第5話 幽閉


「あら、それは大変。いくらお友達だといえ殿下のものを踏みつけにするとは許せませぬ。私が彼女らに強く申し付けておきましょう。淑女は上品でおしとやかに、じゃれて相手にベタベタ触るべきではないと」


「違うよ、アンジェラ。僕が言いたいのは、分別をわきまえてくれってことだ」


「はい。王家と公爵家に固い結束があれば如何なる敵が来ようともこの国は安泰ですわ」


「はぁ? 僕は分別をわきまえろと言っているんだ。君との婚約はもう破棄されたんだ。もう僕らに構わないでくれ」


 そうおっしゃって殿下は去って行かれました。気が付けば、私はただ茫然とその後ろ姿を見守るばかりだったのです。


 家に帰っても、殿下の後ろ姿が頭から離れません。なぜか胸も苦しくなってまいりました。今までこんな気持ちになったのは初めてです。これが恋というものでしょうか。


 夜、目をつぶればまたあのまぼろしです。ああ、我が始祖アルフレッドと初代国王グランラン・アルドアンがキスをしている。貪りつくように激しく。


 今度はキスだけではありません。目をつぶりたくなるような光景が延々と繰り広げられました。ですが、まぼろしは頭の中です。目をつぶりようはございませんの。


 苦しくなって下僕どもを呼び出しました。伯爵令嬢たちを呼び集めるようにと。


 彼女たちが来るまでの時間がどんなに長かったことでしょう。厳しい王太子妃教育を受け、どんな時も微笑みを絶やさないと自負する私であっても、今度ばかりは自分の気持ちを抑えきれません。彼女らが集まって来ると私は淑女らしからぬ、はしたない言葉でまくし立てていました。


「セリア・レルネを王都で最も長くきゅうと言われる西城壁の階段から落としておしまいなさい。大丈夫です。誰もそなたらを責めることは出来ませぬ。セリア・レルネは男爵家と言っても養女。元は平民よ。この国は貴族あっての平民。貴族こそが秩序。牛飼いが牛をあやめて誰が牛飼いをとがめると言うの。伯爵家のそなたらが、公爵家であるこの私からのお願いで、たかが平民一人殺めたとして何の問題がありましょうか」





 王都の西に贖罪しょくざいの塔というのがございますの。貴族を幽閉するために建てられたと言いますわ。


 なぜそう言われているかを申しますと特別室がございますの。それは最上階にございまして、下への階段の前には監視さんと鉄格子。でも、上には自由に行き来できるの。上からの眺めは最高ですわよ。王都が全て見渡せますの。


 何人もの貴族たちがそこから身投げしたと言いますわ。長い月日幽閉され、耐えきれず、自ら命を絶ったそうです。贖罪しょくざいの塔と言われる所以ゆえんですわ。残念なことですが、私もその最上階にいるのです。


 十日前、大勢の近衛兵が我がビュシュルベルジェール家にお越しになりましたの。国王陛下のご命令でお父様に蟄居ちっきょを御申しつけになり、私はここに連れてこられた、というわけなの。


 罪状は王族の殺害未遂ですわ。訴えたのは伯爵令嬢の方々よ。でも、無理がありますわ。セリアさんは平民なのですよ。無理矢理拡大解釈したようですね。セリアさんはまだ結婚もしていないただの婚約者なのに。


 監視人さんはおしゃべりな方ですわ。今日が愛しき王太子ラファエル殿下の結婚式ですって。他の事も私に逐一報告なさるのよ。やれ王都がお祝いムードだの、やれ王太子妃になる方は立派だの。


 そう言えばセリアさんは街に出て貧民に施しをよくやっていたそうね。スープ一杯で平民が喜ぶなんて私は考えもしませんでしたわ。


 ですが、本当のセリアさんはそんな生易しい方ではございませんのよ。階段から突き落とした時、首が折れ、手足が変な方向に折れ曲がってしまわれたの。亡くなられたと思いましたわ。それが瞬く間に治りましたの。


 伯爵令嬢の方々もあまりの驚きに、取り乱して逃げて行かれました。当のセリアさんは私に向けて持ち前の素敵な笑顔でにこりと微笑み、何もなかったように去って行かれましたわ。


 おそらくはセリアさんが私のお友達をとりこにいたしたのでしょう。平民どもも騙されている。もしかしたら、施しのスープに何か入れられていたのかもしれませんね。


 あら、教会の鐘が鳴っている。時間の様ですわ。愛しき王太子ラファエル殿下は結婚のお相手がまさか魔物なんて思ってもみないでしょう。お助けしなければ。でも、どういたしましょう。


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