第1問 不安「友だち、出来るかな……?」①
同じ中学出身の仲の良かった友人たちは全員別のクラスになっていた。知っている名前もあったが、残念ながら一度も会話したことのない男子だった。つまり、話せる相手が一人もいないクラスで高校生活をスタートしなければならない。
水城は重い足取りで階段を昇った。
しかしまだ希望は潰えていない。ここ
そう自分を励ましながら最上階の最奥に到着する。ここでもし別の教室に間違って入ったら一生ものの恥だ。表示プレートの「1年1組」の文字を念入りに確認する。
――……あれ、なんか……。気のせいかな……。
ともあれ高鳴る鼓動を落ち着かせつつ、扉を開けた。面接前の待機部屋のように、緊張気味のクラスメートたちが席に座って前を向き、始業時間になるのをただ黙って待っている。そんな予想とは真逆の光景が広がっていた。
「やっぱり入ってた?」「なんなんだろ、これ」「この数字じゃないですか?」
クラスに居たほぼ全員が会話を弾ませていた。入学初日とは思えない騒々しさに、間違えて二年生のクラスに入ったのかと、再度プレートを仰ぎ見たほどだ。もちろん見間違いではなかった。
ではこの交流の闊達さは何が理由なのだろう。入学前からの付き合いがあってこのクラスで再会した人もいるだろうが、流石に全員それに該当するとは考えにくい。ということは初対面でもグイグイいけるタイプの人が偶然、一組に集結したのだろうか。いや、それにしても初日はもう少し、お互いの様子を見るだろう。
困惑しながら人の間を縫うように自分の席を目指す。水城の席は窓側から二列目、後ろから二番目の場所だった。席に着くと、目の前で二人の女子生徒が、なにやら紙片を持って会話をしていた。
「私には分かりかねます」
左前の席に座る女子生徒は、黒く艶やかな長髪を揺らしながら知的な口調で、透き通るような声を発した。釣り上がった目元と大きな瞳が冷たい印象だが、垂れた眉が愛らしさを醸し出している。尖った鼻先に薄い唇。同性でも見惚れる美しい外見だった。
「数字に丸囲いしてあるのは、なんか意味があるのかな?」
前の席に座る女子生徒は、黒髪の少女の言葉を受けて小首を傾げる。栗色のショートヘアで、ウェーブした毛先が揺れる。クリッとした目に赤みがかった頬。黒髪の少女が大人っぽい美しさだとすると、ショートヘアの彼女は幼さの残る可愛らしさだった。
水城が席に座ると、二人の視線が水城に集中した。
「あの、私、
ショートヘアの少女が名乗る。その流れで黒髪の美少女も自己紹介する。
「
「あ、えっと、水城です。……よろしくお願い、します」
「いきなりでごめんなんだけど、机の中に変な紙入ってなかった?」
「へ、変な紙……ですか?」
廻立の台詞を受けて机の中を覗き込むと、確かに数枚の紙が収められていた。全て取り出し、A4サイズの紙に目を通す。
『一年一組諸君。入学おめでとう。
君たちに入学祝いを用意した。これから出題する謎を全て解き明かすことができたら、賞品を差し上げよう。
ただし、教師陣にはこの謎解きの存在を知られてはならない。バレてしまったらその時点でゲームオーバーだ。また、期限は五月一日の月曜日までだ。それまでに全ての謎が解けなければ賞品はあげられない。
用意した賞品は、君たちにとって必ず利益になると保証しよう。手に入れられるよう、新しい仲間たちと協力して頑張っていただきたい。
健闘を祈る。 』
コピー用紙にシンプルな書体の文字で、挑戦状とも取れる文章が並んでいた。
「え……なんですか、これ」
「どうやら全員の机に仕込まれていたようです」
鈴堂は同じ文章が書かれた紙を見せた。廻立の手にも同様に掲げられている。
「こんなのが入ってたから、みんな不思議がってるんだよね」
教室内が盛り上がっていたのは、この怪文書のせいだったらしい。
「他の紙にはなんて書いてあった?」
「ええと、他には――」
A4用紙の他に名刺ほどのサイズの小さなカードが三枚あった。
一枚目には『第1問 グループで一つの答えを探し出せ。答えの数字が示す場所に、次の問いがある。』と問題文らしき言葉が踊っていた。
二枚目には『第1問 ⑧ ④ ⑬ ⑦』と丸囲いの四つの数字が四つあり、カードの上辺を除いた三辺の端に直線が引かれていた。
三枚目には『第2問 き』と次の設問と、平仮名が一文字だけ記載してあった。
「一枚目はやっぱり一緒の問題文だね。二枚目は……数字のバラバラだし、線もみんな違うね」
水城に与えられた紙と見比べながら、廻立は自身のカードを水城の机の上に置く。
二枚目には『第1問 ⑦ ⑤ ⑩ ②』とあり、上辺と右端に直線が引かれていた。
三枚目は『第2問 み』。
「私はこんな感じでした」
鈴堂も廻立の隣に置く。
二枚目には『第1問 ③ ⑦ ⑫ ⑭』とあり、右端を除いた三辺に直線が引かれている。
三枚目は『第2問 ま』となっていた。
「二問目のがもう、すでに配られているんですね」
「そうですね。普通は一問目を解いたあとに提示されるはずですが……。この紙にある『答えの数字が示す場所に、次の問いがある。』という問題文とも矛盾しているようにも思います」
「第一問を解いたら、分かるんでしょうか」
「そうかもしれません」
鈴堂は思慮深げに水城の言葉を肯定する。頷いたことでサラサラの前髪が流れる。所作の一つとっても楚々としていて息を呑んでしまう。
「そんなわけでひとまず、一問目を考えてたんだけど、手がかりが少なすぎてさっぱり」
廻立は両手の手のひらを上に向けてお手上げのジェスチャーをする。童顔に小さな体躯と相まって幼い印象を与える。廻立の言うとおり、謎を解くには情報が少ないように感じた。もう一度A4サイズの紙を読む。
「……全部で、何問ぐらい、あるんですかね」
「さあ、どうでしょう」
そんなことを訊かれても鈴堂だって知らないだろう。俯く鈴堂を見て水城は自分の発言を反省した。
それにしても鈴堂の、机の上に並べられたカードに注がれる視線はどこか冷めているように感じた。対照的に廻立は、爛々と目を輝かせている。解読しようと熱心に考え込んでいるのは廻立の方で、鈴堂はそんな廻立に付き合っている、といった雰囲気だった。あまりこの手のゲームに興味ないのだろうか。水城はこれから多くの時間を共有するであろう二人の様子を、こっそりと観察した。
いくら頭を捻っても、残念ながら解読には至らなかった。
始業時間のチャイムが鳴る。見計らったかのように若いスーツ姿の男性が入室する。彼がこのクラスの担任だろう。
挑戦状の『教師陣に知られてはいけない』という注意書きが共通意識として働き、クラスメート全員が見せ合っていた紙やカードを一斉に隠す。怪しい挙動と、妙に華やかな空気感に担任は不信感を抱いた様子だったが、何も言わずに教壇に立った。
「今日からこのクラスの担任になります、
何事もなかったかのようにホームルームが始まる。こうして不安だらけだった高校生活は、奇妙な謎解きゲームとともに幕を開けた。
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