○5章 ロードス島戦記 ~ライトノベル始祖論だけは手を出すな~

 ジュール・ヴェルヌやH・G・ウェルズ、あるいはメアリー・シェリーやバイロンからはじめるのは厳しいとして、世界的なSFムーブメント、幻想怪奇ムーブメント、あるいはミステリーというジャンルの誕生と流行などが、江戸川乱歩や横溝正史の時代を生み出し、パルプ・フィクション的ムーブメントもそこへ混ざり合っていく中で、星新一や小松左京や筒井康隆の時代を生み出していく。特に筒井康隆は少年少女向け小説と言われるジュブナイル小説の先導者としても知られており、「時をかける少女(1965年)」などは現代でも通じる名作として知られ、それをして筒井康隆をライトノベルの始祖とする説も根強い支持を得ている。

 その筒井康隆とも縁がある人物として、ライトノベル始祖論1番人気と言ってもよい作家が新井素子だ。77年にSFの新人賞を受賞しSF作家としてデビューした顔、SF系作品が集英社文庫コバルトシリーズ(以下:コバルト文庫)で刊行され人気を得た経緯、独特の文体や作風などから新井素子が最初のラノベ作家と断定する者も多い。


 本記事は始祖探しはやらないんだった。やらない。それは本当にやらないんだけど、始祖候補常連や始祖疑惑組などは取り上げない方がおかしな話になるので、やらないけどやるんですよね。人間は矛盾する生き物。というかついでに愚痴ってしまうと、本格ファンタジーを探るなら、ライトノベルとゲームだけじゃなくて、漫画も主役に置かないといけないんですよね。特に少女漫画、そしてライトノベルとファンタジーをやるなら少女小説は絶対に外せない。この記事、前提間違ってね? って今言うのかそれ。みたいな。なんとかかんとかして触れていく方向にしていきたいわけですが、とりあえず池田理代子、萩尾望都、竹宮惠子、青池保子、大和和紀、山内直実、氷室冴子、久美沙織あたりの名前を衝動的に刻んでおきます。


 閑話休題。


 60~70年代はSFがとても強かった時代だ。70年には団精二(荒俣宏)&鏡明が「英雄コナン」シリーズを日本語翻訳するという、ヒロイック・ファンタジー伝道の動きもはじまっていたが、スペースオペラ、ディストピア系、ハードSFといったよりSF的なものに強い光の当たる時代だった(※5)。


※5 スーパーざっくりとスペースオペラは宇宙戦争ものとかそういう系、ディストピアは機械に管理された完璧な世界みたいなアレ、ハードSFは現実の科学や天文学との整合性などにくっそこだわって描くぜ系


◆SFブームの末っ子にライトノベルの芽吹きあり?◆


 70年代後半には、ライトノベル始祖論で名前を挙げられる作家たちが登場しはじめる。前述の新井素子の他としては「クラッシャージョウ/高千穂遙:著」(77年)が挙げられるだろうか。「ダーティペア(79年)」「異世界の勇士(79年)」も同氏の作品で、「異世界の勇士」は国内での異世界召喚ものの先駆けとされたりもする。小説外では、海外での怪物的ヒット作「スターウォーズ(77年)」や、国内SFブームと言えばの「宇宙戦艦ヤマト(TV放送74年/劇場版77年)」(※6)という時代でもあり、日本エンタメSFの黄金期と断定してしまって問題ないだろう。80年代初頭には「銀河英雄伝説/田中芳樹:著」(81年)も登場している。

 「機動戦士ガンダム(79年)」や「超時空要塞マクロス(82年)」が放送された時代でもある。SFから生まれジャンルとして独り立ちに到ったとも言えるロボットものに関しては、これも別途特集したい。


※6 宇宙戦艦ヤマトは75年に朝日ソノラマ文庫から小説も出していて、これをライトノベルの始祖とする説もあります


 SF紹介が止まらない。ライトノベル前史を語ればそうなる。私は率直に言って、日本エンタメ史での国産ファンタジー論や本格ファンタジー論をやる上でSFをファンタジー的でないノイズとして除去・選別しようとするアプローチは不可能だと考えている。

 そういった中で、SF的要素を持ちながらもファンタジー英雄譚や戦記・伝記的な香りが強く漂うこれぞヒロイック・ファンタジーの遺伝子! とでも叫びたくなるような作品も登場しはじめる。「グイン・サーガ/栗本薫:著」(79年)などはその代表だろう。80年代に入るとその傾向はじわじわと強まっていき、「ヴァンパイヤー戦争/笠井潔:著」(82年)、「キマイラ・吼/夢枕獏:著」(82年)、「吸血鬼ハンター"D"/菊地秀行:著」(83年)、「リーンの翼/富野由悠季:著」(83年)といった作品が顔をみせはじめる。

 「美獣 -神々の戦士-/高千穂遙:著」(85年)は刊行年だけみると後発作に見えるが、雑誌での初出が78年で国産ヒロイック・ファンタジーの先駆けとされる作品であり、「グイン・サーガ」に直接的な影響を与えたエピソードも持つ。さらに「妖精作戦/笹本祐一:著」(84年)などはジュブナイルSFがライトノベルと呼ばれる型へ変異していく流れを明確化させた転換点の作品などと言われたりもしている。

 角川書店や徳間書店の他、文庫レーベルとして朝日ソノラマ文庫(以下:ソノラマ文庫)が強かった時代だ。


 85年には前述したドラゴンブックなどによるTRPGをルーツとするファンタジー作品の怒涛の伝道もはじまり、ゲーム系雑誌やエンタメカルチャー系雑誌によるTRPG紹介というムーブメントも起きる。そして86年、「D&D」を紹介する企画の中で「ロードス島」が姿を現す。

 TRPGブームを受けての動きとしては、富士見ドラゴンブックの「モンスター・コレクション(86年)」のようなシリーズ(※7)や、新紀元社の「幻想世界の住人たち(88年)」をはじめとするTruth In Fantasyという解説書シリーズなど、幻想世界そのものを解説する書籍や架空辞典などが流行したことも触れておきたいところだ。


※7 カードゲームのモンスター・コレクションとは別物。スペル・コレクションやアイテム・コレクションなど展開された


 ここでやや唐突ではあるが、SFやファンタジーにこだわらずに名前だけでも出しておきたい70年から85年までの小説&ゲーム外作品を列挙してしまおう。「デビルマン(72年)」「ベルサイユのばら(72年)」「11人いる!(75年)」「サバイバル(76年)」「エロイカより愛をこめて(76年)」「地球へ…(77年)」「うる星やつら(78年)」「ピグマリオ(78年)」「未来少年コナン(78年)」「エリア88(79年)」「超人ロック(79年)」「マッドマックス(79年)」「キン肉マン(79年)」「Dr.スランプ(80年)」「レイダース 失われたアーク《聖櫃》(インディ・ジョーンズ)(81年)」「AKIRA(82年)」「風の谷のナウシカ(82年)」「ブレードランナー(82年)」「ときめきトゥナイト(82年)」「銀牙 -流れ星 銀-(83年)」「天地を喰らう(83年)」「北斗の拳(83年)」「ドラゴンボール(84年)」「ネバーエンディング・ストーリー(84年)」「ターミネーター(84年)」「グレムリン(84年)」「バック・トゥ・ザ・フューチャー(85年)」「霊幻道士(85年)」「グーニーズ(85年)」「聖闘士星矢(85年)」「アップルシード(85年)」「鉄腕バーディー(85年)」「アウトランダーズ(85年)」「マップス(85年)」「エルフ・17(85年)」「ミュウの伝説(85年)」あたりか。

 手塚治虫や藤子不二雄は入ってない。普通に取り上げるべきなのだが、そこをやりはじめると50年代、60年代の漫画シーンから語ることになって収拾がつかなくなるわけで。エンタメの懐の深すぎる度に早くも迷走気味だがちゃんと旅を終えられるのか。前途多難だ。


◆それはライトノベル前夜か、ライトノベル0話か◆


・1986~88年刊行のSFあるいはファンタジー小説

「アルスラーン戦記/田中芳樹」「未来放浪ガルディーン/火浦功」

「魔宮戦場/竹島将」「オーラバトラー戦記/富野由悠季」

「創竜伝/田中芳樹」「デジタル・デビル・ストーリー/西谷史」

「暗黒街戦士/菊地秀行」「陰陽師/夢枕獏」

「ガイア・ギア/富野由悠季」「魔群惑星/渡邉由自」

「ARIEL/笹本祐一」「ドラゴンバスター/井沢元彦」

「神々の血脈/西谷史」「黄金拍車 異次元騎士カズマ/王領寺静」

「ロードス島戦記/水野良」「魔獣戦士ルナ・ヴァルガー/秋津透」

「不死朝伝奇ZEQU /武上純希」「風の大陸/竹河聖」

「聖刻1092/千葉暁」「女戦士エフェラ&ジリオラ/ひかわ玲子」

「大神伝/六道慧」「隣り合わせの灰と青春―小説ウィザードリィ/ベニー松山」 


 今の基準で一般文芸かライトノベルかと言われれば、一般文芸だろうという作品もある。「ロードス島戦記」もスニーカー文庫の前身である角川文庫(青帯)からの刊行であり、スニーカー文庫創刊に合わせてレーベル変更となった作品だ。ライトノベルか否かという議論対象となることも多いのがこの時代の特徴だろう。

 前後の作品を眺めてみると「デジタル・デビル・ストーリー」はコンピュータRPGとしてロングセラーシリーズとなる「女神転生」の原典であり、「ドラゴンバスター」はアクションRPGのノベライズで、コンピュータゲームノベライズの先駆けともされている。「隣り合わせの灰と青春」は副題通りにコンピュータRPG界のレジェンドである「ウィザードリィ」の小説化作品だ。「ロードス島戦記」もこういったムーブメントの仲間として、TRPGを遊ぶための世界とシナリオの小説化=ゲームノベライズの亜種=ゲーム小説の一角だろうという考えも存在する。


 1章で「ロードス島戦記」は登場時、あんなものは本格的なファンタジー小説ではないと言われたという風聞を紹介した。80年代末期のこの時点で、「指輪物語」から続くエピック・ファンタジー(※8)や、「英雄コナン」から続くヒロイック・ファンタジーの系譜の元に生まれた海外ファンタジー作品やその色合いを忠実に継承した国内小説のみを本格的で重厚な真のファンタジーとし、近い未来にライトノベルと呼ばれるようになるゲーム的なファンタジー作品を本格的ではない軽いものとして切り分ける愛好家層というものが既に構築されていたからだろう。

 「ロードス島戦記」の初版は剣や鎧といった地の文のルビとして、従来の小説形態としては違和感が出る勢いでロングソードやバスタードソード、プレートメイルなどとつけていたこともゲーム的と指摘された要因だったかもしれない。


※8 エピック・ファンタジーは『叙事詩的作品』を指し、古代神話系とか中世~近世の詩歌・戯曲系とかを指す場合はわかりやすいんですけど、ファンタジー創作界専門用語にした瞬間、くっそ曖昧化するんですよね。ファンタジー論でエピック・ファンタジーという言葉が出てきた時はなんかくっそ壮大で雄大なファンタジーって感じの作品ぐらいの使われ方も多いです。あと、指輪物語はヒロイック・ファンタジー説も普通にあります


 早い話が、あまりにもゲーム感が強い設定や作風の現代WEB小説やライトノベルに対してこれはちょっと本格的なやつじゃないな~と言われてしまうノリの側の作品でもあったのだ。

 「ロードス島戦記」は古き良き本格ファンタジーの象徴として挙げられる作品だとも紹介した。それは単純に今読んでも非常に面白い、剣と魔法のファンタジー物語の魅力がこれでもかと詰まった名作だからというのはもちろんある。だが、それ以上に「ロードス島戦記」は小説として登場してからすぐに、過去のエピック・ファンタジーやヒロイック・ファンタジーを背負った古き時代のファンタジーの末っ子的集大成として、ライトノベル黄金期作品たちと比較されることになったからという事情があるだろう。

 60年代や70年代作品がライトノベル始祖候補として挙げられるほどにはライトノベル的気風を持つ作品は既に充実していたにも関わらず、90年に登場したその新顔は、これこそがライトノベルだ、これぞライトノベルのはじまりだと言われ、2年ほどしか先輩でない小説版「ロードス島戦記」を数十年前から続く古き流れのファンタジー側に押し込んだ。その作品の名前を「スレイヤーズ」という。


 本格ファンタジーとは何ぞやを探る旅も、ようやく入り口の扉をくぐり終えた。さあ、ライトノベルとコンピュータRPG、漫画にアニメに映画も巻き込んで日本列島をファンタジー色に染めあげる、国産ファンタジー黄金期へと旅を進めよう。

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