第1問 不安「友だち、出来るかな……?」③

 自己紹介(――謎解きに夢中ですっかり忘れていた)が終わると、入学のしおりに沿って今後の高校生活に関する説明が行われた。目次の次ページには学校長の挨拶が長文で掲載されていた。紙面からも熱量が伝わってくる。

 校訓、校則の説明へと続き、三年間の教育課程の一覧表も見開きで載っている。一年生はまだ全員共通だが、二年からは選択授業が増え、三年では文理選択も待っている。入学したばかりの今はまだ遠い未来の話に聞こえるが、いずれは自分で自分の道を選んでいかなければならないんだなあ、と水城はぼんやりと考える。

 四月の行事日程、年間行事予定と進み、次のページには校内マップが掲載されていた。説明会や受験で訪れたことがあるとはいえ、まだまだ知らない場所は多い。

「ここからはオリエンテーションということで、一緒に校内を巡りたいと思います。しおりを持って、廊下に出席番号順に並んでください」

 斉藤先生の指示に従って各々席を立つ。廊下に向かおうとした時、肩を優しく叩かれた。振り返ると、呼び止めたのは鈴堂だった。

「水城さん。これ……」

 鈴堂の左手にはさっきまで眺めていた入学のしおりが、校内マップのページで開かれた状態で掲げられていた。右手の人差し指は右下の箇条書きされた文字を指している。凝視すると、「……あっ」

 鈴堂の伝えたいメッセージを読み取った。

 マップには五階から一階までの各教室、それと体育館や駐輪場などの教室棟周辺の設備全てに番号が振られ、右下に番号と対応する教室ないし設備の名前がまとめられていた。ここ一年一組の教室は「1」とあり、右下には「①1-1HR教室」と書かれていた。そう、丸囲みの番号で、場所の名前が示されていた。


 先頭を行く斉藤先生が説明しながら進んでいく中、水城は前を歩く廻立に、それとなく鈴堂の発見を伝える。

「そっか。だから番号がわざわざ丸で囲ってあったんだね。私たちは⑦だったから……『視聴覚室』?」

「――視聴覚室です」

 廻立の小声と斉藤先生の大声がリンクする。ちょうど目の前に現れたのが、⑦がナンバリングされた視聴覚室だった。鈴堂の推理が正しければ、ここに次の問いが隠されていることになる。

「元々は大きなスクリーンを用いて授業を行っていましたが、個人用のタブレットが支給されてからはあまり使用されなくなりました。それでもグループワークの時間に使用することもあるので覚えておくように」

 視聴覚室は、HR教室があるA棟と特別教室があるC棟を繋ぐB棟の五階に位置し、HR教室二つ分はある広い教室だった。

「こ、こんな広いところから、次の問いを、探さなきゃいけないん、ですよね……」

「ね! 大変そうだね~」

 台詞とは裏腹に、廻立は楽しみにしている雰囲気だった。

 校内を一通り巡り終わって教室に戻るころには、ちょうど昼休みの時間になっていた。

「午後はしおりの続きを説明しますので、一時にはこの教室で、しおりを準備して待っていてください」

 そう言い残して斉藤先生は退出していった。中学までは担任も同じクラスで昼食を取っていたが、そうか、高校では違うのか。高校生になった実感を思わぬ形で味わいながら、水城は弁当を取り出す。

「ねえ、一問目が解けたんだって?」

「んえぇッ」

 いきなり声を掛けられて水城は奇声を発してしまった。取りこぼしかけた弁当を辛うじてキャッチする。話し掛けてきたのは水城の右前の席の、畠本はたもとという女子生徒だった。気付けば他の生徒も何人か水城を取り囲むようにして立っている。

「さっきのレクリエーションの時に、話してるのが聞こえたの。ねえ、私にも解き方教えてよ」

「あ、あの……、えっと」

 畠本は初対面でもグイグイいけるタイプの人間らしく、屈託のない笑顔で間合いを詰める。

「解いた、んですけど、私じゃなくて……あの、鈴堂さんが……」

 つい咄嗟に鈴堂へ丸投げしてしまった。

「鈴堂さん?」

「ん……?」

 名前を呼ばれた鈴堂は、今まさに弁当箱の蓋を開けようと両手を添えた瞬間だった。

「は、畠本さんが、解き方を知りたい、らしくて……」

「ああ、なるほど。分かりました。カードを見せて頂けますか?」

 開けかけた蓋を一旦閉め、鈴堂は畠本たちに解き方を説明し始めた。気分を害した様子はなかったが、思い返せば鈴堂は今朝からずっとクールな表情を崩していない。感情を表に出さない性格なのだろう。昼食の邪魔をされて怒っているかもしれない。

 ごめんなさい、と水城は一人反省する。

 鈴堂の推理はやはり正しかったようで、どのグループも直線が繋がり、四つの数字に一つだけ共通の数字が入れ込まれていた。

 鈴堂の的確な解説。それといつの間にか会話に参加していた廻立の、持ち前のコミュニケーション能力の高さで他のクラスメートたちに積極的に話し掛けた結果、昼休みが終わるころには全員が、二問目が隠されている場所を把握するまでになっていた。

 場所は以下の十二か所だった。


 A班 ①1-1HR教室

 B班 ㉟被服室

 C班 ㊹空き教室

 D班 ㉕化学室

 E班 ㉔物理室

 F班 ㊷空き教室

 G班 ㉛空き教室

 H班 ㉓生物・地学室

 I班 ⑪音楽室

 J班 ⑬2-1HR教室

 K班 ⑦視聴覚室

 L班 ㉑生徒会室


「俺ら生徒会室って、こっそり潜入しろってことか? バレちゃいけないんだろ?」

「バレちゃいけないのは先生であって、他の生徒にはいいんじゃない?」

「だとしてもどう説明すればいいんだよ。第一そんな場所、探しものしていいのか?」

「あたしたちなんて二年生のクラスだよ⁉ 絶対ムリだって……」

 阿鼻叫喚がこだまするなか、浅野が一際大きな声で叫んだ。

「待って! 私たちのグループの①って、この教室じゃん!」

 浅野の一声で、水を打ったように静まり返る。

「……え、てことはこの教室のどっかに二問目があるの?」

 誰かの囁きで再びざわざわと騒ぎ始める。そのタイミングで、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


 午後も引き続きしおりに沿って説明が行われた。定期券の購入手続きに関してなど重要な話ばかりだったが、教室のどこかに二問目が隠されていると思うと、落ち着いていられなかった。つい周辺に目を配らせてしまう。水城だけでなくみんなも考えていることは同じのようで、全体的にそわそわしていた。

「今日はここまでとなります。明日は上級生との交流会と、部活紹介。明後日からはいよいよ授業が始まりますので、忘れ物のないように注意してください」

 締めの言葉を述べ、斉藤先生が教室を後にする。姿が見えなくなったのを確認すると、一斉に席を立って捜索を開始した。

「このサイズのカードを見つけるって、難しくね?」

「でもこの人数なら……」

「教卓には何も無さそう」

 手当たり次第に捜索するクラスメートたちの中で、鈴堂だけは椅子に座ったままだった。俯きがちな目元はどこか虚ろで、熱が奪われ、今朝のような冷たい瞳に戻っているようだった。

「ど、どうか……しましたか?」

「あの、私はもうこれ以上……」

「え?」

「……いえ、なんでもありません。忘れてください」

 鈴堂が言葉を飲み込んだのは明白だった。しかしここで一歩踏み込む勇気は水城には無かった。

「そうですか……」

 気にしつつも大人しく引き下がる。

「一問だけ、この一問だけなら……」

 目を閉じてぶつぶつと鈴堂は呟く。そして瞼が開かれると、その眼には再び真剣味が宿っていた。唇に人差し指の第二関節を当てる。

「挑戦状に該当する紙と一問目は、発見しやすいように机の中に入れてありました。発見されなければ謎解きに参加してくれませんし、そうなれば出題者の本意ではないでしょうから。ですが二問目の問題文は当然ですが、逆に隠さなければなりません。謎を解く前に偶然見つかった、では謎解きのシステムとして破綻していますから」

「そ、そうですね……」

「重要になってくるのはどう隠すか、です。例えば箱のようなものに入れたとして、私たちが発見する前に教師に見つかればこの謎解きが発覚してしまいます。発覚した時点でゲームオーバーという条件を付けた以上、出題者は教師の目に付かないよう対策を取らなければなりません。かつ、私たちには発見できるような隠し方。どのような方法が考えられるでしょうか」

 しらみつぶしに探すのではなく、鈴堂は理論的な思考で在り処を探し当てようとしているのだ。

「隙間に挟ませる……、シールのように貼り付ける……」

「貼り付ける……あっ!」

 鈴堂の独り言を聞いて、水城は今朝の違和感を思い出した。小走りで扉まで向かい、扉を開け放って廊下に出る。そして遠目で見ていた今朝よりももっと近い位置から仰ぎ見た。

「……やっぱり違う」

 見間違いではなかった。入念に確認した「1年1組」の表示プレート。

「鈴堂さん。あのふたつの『1』、微妙にフォントが、違って見えませんか?」

 水城を追い駆けてきた鈴堂も、目を細めてプレートを注意深く観察する。

「確かに……。あれは、白いテープが張ってありますね」

「はい……!」

 凝視しなければ見落としてしまいそうだが、組の前の「1」の上に白いテープが張られていた。今見えている「1」はテープにマーカーかなにかで手書きされた「1」だった。精巧に模写されているが、フォントが違って見えたのは、そのせいだったのだ。

「この中で一番背が高い方、来てもらえますか?」

 教室内に鈴堂が呼び掛ける。目視での背比べが行われたのち、一人の男子生徒がおずおずと手を挙げた。

「たぶん、俺だと思うけど」

せきさん。あのテープを取って頂きたいのですけれど、届きますでしょうか」

 一八〇センチは超えていそうな長身の関は、言われるがまま、つま先立ちをして精一杯腕を伸ばす。指先が届いてはいるが、力が入りづらいのか上手くめくれない。

「椅子に乗れば、んッ、めくれそう」

 関の言葉を受け、いつしか扉付近に群がっていたクラスメートの一人が、椅子を差し出した。椅子に乗ったことで余裕が生まれた関は、事も無げにテープを剥がした。

「……あった。二問目だ!」

 粘着面を見た関が椅子の上から叫ぶ。周囲は歓声に包まれた。

「よく気が付きましたね、水城さん」

「い、いえ……たまたまです。それにしても、こんな目に付く場所に、隠すなんて」

「そうでもありませんよ」

 みなが顔を綻ばせるなか、鈴堂はクールな表情を崩さない。

「この学校の教師なら、どこにどの教室があるか全て把握しているでしょう。ですのでわざわざプレートを見る必要はありません。しかし私たちのような新入生は違います。教室を間違えないよう、プレートで必ず確認してから入室します」

 今朝の水城がまさにそうだった。鈴堂の言葉に水城は大きく頷く。

「つまりこのプレートに最もよく目に触れるのは、私たち一年一組の生徒というわけです。まさしく、盲点です」

「な、なるほど……」

 水城はそこまで考えが及んでいなかったが、鈴堂は出題者の意図までも見抜いているらしい。薄々感じていたものが、水城の中で確信に変わる。鈴堂はかなりの切れ者だと。

「おーい、鈴堂さーん! 水城さーん!」

 廻立がテープを両手で持って頭上に掲げている。子犬のような人懐っこい笑顔を向けていた。大声で自分の名前を呼ばれた水城は恥ずかしさで顔が熱くなった。颯爽と廻立のもとへ歩き出す鈴堂の背中に、隠れるようにして付いていく。

「これが二問目の問題文だよ」

 表示プレートの一文字だけに貼っていただけあって、近くで見てもテープは小さい。小柄な廻立の小さな手のひらにもすっぽり収まるほどの、狭小な白い養生テープには、問題文と呼ぶにはあまりにも少ない文字が書かれていた。

『第2問‐2 22』

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