第1問 不安「友だち、出来るかな……?」②
「――ですので、これからは総合的な能力を持った人間がより重宝される時代がやって来ます。そこで私たちはみなさんが社会で出た後も活躍できるよう、今までの体制を一新し、従来よりも――」
体育館で催されている入学式。まだ聞き馴染みのない校歌を斉唱したのち、校長先生の挨拶が始まって十分が経過しようとしている。教育熱心な校長なのか、挨拶の域を超えた熱が時間を経るごとに高まっている。この調子ではまだしばらく続きそうだ。
水城は内容の半分も頭に入っていなかった。話が長いのも一因だったが、それよりも先程の謎解きが気になり、ついついそのことばかりを考えていた。
問題文に『答えの数字が示す場所』とあり、一人四つの数字が与えられた。ということは数学的な手順を加えるのだろうか。
――例えば全部の数字を足してみたりとか? それが示す場所って……。そもそもあの謎解きは誰が何の目的でしてるのかな。賞品は本当にあるのかな。あるとすれば、なんなんだろ……。
「新入生、起立」
いつの間にか校長先生の挨拶が終わっていたらしい。司会の号令に反応が遅れ、水城は慌てて立ち上がる。膝裏に当たったパイプ椅子がガチャンと音を鳴らす。
――やばっ、目立っちゃったかな。恥ず……。
だがその音は水城の発した一つだけではなかった。ぼーっとしていた生徒は他にもいたようで、新入生の座る列の随所で響いていた。心なしか、一組の列が特に多かったように聞こえた。
教室に戻ってきてホームルームが再開する。やはりというべきか、水城の恐れていた自己紹介の時間がやってくる。
「出席番号一番の浅野瑞生です。中学では陸上部で短距離やってました。高校でも陸上を続けるつもりです。趣味はボードゲームをすることです。興味があったら一緒にプレイしましょう。よろしくお願いします」
今朝の喧騒が嘘だったかのように、パラパラと控えめな拍手が起こる。斉藤先生一人の大きな拍手が虚しく響いた。
出席番号を言う必要があったのか疑問だったが、二番目の
「出席番号三十三番、廻立
机におでこをぶつけるのではと心配になるほど勢いよく、深く腰を曲げる。後ろに座る水城は前髪に風圧を感じた。
廻立の次は、いよいよ水城の番だった。おずおずと立ち上がる。このまま前を向いていていいのか、みんなの方を向いた方がいいのかで迷う。
「あ、えっ……」
早く喋らなきゃ、と焦って挙動不審になる。結局どこともつかない、席の間の通路に目を泳がせる。
「出席番号……えっと三十四番の水城姫華です。しゅ、部活は、家庭科部でした。裁縫がその、好きです。あ、趣味です。手芸部があるそうなので、入るつもりです。よ、よろしくお願いします」
顔を下げたまま席に座る。所々詰まってしまったが、ちゃんと事前に考えていた文章を読めた。今日の山場を乗り越えてホッと安堵する。安心している間に何人かの自己紹介を聞き逃してしまった。
次に席を立ったのは、鈴堂だった。窓を背景にしてきちんとクラスメートの方に身体を向ける。手はスカートの前で組んでいた。
「出席番号四十番、鈴堂
静々と一礼する。頭を下げた拍子に肩に掛かった黒髪を、上体を起こすついでに右手でそっと払う。背後から差す朝日もあって、髪をなびかせるその姿は神々しさを滲ませていた。みんなも水城と同様に目を奪われていたのか、一呼吸置いて拍手が起こった。
自己紹介が一巡すると担任に視線が集中する。
「えー、学校の説明会で聞いた人もいるかと思いますが、秋湊高校では数年前からグループワークに力を入れています。三から四人のグループに分かれ、様々な議題に対して話し合い、最終的にグループで一つの答えを出す、という機会を多く設けています」
「……!」
「グループは学期ごとに変わります。一学期のグループは前後左右、席が近い人同士でくっつけたので、今から発表していきます。まずはA班、浅野――」
AからL班まで分けられ、水城は廻立、鈴堂の三人組K班だった。
「最初ですので、先程よりももっと長い自己紹介をメンバー内で行ってもらいます。一人の持ち時間は三分。質問等も自由にして構いません」
――三分⁉ そんな、いきなり言われても準備してないよ……。
いきなり言われても準備していないので困る。水城の動揺も知らずに、斉藤先生は腕時計に目を落としながら開始を言い渡した。
三人が互いに顔を見合わせる。
「じゃあ誰から自己紹介する?」
「あ、あの……」
水城は遠慮がちに手を挙げる。
「お、水城さんからいく?」
「あああのっ、そうじゃなくて、ですね……」
動揺しながらも、水城には話したいことが一つあった。勇気を持って思い切って口を開く。
「あ、あの……、さっきの先生の言葉、で……」
手を挙げたはいいものの上手く説明できない。言葉に詰まっていると、
「それでしたら、私も気になりました」
鈴堂も気付いたらしく、足りない言葉でも水城の真意は伝わったようだ。
「え、なになに?」と廻立は身を乗り出して瞳を輝かせる。
「さっき先生が、『グループで一つの答えを出す』って言ってて……」
「それが一問目の問題文にあった『グループで一つの答えを探し出せ』と似ています」
説明下手な水城の台詞を鈴堂が補足してくれる。
「そう、です」
「それで気付いたのですが、四つの数字が書かれたカードをもう一度見せてもらえますか?」
水城は単に問題文と同じ表現だと気付いただけだったが、鈴堂はさらに先が見えたらしい。言われるまま、水城と廻立はカードを手渡した。
三枚のカードを見比べた鈴堂は「……やはり」と呟いた。予想が当たっていた様子だ。
「何が分かったの?」
「このカードを囲うように引かれた直線ですが、カードを席の配置と同じように並べると……」
机の上に置いていく。右端だけ直線のない鈴堂のカード。その右隣に、左端と下辺に直線のない廻立のカード。さらにその下に、上辺だけ直線のない水城のカードを置くと――
「――繋がった!」
ちょうど「『」のような形が浮かび上がる。
「この直線は、私たち三人が同一グループであることを示しているのではないでしょうか」
「もしそうなら……。ねえ、ちょっといいかな」
廻立はK班の後ろの、三人組L班に話し掛ける。L班も謎解きの話題をしていたのか、すでに三人の手にはカードが握られていた。廻立が事情を説明してカードを借り、席の配置に並べる。するとやはり、欠けていた直線が「』」の形に繋がった。
「やっぱり、鈴堂さんの言う通りだ」
L班の三人からも感嘆が漏れる。
「じゃあ、一つの答えっていうのは?」
並べられた六枚のカードの上を、鈴堂の眼球が高速で動く。今朝の冷めた視線を送っていた人物とはまるで別人のように、熱が籠っている。興味なさそうと感じたのは水城の思い違いだったのかもしれない。
K班は『⑦ ⑤ ⑩ ②』『⑧ ④ ⑬ ⑦』『③ ⑦ ⑫ ⑭』。
L班は『⑰ ⑭ ㉕ ㉑』『⑱ ㉑ ⑯ ⑲』『㉓ ㉔ ㉑ ⑮』。
「『一つの答えを探し出せ』、『探し出せ』。……あ」
ぶつぶつと呟きながら前傾姿勢でカードに顔を近づけていた鈴堂が、眼球の動きを止め、背筋を正した。
「一見ランダムな数字が並んでいるように見えますが、各グループに一つだけ、三人に共通する数字が入っています」
鈴堂の白く細長い指が数字をなぞる。
「私たちK班は⑦、L班は㉑です」
「……ホントだ。すごーい」
廻立は気の抜けるような相槌を打つが、瞳孔は大きく開かれている。本当に驚いているのだろう。
「この⑦と㉑が示す場所に、次の問いがあるってこと、ですね?」
「おそらく」
「二か所、ですか……」
「問題文が分割されていて、全てを揃えて初めて一つの文章になるのかもしれませんね」
「ああ、なるほど」
水城も他の三人も口々に感心の言葉を漏らす。
「ただ、この数字に関連する場所とは、一体どこなのでしょうか」
極めて冷静な鈴堂の声色に、沸き立っていた観衆も閉口を余儀なくされた。
一問目は、まだ解き終わっていない。
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