第3話 破滅フラグ


「それからずっと経って百年前のこと。丁度ここで魔王と戦ってな、倒しはしたがこのざまだ。古き友よ。さぁ、剣を抜いてくれ」


 剣を抜けばどうなるのかしら。見たところ、あなた様はもう骸骨でそんなに苦しそうには見えませんが。


「この剣は封印の剣と言ってな、斬った者の魂を刀身に封印するんだが、俺は今、それに必死にあらがっておる」


 あら、まぁ、大変なこと。


「俺と魔王は何度も生まれ変わってな、その度ごとに戦っている。勝敗の付かない戦いを何千年と続けて来たんだ。そこで魔王は考えたようだ。この剣で刺せば俺は転生できない。一方やつは死すとも転生できる」


 魔王さんはあなた様にやられてしまったが、復活した。あなた様も魔王さんにやられてしまいましたが、あなた様はここに置き去りになっている、って訳ですね。


「本来の運命ならば俺はすでに復活していて、近い将来この地に来てアルドアン家、ビュシュルベルジェール家と共に魔王と戦うはずだった。この状況がそれを示している。そなたがアルフレッドの生まれ変わり。そして、ラファエルがグランランの生まれ変わりだというならな。しかも、そなたは何者かの手によってこの森に置き去りにされた。他にも身の回りで何か変わったことはなかったか。身に覚えがないわけでもあるまい」


 いいえ。王太子ラファエル殿下なら大丈夫です。好き嫌いで国は治まりませんわ。私たちの結婚は国を治めるためのもの。言うなれば政略結婚。個人の感情ではどうにもなりませぬ。万が一、好きなお方がおられたとしてもその方は愛妾あいしょう止まりかと。


「剣を抜いてくれ。一刻の猶予もない。さぁ、早く」


 仕方がありませんね。お待ちになって。今やりますから。剣を握りましてと。引っ張りますわ。


 あ、痛い。夕焼けの赤い空。ひっくり返ってしまったのね。剣は? 地面に転がってますわ。あら、幽霊。殿方らしき姿。あなた様はさっきの骸骨さん?


「古き友よ。心せよ。このまま何もせねばビュシュルベルジェール家はもとより王家は根絶やしにされ、この国は魔王の手に落ちる。魔王の復讐だ。俺は生まれ変わって必ずやここに戻って来る。その時まで古き友よ、剣と俺の杖を守ってくれ」


 殿方の姿は霧に包まれていましたが、まさしく王都の美術館にあるローブと杖を持った白の賢者様でした。


「何としてでも持ちこたえてほしい。必ずそなたに会いに来る。それまでは頼んだぞ」


 そうお言葉をお残しになり、白の賢者ヒューゴさんは消えていかれました。





 夜になりました。寒いし、薄気味悪いし、下僕どもめ。どうしてくれようか。


 そういえば、下僕どもは火打石で火をいていましたね。私もやってみようかしら。でも、そんな無粋なもの、公爵令嬢たるこの私にふさわしくありません。宝石ならあるわ。ネックレスに指輪。


 これで火をおこせるかしら。あら、駄目ね。やっぱり火打石でないと火はおこせないようですわ。


 そうだ。ヒューゴさんの持ち物を探してみましょう。あった。これが火打石ですね。薄汚い石。


 この石ころを擦るのね。あら、まぁやだ。全然火がらない。


 きっとコツがあるんですわ。それはそうです。ダンスでもピアノでも何でもコツがありますもの。下僕どもがどうやっていたか思い出すことにいたしましょう。


 目をつぶります。下僕どもの光景が………。ああ、男同士がキスをしている。貪りつくように激しく。この二人は、我が始祖アルフレッドと初代国王グランラン・アルドアン。


 アルフレッドはキスを終え、おもむろに腰袋から火打石を出した。焚き木に火をつける。お二方は森の中ですわ。旅をしているのね。何か言ってらっしゃる。今夜は冷えるな、体を温め合おう、そう聞こえますわ。


 あら、まぁ、どうしたことでしょう。賢者さんに見せられたまぼろしをまた見てしまった。私としたことが、変なまじないをかけられてしまったようですわ。でも、コツは分かりました。こうするのね。あら、簡単。火が付きました。


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