第4話 婚約破棄
朝、目が覚めるとおサルさんがいらっしゃる。リンゴを山ほど持参されましたわ。上目遣いで腰が低い。礼儀を知ってらっしゃるのね。それにこのリンゴ。私にってことですね。やはり私は公爵令嬢。森の動物たちもひれ伏すのですね。
あら、違いますの。おサルさんは指さしている。ああ、賢者さんの杖。そういうことでしたか。私を白の賢者様とお間違いなさっているのね。残念ながら私はアンジェラ・ビュシュルベルジェール。公爵令嬢ですわ。
でも、どうしてもと申すなら仕方がありませんことよ。あなたの白の賢者様への御心使いは無駄には致しませぬ。わたしは世間では心の広い人で通っておりますのよ。
さて、どうやって食べましょうかしら。皮ごとなんてはしたないですものね。そうだ。この剣を使いましょう。刃を上においてと、こうやってリンゴを動かすの。あら、上手。うまく切れましたわ。
お腹がいっぱいになりました。このおサルさんにお礼がしたいわね。何か褒美はないでしょうか。あ、そうですね。称号を与えましょう。あなたは今日から男爵です。ガーフィールド卿とお呼びしましょう。
あら、おリスさんも何か頂けるの。どんぐりですか。これはちょっと無理ですわ。でも、公爵家に殊勝なふるまい。よろしいでしょう。あなたにも称号を与えます。グリーンハルシュ卿とお呼びしましょう。
それから五日間、食べ物には困らなかったわ。おクマさんもお魚を持って来てくれたの。森の動物たちも紳士になりたいようですね。でも、そろそろ帰らないと。誰も私を見付けてはくれませんの。無能な下僕ども。それに引き換えガーフィールド卿はなんて頼りになるの。彼に森を案内させましょう。
なんとか王都に帰って来れましたわ。ガーフィールド卿には褒美として、男爵から子爵に格上げしてさしあげましたわ。
屋敷に入る前に、剣と杖です。下僕どもに見つからないようにそっと庭に行き、剣と杖は雑木の茂みに隠しておきました。
剣と杖なんて持って屋敷に入れませんわ。剣なんておしとやかの欠片もありませんし、杖なんて突いて歩いていたと思われたら公爵令嬢の気品が疑われます。
それよりもっと嫌なのは、私が森でサバイバルしていたって勝手に思われやしないかってことです。何もなかったように、優雅に、ただいまって屋敷に入りたいの。
屋敷では皆さん驚いていましたわ。私が帰ってくることは思ってもみなかったようですね。下僕どもは誰一人として帰っていませんでしたし。
お父様とお母様は泣いて喜んで下さいましたわ。でも、残念なのは私の葬儀が行われ、王太子ラファエル殿下は私との婚約を破棄されたらしいのです。
しかも、殿下は新たに結婚を約束なされました。相手は男爵家のセリア・レルネ。例のあのお方ですわ。
いよいよ怪しい、とは思いませんか。私が屋敷を出てたった六日ですわ。一週間も経っておりませんのよ。事がとんとん拍子に進んだとしても私を探すまでもなく葬儀はないでしょう。
執事にレルネ家のことを尋ねましたの。レルネ家は子宝に恵まれず断絶寸前だったようです。それでセリアさんを養子に向かえたとか。
どうも釈然といたしません。養子だったら男子が良いはずではございませんの。
私は取り巻きの伯爵令嬢たちを呼び集めましたわ。まずは殿下とセリアさんを離すことです。彼女らにそれを頼み、私は常日頃から殿下といっしょにいるようにいたしました。
殿下は婚約破棄をして私に悪いと思っていらっしゃったの。でも、元に戻そうとは思っていないようです。それどころか、近頃は私を露骨に嫌がるようになられました。
そんなある日、殿下が私におっしゃったの。
「大人げないことはもうやめてくれ、アンジェラ」
「あら、突然何をおっしゃるのです。私は殿下にふさわしい淑女であるために教養と美貌磨きに日々努力を惜しんだことはございませんのよ。殿下がお困りになることはないと存じますが」
「セリアの髪飾りを君の取り巻きが取って踏みつけにした」
「下々の者はじゃれ合って、相手を触ったり抱き着いたりしてお遊びになると聞いています。彼女らもそうしていて何かの間違いでセリアさんの髪飾りが落ちてしまって、お可哀想に、踏まれてしまったのではないでしょうか。お互い様ですわね。殿下が気にすることではないと」
「あれは僕がセリアにプレゼントしたものだ」
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