第1問 不安「友だち、出来るかな……?」④

 四月四日 火曜日。

 体育館の床に座らされた新入生の前で、それぞれの部活がユニフォームを着て新入部員の勧誘を行う。シューズを鳴らしてスリーポイントシュートを決めるバスケットボール部に、気合の入った掛け声とともに型を見せる空手部、短距離走やらランニングやら投擲やら、とにかくありったけの競技を詰め込んだ陸上部、……。

 新入部員確保のために力を入れているのは運動部だけではない。バケツ片手に墨汁の滴る大筆を振るう書道部。流行りのポップを奏でる吹奏楽部。気を引こうと趣向を凝らしたパフォーマンスが目まぐるしく展開していく。

 合間合間には、力を入れていないのか、それとも派手なパフォーマンスが出来ないのか、ステージ上でのスピーチで終わる部活もあった。

「鈴堂さんはどの部活に入るか決めた?」

 部活紹介も終わった放課後、水城は鈴堂と廻立の三人で、視聴覚室に隠されているはずの問題文を探していた。

 昨日はクラスメート全員で手分けして捜索していたが、今日はグループに分かれて担当の教室で捜索にあたっている。この広い視聴覚室を三人で、隅々まで物色しているので時間がかかるだろうと予想された。無言では気まずい時間が流れる。

 気を使ってなのか元々の性格なのか、廻立は手を動かしつつも雑談を始めた。

「いいえ。まだ決めていません」

「興味あるとこが無かった感じ?」

「興味……がある部活はあるにはあったのですが、どうやら部員が昨年度でゼロになってしまい、今は休部になっているようです」

「へー、何部?」

「文芸部です。本を読むのが好きですので。それに活動もあまり活発そうではなかったので、私に合っている思ったのですが」

 窓辺で本を開く黒髪の美少女。時折吹く風が、ページと髪を撫でる。水城のイメージする文芸部の中では、確かに鈴堂に似合っていそうだった。

「そっかー……それは残念だね。水城さんは? 部活決めた?」

 当然、同じ質問が水城にも投げられる。予測していたので予行演習はばっちりだ。

「わ、私は手芸部に、入ろうかな、と」

「あー、そういえば昨日の自己紹介でも言ってたね。手先が器用なんだ」

 私の自己紹介覚えてくれていたんだ、と水城は感激する。

「いや、器用とか、全然……。ただ、ちょっと好きなだけ、です。あっ、ま、廻立さんは……?」

 褒められ慣れていないせいであたふたしてしまい、掃除ロッカーに入っていた箒を持ったまま、手を激しく横に振る。

「私はね、逆に興味がありすぎて迷ってる。どれも面白そうだったし、思い切って文化部もいいかなって。放送部でしょー、あと茶道部とかー」

 廻立は指折り数えて名前を挙げる。片手では済まなそうだ。まだ見ぬ未来への展望に期待を寄せる廻立を見て、水城は羨ましいと感じた。

 入学する前から水城は手芸部に入部すると決めていた。得意だからという理由ももちろんあるが、新しいことに挑戦しようとする気概がそもそも無いのだ。廻立が吟味していた部活紹介も、水城はステージショー程度にしか思っていなかった。

 謎解きゲームも然り、何事にも興味を持ち、常に前傾姿勢で楽しもうとしている廻立が眩しく見えた。

「ディベート部も面白そうだったな。さっきのは何言っているか、全然分かんなかったけど」

 決められたテーマに対して肯定派と否定派に分かれて議論することを目的とするディベート部。部員数は三名なので肯定派一名、否定派一名、審判一名で、ステージ上で舌戦を繰り広げていた。テーマは、『ゲームが学力に悪影響を及ぼすか』だった。

「そうだ、鈴堂さん。一緒にディベート部に体験入部してみない? 鈴堂さん、なんか強そうだし」

 鈴堂の大きな瞳で射抜かれながら、冷静な口調で真っ向から意見を否定される。そんな状況を想像しただけでも、水城は首をすくめた。間違いなく、一言も反論できずに心が折れるだろう。

「いえ、私は……他人と議論を交えるのはあまり得意ではありません」

「そうかなぁ。得意そうだけど。昨日だって一問目の解き方をみんなに分かりやすく説明してたじゃん?」

「物事を説明するのと意見を言い合うのは別ですよ」

 ――……あっ。

「そ、そういえば、昨日はすみませんでしたっ」

 水城の突然の謝罪に、鈴堂は小首を傾げる。

「なんのことでしょうか」

「昼休みに、畠本さんに話し掛けられて、咄嗟に、鈴堂さんに押し付けてしまって」

「……ああ、そのことですか」

「ご迷惑だったんじゃないかって……」

「別に構いませんよ。それほど手間ではなかったですし」

 その言葉を聞いて安堵する。

「よ、良かった、です。謎を解いたのは、鈴堂さん、ですし、頭の良い鈴堂さんに説明してもらった方が、いいかなって」

「そんな、お世辞を言って頂かなくても」

「お世辞じゃ、ありません。本当に、思っています」

「うんうん、そうだよ。私も思ってたよ」

 ホワイトボードの前にいた廻立が、腕を組みながら同調する。

「たった一日で解いちゃうんだもん。出題者も予想外だったんじゃない? 体力しか取り柄のない私だけだったら、一問目でタイムオーバーになってたよ」

「それを言うならば、水城さんも先生の発言が問題文と一致していると気が付いていたではありませんか。それに表示プレートに二問目のテープが貼ってあると気付いたのも、水城さんの功績です。私だけでは、こんなに早く事が運ばなかったでしょう」

 賛辞を述べる間もクールな表情と滔々とした口調は変わらない。ただ、社交辞令ではなく本心を語っているのだと、水城の眼を真っ直ぐに射抜く眼差しが物語っていた。面と向かって言われると嬉しいものだ。しかしやはり、恥ずかしさが勝ってしまう。

「で、でも、やっぱり鈴堂さんは、すごい……と、思います。いつでも凛としてますし、人前でも堂々と喋れるし……。私は、そんなこと、出来ないから……」

 謙遜が、いつしかネガティブな様相を帯びる。

「……中学の時の、友達が何人か、この高校に入学したんですけど、みんなとクラスが離れ離れになってしまって……」

 訊かれてもいない水城の自分語りが始まる。止めようと思いつつ、自分から始めたくせに、中途半端な所で勝手に切り上げるのも申し訳ないと思い、口が勝手に動く。

「自分の意見を言うのとかも、苦手で……。だから、友達の陰に隠れて、代わりに言ってもらったりしてて」

 早く終わらせたいと焦るほど、話が纏まらなくなって冗長になる。

「掃除当番替わって、とか……、学級委員やって、とか……。本当は嫌だけど、断れなくて引き受けちゃったり。そんなことがあって、余計に友達の口を借りるようになって……」

 ――あー……、二人の顔見れないや。急に何言ってんだろ、とか思われてるかな。いいから手を動かして探せよ、とか思われてるかな。

「でも、今まで隠れ蓑にしてた人が居なくなって、周り誰も知らなくて、私一人で……。だから」

 だから。

「私、友達、作れるかな……って、不安なんです」

 入学初日から、いや、それよりも前から胸に燻っていた気持ちを初めて言葉にする。喋り終えた後の沈黙が居心地悪かった。

「なんだ」

 沈黙を破ったのは、またしても廻立だった。

「じゃあもう大丈夫じゃん。私はもう水城さん――姫華を友達だと思ってるよ?」

「え……」

 ――……なんだか言わせたみたいな流れになったかな。

 相変わらずのネガティブ思考は止まらないが、無邪気な笑顔を向ける廻立を見ていると、邪推が消えていく。

「何? 私じゃ不満だった?」

「あ、いえっ、そういうわけじゃ……」

「あはは、なら良かった」

 廻立が知らない人にも積極的に関わっていき、すぐに仲良くなれるのは、こういう飾らない素直な性格だからだろう。

 仲間外れにされるのが怖くて、顔色を窺いながら生きてきた水城とは違い、この二人は差し引きなしの本心を語っている。語る本心に自信を持っている。そんな廻立と鈴堂が、とても格好良いと水城は感じた。

「私も、自分から友人を作るのはあまり得意ではありませんが」

 そう前置きして、鈴堂は改めて水城に視線を向ける。

「手は必ず差し伸べられます。チャンスは必ず巡ってきます。大切なのは、そのチャンスを掴みたいと思えるか、ではないでしょうか」

「チャンス……」

 その言葉を聞いて水城が真っ先に思い出したのは、昨日の畠本に話し掛けられた出来事だった。あれも、畠本や他のクラスメートと仲良くなれるチャンスだったんじゃないだろうか。だとしたら水城は自分から手を振り払ったことになる。

「……そう、ですね」

 いつまでも誰かの背中にくっ付いているわけにはいかない。

「私、次は必ず……、掴みたい、です……!」

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