理解が早すぎるんじゃないか? まるで俺たちがやって来るのを見越していたような……いや、待ち構えていたかのような。ちょっとして、あの鹿島先輩が――

「ッ!」

 遠くの方から、けたたましい衝撃音が響いた。軽量で硬いものが床にぶつかったような、グワァンと金属が震える残響がある。椅子が倒れた時の音に似ていた。

 ――って、なに考えてんだよ、俺。

 思考を断ち切る音が契機となって、柳森は自分を客観視した。謎解きなんてどうでもいい。何を真剣に考え込んでいるんだ。馬鹿馬鹿しい、と。

 柳森は三枚の紙を無造作に机の中に放り込んだ。

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