○4章 ドラゴンクエスト ~伝説を育てた親は何人いてもよい~
「ドラゴンクエスト/エニックス」は1986年にファミコンより発売された、コンピュータRPGだ。RPGブームは「ドラゴンクエスト」よりはじまった、日本のファンタジー観の多くは「ドラゴンクエスト」にあるなどとも言われる、国産ファンタジーの代表作である。あまりにも知名度が高すぎて、コンピュータRPGの始祖のように扱われることすらある。決してそうではないと知っている人の方が多いだろうが、まずはざっくりとドラゴンクエスト前夜を覗いてみるとしよう。
◆コンピュータRPG始祖論もまあまあめんどうくさい◆
コンピュータRPG始祖論で必ず出てくる二大作品が「ウルティマ(81年)」「ウィザードリィ(81年)」だ。どちらも製作者自体の人生も注目され研究される、作った人物込みで伝説的な作品であるが、彼らの生きた時代は「D&D」を中心としたTRPGブームあるいはアナログゲーム隆盛期と、最終的にパソコンとして定着することになる個人で扱えるコンピュータの勃興期が共存していた時代であり、この2作品はTRPGをコンピュータで遊ぶというコンセプトを多分に含んで開発されたために、『本来の呼称方法としてのRPG』のフォロワーとして生まれたCRPG(コンピュータRPG)の先駆けとして始祖論で並べて語られることが多い。
見下ろし型2Dマップ、擬似3DダンジョンなどファミコンRPGでも採用されていくシステムの必ずしも全ての始祖ではないものの源流として重要視される2作品だが、本記事のテーマ的には、「ウルティマシリーズ」は開発者の家族に宇宙飛行士がいた影響もあってか宇宙が題材として登場することや、「ウィザードリィ」は悪ノリ系パロディや言葉遊び、世界的に有名な日本人だった黒澤明リスペクトを迷いなくぶち込んでいる作品であること、そういった部分は特筆しておきたい。何故かといえばこれはちょっと意地の悪い話になるが、SF要素を含まずおふざけギャグもなしのシリアスな剣と魔法のファンタジー至高論を展開した時にこの2作品、特に後者は含んじゃダメだよねえとカウンターする定番にもなっているからだ。
ただ、本記事で語ってきた流れの中でみれば、最初からSFと欧州系幻想文化とアメリカ的大衆風俗が混在しているのがヒロイック・ファンタジーであり、TRPGでもあるのだから、欧州出身者とアメリカ出身者でのベース差は様々あるにしても、最初からそれはもうそういうもんでしょという解釈も出来るかもしれない。
ウルティマ作者は79年に「アカラベス」を発表しているが、「指輪物語」優先で「ホビットの冒険」がスルーされがちな現象と似て、どうしても「ウルティマ」が優先されやすいのは余談か。
スルーといえば、「D&D」をコンピュータで遊ぶコンセプトのゲームとして「ダンジョン(76年)」は本来絶対に無視してはいけないゲームであり、そこを語るなら「コロッサル・ケーブ・アドベンチャー(75年)」も外してはいけない、ダンジョン探索RPGを語るなら「ローグ(80年)」にも触れろやなど、「指輪物語」前後でみたようなアレがコンピュータゲーム史でも当然起こる。しんどいね。
コンピュータゲームの誕生と隆盛があり、シューティングゲームのご先祖様やブロック崩しのご先祖様的な作品が生まれた時代、スティーブ・ラッセルだ、ノーラン・ブッシュネルとアタリだ、ジョブズだウォズニアックだというお話はコンピュータ史やゲーム史記事に譲るとして、TRPGをコンピュータで遊ぶというコンセプトで生まれたCRPGは、すぐにそのまま日本に輸入されたわけではなかった。
日本ではファミコンが家庭用ゲーム機の始祖だったりはしないのだが、スペックの破壊力で先輩&同輩ハードを蹴散らしたファミコンですらRPGはスペック的に厳しいといわれていた時代であり、RPGの先導者となったのはアーケードとパソコンであった。ここで今更の注意点と言うかお願いなのだが、本記事ではデジタルゲームにおけるRPG、アクションRPG、シミュレーションRPG、公式がRPGを名乗ってない作品もざっくりとまとめてRPG枠で処理するケースがある。ゲームマニア的にはぐぬぬポイントなんですけど、ご理解を。
◆RPGカンブリア爆発の84~85年、そして……◆
・1984~86年発売のコンピュータRPG
「ザ・ブラックオニキス/BPS」「夢幻の心臓/クリスタルソフト」
「ドルアーガの塔/ナムコ」「ドラゴンスレイヤー/日本ファルコム」
「ハイドライド/T&E SOFT」「ドラゴンバスター/ナムコ」
「ザナドゥ/日本ファルコム」「ファンタジアン/クリスタルソフト」
「ファンタジー ジェルノアの章/スタークラフト」「メルヘンヴェール/システムサコム」
「地球戦士ライーザ/エニックス」「ウィザードリィ日本語版/アスキー」
「ウルティマII日本語版/スタークラフト」「ゼルダの伝説/任天堂」
「ドラゴンクエスト/エニックス」「ワルキューレの冒険 時の鍵伝説/ナムコ」
「アテナ/SNK」「ロマンシア/日本ファルコム」「ダンジョンマスター/アスキー」
「マドゥーラの翼/サン電子」「ディープダンジョン/DOG」
「魔鐘/アイレム」「元祖西遊記スーパーモンキー大冒険/バップ」
とにかくまずは「D&D」の紹介と普及という色が強かったTRPGムーブメントと異なり、RPGは「ウルティマ」や「ウィザードリィ」の日本語版普及よりも、国産オリジナルタイトル登場の方が早い。気軽に他国言語版を開発できる時代でもなく、海外で発売された「ウルティマ」「ウィザードリィ」のフォロワー作品で日本に入ってこなかったり遅れて入ってきたりしたものも多い。海外発売ゲームを個人輸入するなどはニッチなムーブであり、国産オリジナル作品が先行するのは自然な流れだったのかもしれない。
こうして並べてみると、86年にファミコンではじめてのRPG(※2)として発売される「ドラゴンクエスト」も自然な流れを踏襲して出てきたものには見える。まだ名前の見えない「ファイナルファンタジー」は「ドラゴンクエスト」のフォロワー枠となるわけで、そうやってRPGの系譜とでも表現すべき縦軸となっていくのだろう。
「ドラゴンクエスト」が流れの中の1作で終わらずにRPG全体としての始祖論にも顔を出したり、日本の本格的なファンタジーの代表枠となったりしたのは何故だろうか。
・ドラゴンクエスト自体の面白さとクオリティ
・シリーズとしてマジですげー売れた事実としての実績
・ファミコンが全てのゲームの頂点に立つ圧倒的ゲーム機となった
・それによりファミコンで「最初」という価値も跳ね上がった
・社会的ブームという意味ではゲーム以上だったかもな「少年ジャンプ」とのつながり
色々と考えられる。いくらでも考えられる。本記事では私が重要視する1つの要素を本格ファンタジーという概念形成につながる切り口として提示したい。それは、
エニックスによる、アナログ/デジタル、ゲーム文化/ゲーム以外文化などを問わずに包括的に行われた普及・布教活動
という要素である。
※2 ゼルダの伝説はドラクエより早いけど公式がRPGを名乗ってないとか、逆にメーカーがRPG公称をしていたファミコン発シューティングゲームがあるぞとか、まあ色々あるはあるんすよね
◆エニックスが仕掛けた、どこにでもいるドラゴンクエスト◆
ファミコンゲームとして評価や人気が高かったことは大前提となるが、その上で「ドラゴンクエスト」はファミコンのゲームという閉じた世界で終わらない商業展開をかなり積極的に行っている。具体的にみていこう。
□ゲームブック
エニックスからではない先発組として、双葉社の冒険ゲームブックシリーズよりファミコンゲーム発売と同年である1986年に「ドラゴンクエスト 蘇る英雄伝説/樋口明雄:著」が刊行されており、87年にはIIも刊行されている。エニックス自身は89年に「ゲームブック ドラゴンクエストIII/早坂律子:著」を刊行しており、ファミコンゲームより先にゲームブックで「ドラゴンクエスト」を遊んだなんて少年少女も当時はいたのではないだろうか。
ここで自分語り失礼となるが、私は挿絵イラストで真っ二つにされたスライムの断面がスイカとして描かれており、『スライムってスイカだったん!?』と衝撃を受けたのを今でも覚えていたりする。
□漫画
ドラクエ漫画と問われるとなにが出てくるだろうか? 「DRAGON QUEST -ダイの大冒険-(89年)」「ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章(91年)」はまあ強いだろう。だが、もしかしたら最強は「ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場(90年)」かもしれない。エニックスは91年に月刊少年ガンガンを創刊し、出版社事業にも本格参戦していくのだが、その戦略上においても「ドラゴンクエスト 4コママンガ劇場」をエニックスの漫画普及の看板役としてフル活用していた印象がある。
□アニメ
「勇者アベル伝説(89年)」(※3)は、「ドラゴンボール」などのジャンプ系アニメ、「ドラえもん」「サザエさん」などの定番アニメ、「世界名作劇場」などの夕食後に家族で観るアニメなどが子供たちの大好物だった時代、それらと同じ枠として受け止められ、消化されていた印象がある。原作ゲーム要素であるステータス画面やレベルアップ演出が本編にこそ組み込んでいないが存在したために、ステータス表示系ファンタジーといわれたらこのアニメが浮かんでしまう中年層もいるかもしれない。
※3 放送当時は「ドラゴンクエスト」というそのままなタイトルであり、勇者アベル伝説は後から付け足された
□アナログゲーム
「ドラゴンクエスト」の展開で私が特に重要視したいのが、コンピュータRPGの傑作であるというアピールをしていくことと平行して、アナログゲーム市場も席巻したことだ。
・パルプンテ/バトルロイヤル型対戦カードゲーム
・メガンテ/トランプの「神経衰弱」ドラクエ版
・キングレオ/「UNO」ドラクエ版
・ダンジョン/レーダー探索型対戦ボードゲーム
・銀のタロット/トランプの「ハーツ」ドラクエ版
・バルザック/トランプの「大富豪」ドラクエ版
・アレフガルド/双六+将棋型対戦ボードゲーム
89年から90年代にかけて実に多くのドラクエ・アナログゲームが発売された。他にもドラクエそのものをモチーフにしたカードゲームや、闘技場をモチーフにしたカードゲーム、水道管ゲームのドラクエ版などが存在する。
3章で触れた海外ウォーゲーム輸入と国産ウォーゲーム隆盛の流れを汲む対戦型ボードゲームや、家族や年少者も遊べるトランプやUNOなどの定番カードゲームをアレンジした作品で構成されているのが大きな特徴だ。ファミコンは社会現象として持っていないとクラスで仲間はずれになるぐらいには定着していたが、まだまだデジタルゲーム社会への理解と寛容が浸透していたとは言いきれない時代で、家庭用ゲームはNG、ファミリー用のカードゲームやボードゲームはギリギリOKというような家庭、あるいは金銭面からファミコンは買えないがそれより安価なアナログゲームは買えた家庭などもそれなりに見かけた。
「ドラゴンクエスト」といえばコンピュータRPGを日本に根付かせた存在という印象がとにかく強いが、私はこれらのアナログ展開がドラゴンクエストという世界が当たり前のものとして広まる流れの中で果たした役割は大きいと考えている。
□文房具
80年代末から90年代にかけてのファンタジー色を持つムーブメントの中でも、かなり特徴的なものとしてキャラクター文房具ブームの存在がある。「エスパークス(89年)」などは学校に持ち込める漫画にしてゲームにしてコレクショングッズにして勉強道具であるという体裁で大きなブームとなり、禁止された学校も出たほどであった。
ファミコン界隈もこれにはしっかり反応し、ファミコン作品を原作とする学校に持ち込めるアイテムが幅広く展開されていく。その中で、「エスパークス」ブームを継ぐように大ブレイクしたアイテムとして「ドラゴンクエスト バトル鉛筆(93年)」を挙げたい(※4)。
サイコロのように転がして対戦遊びができるバトル鉛筆は、これもやはり禁止される学校が出たりしながら、キャラクター文房具ブームが衰退していく中でも生き残り続けていく。
※4 発売当初はさほど人気が出ず早期打ち切りの危機もあったらしい。そしてエスパークスが急速に衰退していく時期とも重なっていて、そこの関係性も非常に興味深いテーマなんすよね
□その他、流行物のアレンジカスタムに貪欲なエニックス
マイナー止まりだったグッズもあるが、キン消しブームを彷彿とさせる玩具フィギュアのドラクエ版、ダイキャスト(小型合金グッズ)、ビックリマンシールのようなドラクエシール、ぬいぐるみ(この時代は競馬のオグリキャップぬいぐるみが死ぬほど売れた時代でもありますね)などなど、ドラクエ展開物は実に多かった。
◆ドラゴンクエストを本格ファンタジーの代表とする意味◆
一連のエニックスの動きは、よくあるマルチメディア戦略でしょと言われてしまえばそれはそうとなる。だが、マルチメディア戦略という概念自体が定番として認知されていない時代背景を考えると、コンピュータRPGやファンタジーという新しい世界に出会った子供たちが、ファミコンを遊んでいる時だけに限定しない様々なところに「ドラゴンクエスト」があったこと、また大人がそれを買う際にもファミコンゲームという選択肢のみでなかったということは、RPGといえばドラクエ、ファンタジーといえばドラクエという印象を得る過程で、かなり大きな役割を果たしていたと考えている。
売れていたから展開できた、どんな展開をしても売れたからさらに広がった、そういう側面はあるだろう。そしてそれはコンピュータRPGとしての「ドラゴンクエスト」がとにかく面白かったから、なのも事実だろう。
「ドラゴンクエスト」の導き出す世界観や物語を純粋に愛し、最上、至高とする者は多い。私も大好きである。
令和の現代に、剣と魔法の本格的なファンタジー最高傑作として掲げることに何の問題もないだろう。だが、だから「ドラゴンクエスト」は失われし本格ファンタジーの象徴なのだと続けるのであれば、ほんの一呼吸だけ考えてみたい。
失ってしまったのは本格ファンタジーなのか? それとも、ごくごく普通に生きる日常のそこかしこが多種多様なファンタジーに染められていく中で、いつもどこにでもドラクエが顔を見せ、これが一番のファンタジーだよと語りかけてくる、そんな情景そのものか。
私が「ドラゴンクエスト」というファンタジーに対して思うのは、本格的なファンタジーの代表や頂点であることよりも、「ドラゴンクエスト」であり続けることの方に意味がある作品なのではないかと、そんな想いである。
「ドラゴンクエスト」より前の時代から、本格的なファンタジー作品・ファンタジー的な背景を持つコンピュータRPGの名作は複数出ていたにも関わらず、「ドラゴンクエスト」が象徴として掲げられる理由の一端はほの見えた気がする。
ところで、本格ファンタジーとは何ぞやをゲーム史から探るなら精一杯の広義で拾うとはいえ、それでもRPGしか取り上げないのはやはり嘘であろう。全てを取り上げてしまっては永遠に終わらない記事となってしまうのでかなりの厳選になってしまうが、RPG外タイトルも名前の羅列ぐらいはしておきたい。「デビルワールド」「パックランド」「ボコスカウォーズ」「アストロロボSASA」「サラダの国のトマト姫」「ガントレット」「ボンバーマン」「ウィズ」「スーパーマリオブラザーズ」「ツインビー」「グラディウス」「魔界村」「アイギーナの予言」「キングスナイト」「光神話 パルテナの鏡」「ファンタジーゾーン」「迷宮組曲 ミロンの大冒険」「メトロイド」「高橋名人の冒険島」「アルゴスの戦士」「夢幻戦士ヴァリス」「悪魔城ドラキュラ」などがSFやファンタジーを強く感じさせるこの時代の作品だ。和風や中華風なら「忍者くん 魔城の冒険」「ソンソン」「スーパーチャイニーズ」「飛龍の拳」「謎の村雨城」「奇々怪界」「源平討魔伝」「がんばれゴエモン!からくり道中」あたりだろうか。
「チャレンジャー」「スペランカー」「イー・アル・カンフー」あたりは大変悩んだ。ここらへんの取捨選択は時代ごとにどうしてもぶれるだろう。ご容赦願いたい。
また、歴史シミュレーションというジャンルを構築した光栄から83年に「信長の野望」、85年に「三國志」が出ている。
SF的要素が強い作品だけでなく非西洋系ファンタジーも当たり前のようにピックアップしている。日本でのファンタジー論をやるのに東洋系ファンタジーを見ていくのは必須だろう。そこらへんは特集する章も設ける予定だ。
さて、これでようやく本格ファンタジーとは何ぞやの旅の入り口部分の半分というところだ。入り口のもう半分、「小説・ロードス島戦記」が産まれるまでの旅路へと向かうとしよう。
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