第1問 不安「友だち、出来るかな……?」⑤

「S、M、T、W、T、F、○。○に入るアルファベットはなんでしょう」

「英語に訳した曜日の頭文字だから、S、ですか?」

「正解。じゃあ次ね。J、F、M、A、M、J、J、A、S、O、N、○。○に入るアルファベットはなんでしょう」

「今度は月の頭文字だからD、ですね」

「正解。やるねー」

「前に、見たことある、問題だったので……」

「じゃあ次は……、O、T、T、F、F、○。○に入るアルファベットはなんでしょう」

「え、ええっと……」

 これは知らない問題だった。流れからしてこれも英単語の頭文字を取ったのだろう。七個並びだったので曜日、十二個並びだったので月、とすると六個並びの身近なものは……。水城はパッと思い付かなかった。

「S、でしょうか。数字のOneからFiveまでで、次は六なのでSixのSでは?」

 頭を捻る水城の代わりに鈴堂が答える。

「正解。姫華、個数に惑わされたでしょ」

「あ……はい。まんまと、引っ掛かっちゃいました」

「私も出された時に同じ手を食らったよ。――こんな風に誰でも知ってる順番を利用した謎解き問題も多いよね。英単語だったり、もちろん日本語でも」

 捜索の片手間で廻立が即興の問題を出題してくれていた。

「あとやっぱり多いのはイラスト問題だよね。イラストを言葉に変換したり、文字を足したり引いたりして別の単語にしたり。それから――」

 謎解きゲームの最中とあって、今後の参考になるかもしれないからと、謎解き問題に関する知識も教えてくれる。

「廻立さん、お詳しいんですね……」

「聞きかじった程度だけどね。こーいう謎解きが好きな友達がいてさ、よく問題出されてたんだ。私も対抗して自作の問題出したなー」

「じ、自分で作ってたんですか? すごい、ですね」

「いやいや、やってみると案外出来るよ? 解き方のパターンがあるから、そこに当てはめていくだけだからね」

 そう言ってはいるが、やはりある程度の知識は必要だろう。

「難しかったのはむしろ難易度設定かな。簡単に解ける問題はあんまり面白くないし、逆に難しすぎて解けなくても良い問題じゃないからね。謎解きは解けた時の快感を楽しむための遊びだから、ギリギリ解けるラインを見極めるのが難しかったよ」

「確かに、ずっと分からないのは、ストレスですよね」

「そう。出題する側は、解いてもらうために謎を作ってるから。見破られて悔しいって感情もあるけど、ちゃんと正解してくれた嬉しさもあるんだよね」

「今も、作ったり、するんですか」

「いやー、今はまったく」

「なんだか、もったいないですね……」

「あはは、そうかな? まあ、興味なくなっちゃったからね……」

 ずっと明朗に喋っていた廻立の声が、その台詞の時だけは尻すぼみに小さくなっていった。

「何かの参考になればと思ったんだけど、あんまり役に立ちそうになかったかな?」

 切り替えるように元の声量に戻る。壁に掛かった時計を見上げながら言った。

 捜索を始めてから早一時間が経過している。耳を傾け、頭を回転させながらも、隙間をこじ開けて怪しい紙が挟まっていないか目を通していた。シールのようなものが貼り付いていないか手で触って確認したりもしたが、一向に見つかる気配がない。

「どこにもないね」

「そうですね。……もう時間も遅いですし、今日はこのあたりで撤収しましょうか」

 腕時計に目をやった鈴堂が提案する。捜索に夢中になっていて気付かなかったが、西側の窓の外はオレンジ色に染まり、反対側はすっかり暗くなっていた。

「昨日が偶然合っていただけで、私たちの正解はここではないのかもしれませんし」

「……」

 鈴堂の推理は間違っていない、と断言したかった。しかし当の本人に冷静な分析をされてしまっては、水城は何も言えなかった。

「そうだね。まだ時間はあるんだし、気長に探していこう!」

 空気も暗くなる中で、廻立の明るい声が反響する。

「お腹減っちゃった。ねえねえ、この辺りで買い食いできるところってあるのな?」

「下校時の不必要な寄り道は校則違反ですよ」

「不必要じゃないもん。食事は必要だもん」

 教室に置きっぱなしの鞄を取りに行くべく、視聴覚室を出る。

「そういえば、他のクラスの子に訊いてみたんだけどさ」

 昨日の今日でもう他のクラスの人にまで接触しているのか。水城は密かに驚いた。廻立のコミュニケーション能力は計り知れない。

「この謎解きが出題されてるのって、一組だけらしいよ。他のクラスは全然、なんにもないみたい」

「一組だけ、ですか」

「な、何か、意味があるん、でしょうか」

「さあ……分からないけど、ちょっと気になるよね」

「一組だけ……。いち……」

 はたと、鈴堂の足が止まる。

「もしかして……」

 くるりと踵を返し、鈴堂は今来た廊下を戻る。

「あ、え、鈴堂さん⁉」

「どうしたの。忘れ物?」

 水城も廻立と一緒に鈴堂の後を追いかける。走らず早足で廊下を歩いているあたりは鈴堂らしいが、いつものお淑やかな雰囲気は無く、追いかける二人の声が耳に入っていないようだった。

 結局、三人は視聴覚室に舞い戻る。

「お二人とも。この教室に、『7』の付くものはありませんでしたか?」

「な、7……ですか?」

「どうだったかな。でも、なんで7?」

 大きな瞳を忙しなく動かしながら、鈴堂は疑問に答える。

「A班の答えは①でした。そして、表示プレートの『1』の数字の上に二問目が書かれたテープが貼ってありました。もしかすると、答えの数字が書かれた場所に、二問目が隠されているのかもしれません」

「そうだとすれば、私たちは⑦だったから、7の付く場所にあるってことか」

「でも、7なんて……あった、かな」

 手当たり次第探しながら、水城は記憶を呼び戻す。

「すみません。撤収しようと言ったのに、手を煩わせてしまって」

 謝罪を述べる間も立ち止まらない。なびく黒髪が、西日を受けて艶々と輝いていた。

「全然っ、そんな、手伝います!」

「今帰ったら、気になって夜も寝れなくなっちゃうからね。それに、下校時間にはまだ余裕が……あっ!」

 廻立が短い叫び声を上げる。

「ありましたか」

「時計! 時計だよ!」

 廻立の指差す先には、どの教室の壁にも掛かっているアナログ式の時計。盤上には当然、『7』の数字がある。誰よりも早く鈴堂が、時計の下に滑り込む。

「……ありました。昨日と同様に、テープが貼ってあります」

 軽い身のこなしで鈴堂に続く廻立、二人に大きく遅れて到着した水城も、その存在を確認する。白地に黒字のシンプルな数字が書かれた文字盤。それを覆うガラスに、昨日と同じような白いテープが貼ってある。

「ホントだ、あった! けど――」

 広い視聴覚室のどこからでも見えるように、時計は天井近くに掛かっている。そのためテープは昨日よりも高い位置に貼ってあった。

「ど、どうしましょう……。また、関さんの、手を借りましょうか」

「あの高さなら、椅子に乗れば私でも届くかもしれません」

 言うが早いか、鈴堂は近くにあった椅子を持って来る。そして、そそくさとシューズを脱ぎ始める。

「で、でも、危ない、ですよ」

「そうだよ。私が……」

「この中で一番手の届く可能性があるのは、私です」

 廻立は推定一五〇センチ前後と小柄で、水城は一六一センチ、モデルのようなスタイルの鈴堂は一七〇近くと、確かに鈴堂の言う通り、可能性が最もあるのは鈴堂だろう。二人の心配をよそに、鈴堂は椅子に登り、時計めがけて腕をいっぱいまで伸ばす。

「……くッ」僅かに届かない。

 つま先立ちになる。椅子を支える二人の腕にもぐっと緊張感が走る。指先が、テープの隅に掛かった。

「届きまし――」鈴堂が快哉を叫ぼうとした次の瞬間、一直線に伸びていた鈴堂の身体がくの字に曲がった。

「りんどうさんっ!」

 鈴堂の陰がスローモーションで落ちてくる。

 突風が水城の頬を撫でた。






 椅子がけたたましく倒れる。

「あ……」

 膨大な情報量の余韻に茫然としながら、水城は床に目をやった。

「危なかったね。怪我はしてない? 鈴堂さん」

 廻立が鈴堂をがっちりと抱きかかえ、受け止めていた。鈴堂はというと、廻立の腕の中でしばらく目をぱちくりさせた後、ハッと上体を起こした。

「す、すみません! 廻立さんの方こそ、怪我はありませんか?」

「私は大丈夫。力だけは自信があるからね」

 ニッと笑い、上腕に力こぶを作るポーズを構える。

「……助けて頂いてありがとうございました。私、また……」

 夕陽に照らされる鈴堂。解答に辿り着いた時も、捜索中も崩れなかったクールな表情が、初めて感情を露にする。その顔は悔しそうであり、ひどく悲しそうでもあった。

「二人とも無事そうで、良かった、です」

「それより、テープは取れた?」

「え、ええ……。ここに」

 開いた右手には丸まったテープが握られていた。足を滑らせる直前にしっかりと剥がしていたらしい。

「早く見せてよ!」

 くしゃくしゃの養生テープを伸ばすと粘着面に文字が書いてあった。二問目の問題文で間違いないようだ。

『第2問‐12 27』

 昨日見つけた問題文と多少、数字が変わっただけだった。

「……やっぱり、これだけしか、書いてない、ようですね」

 繋ぎ合わせれば問題文が完成するのかと期待していたが、どうやらそんなに甘くないらしい。悲観する水城の傍らで、鈴堂は無言でじっと数字を見つめていた。

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